第566話 後藤の修業

 B級冒険者の後藤は、慈光寺理事からの依頼を受けた。それに成功すれば、A級になれると聞いたからだ。ただ『奉納の間』で邪神眷属が出るかもしれないと聞き、嫌な予感がした。


 後藤のチームである『蒼き異端児』は、冒険者ギルドの打ち合わせ部屋で話し合いを始めた。

「後藤さん、生活魔法は少し修行したんでしょ?」

 同じチームの最年少である日高が確認した。後藤はグリムの影響で生活魔法に興味を持ち、少しだけ修業した事がある。但し、忙しくなったので、魔法レベルは『6』で止まっている。


 遠征とかに行ったので、続ける時間がなかったのだ。

「ああ、今回は『10』まで上げないとダメらしい」

 それを聞いた白木が後藤に顔を向ける。

「邪神眷属に備えて『ホーリーソード』と『ホーリーキャノン』を、習得しておくように言われたんですよね」


「そうなんだ。失敗はできないから、万一の場合に備えて欲しいという事だ」

「この機会に、生活魔法の中で良さそうな魔法を、全部覚えるというのがいいんじゃないですか」


「全部だって、どんな魔法が有るのか、知っているのか?」

「御船のお嬢さんに聞いたんですが、才能が有るなら『クラッシュボール』と『クラッシュソード』は、覚えるべきだと言っていましたよ」


「あれっ、御船というとグリム先生の弟子でしょ。知り合いなんですか?」

 白木の弟子でもある日高が尋ねた。

「ああ、御船流剣術道場で剣術を習い始めたんだ」


「知らなかった。何で声を掛けてくれないんですか?」

「まず、おれが習って覚える価値があると分かったら、おれからお前に教えようと思っていたんだよ」


「それで価値は有ったんですか?」

「道場主の剣蔵師匠の剣は、基本を習得するにはいいかもしれん」

「じゃあ、あまり価値はなかったということですね?」

「いや、千佳お嬢さんの剣が、興味深いんだ」


 日高は首を傾げた。師匠より娘の剣が興味深いとは、どういう事だろうと思ったのである。

「千佳お嬢さんは、三橋という空手の師匠とグリム先生と一緒に、新しいハイスピード戦闘術、いや御船流では高速戦闘剣術を作り上げようとしているんだ」


「でも、空手家と生活魔法使い、それに剣術道場のお嬢さんが作り始めたものなんでしょ」

 空手家と生活魔法使いという畑違いの人間が関わっていると聞いて、日高は懐疑的になったようだ。


あなどるんじゃない。キングリザードマンを倒したグリム先生が、全面的に協力しているんだぞ。それに剣蔵師匠も、お嬢さんに習っているほどのものなんだ」


 それを聞いた後藤が興味を持った。

「面白そうだな。私も連れて行ってくれ」


 その言葉に同じ攻撃魔法使いの河瀬が驚いた。

「後藤さん、素早い魔物と遭遇した時は、遠距離で仕留めるか、仲間の魔装魔法使いに任せるというのが、セオリーですよ」


「ところが、『奉納の間』に挑戦する時は、単独で挑戦する方が良い戦利品が出る、と言われているんだ」


「まさか、一人で挑戦するんですか?」

「チャンスは二回しかないんだ。確率を上げたいんだよ」

 素早い魔物が出現した時の対応は、一応用意してあるが、他にも有るなら知りたいというのが本音だった。


 四人は御船流剣術道場へ向かった。御船流剣術道場に到着すると、白木の案内で道場へ向かう。道場から気迫がこもった声が聞こえてくる。


 道場内に入ると、二十歳くらいの女性と年上の男性が地稽古じげいこをしていた。地稽古というのは、試合形式の稽古である。


「今、地稽古をしているのが、千佳お嬢さんと長男の剣壱さんです」

 道場の隅には門下生が座って、二人の稽古を見ていた。素早さを上げる魔法などは使わずに、高速戦闘術の技術を取り入れた動きで稽古をしているらしい。


 無駄な動きをせずに攻防を繰り返す二人は、二倍速で戦っているように見える。

「兄さん、スピードを上げます」

「ま、待て、お客さんだ」

 剣壱が手を挙げて、地稽古を中止させた。


 日高が視線を白木に向ける。

「このハイスピード戦闘術は、夢断流格闘術や星威念流剣術のものとは、違っていますね」

「新しいものなんだから、当然だろ。同じだったら、作る価値がない」


「後藤さんたちを連れて、どうしたんです?」

 千佳が白木に尋ねた。

「道場を見たいというので、連れてきたのです。よろしいですか?」

「高速戦闘剣術が目的なら、門下生でないと教えられませんよ」


「それは分かっています。ですが、素早さを五倍にして、約束稽古をしているところを見せてやりたいのです」


 五倍の速さだと細かい動きが分からないので、どんな動きをしているのか理解できないだろう。千佳は許可した。


 白木が前に出て、高速戦闘の練習用であるソフト練習刀を手に持った。千佳も竹刀をソフト練習刀に持ち替える。二人が素早さを五倍に上げると、道場内で凄まじいスピードの攻防が始まった。


 白木の高速戦闘剣術は、まだぎこちなかった。しかし、豊富な経験を持つ冒険者なので、千佳と互角のスピードで動いているように見える。その稽古の様子を、後藤は手を握りしめて見詰めていた。


「これが魔装魔法使いたちの高速戦闘なのか」

 攻撃魔法使いが素早い魔物を倒す時は、遠距離から自動追尾する攻撃魔法を使うのが定石だった。しかし、『奉納の間』での相手が邪神眷属だった場合は、通用しない。


 後藤は魔力感知の感度を限界にまで上げて、視覚と魔力感知で二人の動きを捉えていたが、時々見失う瞬間が有った。実戦でこんな事が起きれば致命的である。


 対策は一つしかない。後藤自身も魔導装備を使って素早さを上げる事だ。問題は高速戦闘中に『ホーリーソード』と『ホーリーキャノン』が使えるかというものである。


 魔装魔法や魔導装備で素早さを上げると、筋力増強・神経伝達速度の増速・思考速度アップ・身体機能強化・体細胞や骨の強化という事が行われる。


 その中で思考速度アップと自身の魔力制御が釣り合っていないと、魔法を失敗する。自分の思考速度に体内の魔力の流れが追いつかない現象が起きるのだ。しかも、生活魔法の場合だと、D粒子を集める時間まで短縮しなければならない。


 これらの事が原因で、高速戦闘中は複雑でレベルの高い魔法は使用するのが難しいと言われているのである。


 高速戦闘中に使える魔法を増やすには、早撃ちの練習と魔力制御の修業、生活魔法ならD粒子の制御力を鍛える修業も必要になる。


 後藤は千佳にどういう修業をすれば良いか尋ねた。すると、グリムから直接教えてもらった方が良いというので、グリムを訪ねて教えを受ける事にした。


 後藤はグリムの教えと早撃ちの修業、生活魔法のレベル上げなどを一ヶ月ほど続け準備が整ったところで、『奉納の間』がある雷神ダンジョンへ向かう。


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