第565話 選ばれた冒険者
渋紙市に戻った俺は、『ホーリークレセント』を登録する書類を書いて、魔法庁の松本長官に送った。すぐに登録されるだろう。
最低限の邪神眷属対策ができたので、しばらくアリサとのんびり過ごしたいと思った。アリサも研究していた『マナバリア』のアレンジ版が完成したので、ゆっくりしようと考えていたらしい。
「そのアレンジ版というのは、どういうものなんだ?」
「『マナバリア』は<衝撃吸収><ベクトル制御><耐熱><耐雷>の特性を付与しているので、その中の<耐熱>と<耐雷>を削除して、物理攻撃だけを防ぐ防御用の魔法にしたの」
「それで習得できる魔法レベルは?」
「魔法レベルは、ぎりぎり『10』に収まったのよ。苦労したんだから」
特性を削除しただけでは、魔法レベルが『10』以下にならなかったようだ。試行錯誤して調整し、何とか『10』にしたという。ちなみに、名前は『マナバリアライト』としたそうである。
「今度はサンダードラゴンとの戦いの様子を、教えて」
俺は『ホーリークレセント』で首を狙って仕留めるまでの話をした。
「邪神眷属は厄介なのね。それでドロップ品は?」
「万納粒子とクルージーンという光の剣だった」
「クルージーンか、神話級の魔導武器なの?」
「一応、神話級だけど、格は一番低い『シングルA』のようだ」
俺はエルモアに使わせる事にしたと伝えた。
「利用していない魔導武器が、増えてきたと思わない?」
「そうだな。バタリオンのメンバーに貸し出してもいいんだけど、D級以下の者に使い熟せるかが心配なんだ」
過剰な武器を貸し出して、それを自分の実力だと勘違いしてしまうのも嫌だった。バタリオンのメンバーを増やし、各メンバーの実力を底上げする時期なのかもしれない。その考えをアリサに話す。
「いい考えだと思う。でも、それだとグリーン館じゃ、手狭じゃない?」
「始めた頃は、十分な広さだと思ったんだけどな」
アリサと話し合って、グリーン館の北側にある土地を買収できないか、という話になった。その土地は倒産した会社の持ち物で、物流センターとして使われていたらしいが、今は銀行の管理下に置かれているようだ。
「元が物流センターだったから、広さは十分。でも、古い建物を取り壊すのにも費用が掛かりそう」
かなり古い建物があり、それを取り壊すにも費用が掛かりそうなのだ。魔法の的にして壊して良いというのなら簡単そうなのだが、行政に解体工事を申請して許可をもらわねばならないらしい。たぶん、魔法で壊すと言ったら許可は下りないだろう。
俺は土地を取得するために、弁護士に頼んで銀行と交渉してもらう事にした。俺が直接交渉する事も考えたが、やはり弁護士に頼む方が良いと考えた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
魔法庁の松本長官と冒険者ギルドの慈光寺理事は、協力して光関係の『効能の巻物』を探した。その結果、二巻の<発光>という『効能の巻物』を見付け出した。
松本長官と慈光寺理事は、この二巻をどうするか話し合う。
「このままアメリカに渡すのは、芸がないと思いませんか?」
松本長官が言い出した。
「では、『奉納の間』で『効能の巻物』を捧げて、<聖光>の『効能の巻物』を狙うのですね」
「そうです」
「しかし、<聖光>の『効能の巻物』を得ても、日本には攻撃魔法の賢者が居ません」
慈光寺理事が残念そうに言う。
「それは仕方ないでしょう。手に入れた『効能の巻物』を、海外の賢者に使ってもらうしかない。それでも日本の貢献度は大きい」
「そうですな。ところで『奉納の間』で戦ってもらう冒険者を、誰にしますか?」
「攻撃魔法の賢者が使う『効能の巻物』を、手に入れるのですから、攻撃魔法使いが良いのでは」
松本長官の意見を聞いて、慈光寺理事は考えた。A級の攻撃魔法使いが居ないので、B級から選ばなければならず、誰が適任か悩んだのである。
「B級の後藤君に依頼しましょう」
「大丈夫なのかね?」
「彼はA級に最も近いB級です。成功すれば、日本に新しいA級が誕生するでしょう」
松本長官は納得したようだ。
「しかし、この数年の変化は激しかったな」
「何の事です?」
「柊木殿、いやグリム殿の事です」
グリムがA級冒険者になり、賢者として公認されてから数年しか経過していない。A級ランキングが百位以下だったグリムが二十位以内になり、賢者会議では一番の功労者として評価されている。
日本人として誇らしいのだが、松本長官としては急過ぎるという気がしているらしい。
「グリム君は生活魔法を発展させたい、という気持ちで頑張っているようです」
「彼は天才なのだろうか?」
慈光寺理事が首を傾げた。彼は謎が多い人物だが、天才タイプではないと感じていた。
「天才ではないと思いますが、特別な何かを持っているように思います」
「特別な何か? それは運命というものだろうか?」
「どうでしょう。ですが、グリム君は歴史に残る冒険者となるような気がします」
「ほう、賢者ではなく、冒険者として評価しているのですか。面白い」
「賢者としての彼も、歴史に残ると思いますが、二十代前半でA級ランキング二十位以内になる、というのは驚異的なのです」
「グリム殿は、現在何位なのです?」
「十九位になったところです。ここから順位を上げるのは、大変でしょう」
二十位以内のA級冒険者は、特級ダンジョンで活動している者たちである。毎年、かなりの大物を倒しているはずなので、その冒険者たちと競ってランキングを上げるのは大変なのだ。
「さて、後藤君に『奉納の間』の件を依頼しよう。……待てよ。『奉納の間』で邪神眷属が出てくるという事はないのだろうね?」
松本長官が心配になって確認した。それを聞いた慈光寺理事は、難しい顔になる。
「低い確率だと思われますが、その恐れはあります」
「それだと、必要な『効能の巻物』が得られない。やはり、グリム殿に頼むべきだろうか?」
慈光寺理事がゆっくりと首を振る。
「いえ、後藤君に頼みましょう。彼は生活魔法の才能が『D』だったはずです。『ホーリーソード』と『ホーリーキャノン』を習得させれば、倒せるでしょう」
倒せないような魔物だった場合は、エスケープボールを使うしかない。依頼は失敗という事になるが、仕方ないと考えた。日本はA級冒険者を増やさなければならないという思いがあり、邪神眷属が現れる確率は低いので、二人は賭けに出る事にした。
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