第567話 『奉納の間』の後藤

 後藤たちは雷神ダンジョンへ入り、順調に進んだ。三層へ到達すると、アンデッドがうようよ居る廃墟を進む事になる。


「そっちにファントムが行ったぞ」

 白木の声が廃墟に響いた。残骸が散らばる通りに立っていた後藤は、魔力感知でファントムの存在に気付いていた。


 後藤は『ホーリーソード』を発動し聖光ブレードでファントムを切り裂く。

『あううっ』

 頭の中にお馴染みの声が響いた。


「これはいいな。武器での攻撃が得意じゃない攻撃魔法使いなら、『ホーリーソード』の方が戦いやすい」


「魔法の発動が早くなったんじゃないですか?」

 同じ攻撃魔法使いの河瀬が指摘した。

「修業の半分が、早撃ちの練習だったんだぞ。早くもなるさ」

 その早撃ちの修業をした御蔭で、攻撃魔法の発動も早くなった。魔力制御の技術が上がり、魔力を速く動かせるようになったのだ。


 白木が後藤に目を向ける。

「残り半分は、どんな修業だったんです?」

「他に『干渉力鍛練法』と呼ばれる鍛錬法の基本だけ教えてもらって修業したんだ。バタリオンのメンバーじゃないから、基本だけしか教えられないと言われたが、それでも、D粒子を集めるスピードが上がったようだ」


「それだけですか?」

「後は、グリム先生の高速戦闘術を教わった。これも初歩だけだ」

「あれっ、後藤さんもグリム先生と呼ぶようになったんですか?」

「ああ、教えを受けたからな。それに『グリム先生』は、ニックネームみたいなものだから」


 後藤たちはベテランらしく計画通り十層まで進んで、そこの中ボス部屋で一泊する事にした。夕食を食べて、寝るまでの時間をお喋りで過ごす。


「グリム先生の教えを受けて思ったんだが、A級になれば単独でダンジョンへ潜る機会が多くなるから、今までのようにチームのメンバーを当てにした戦い方ではダメなようだ」


「えっ、A級になったら、チームを解散するんですか?」

 白木が驚いた顔をしている。

「違う。解散なんかするつもりはないが、冒険者ギルドから指名されて、一人でダンジョンに潜るという事も多くなるという話だ」


 白木は日本にA級が三人しか居ない事を思い出した。後藤がA級になっても四人である。A級が必要になるような事態が発生すれば、その四人の中から誰かが呼び出されて、解決するようになるのだろう。


「ふーん、グリム先生の影響をかなり受けたんですね」

「影響はそれだけじゃないぞ。今回の報酬で、大型シャドウパペットを買うつもりだ」

「大型シャドウパペットが、買えるんですか?」


「鳴神パペット工房の責任者をしている慈光寺理事のお嬢さんに会ったんだが、グリム先生の知り合いなら、特別に注文を受けてもいいと言っていた」


「どんなシャドウパペットにするんです?」

「グリーン館で働いている執事シャドウパペットみたいな感じかな。掃除や料理なんかも、できるようになるそうだ」


「いいですね。おれも欲しくなりました」

 白木は独身である。その私生活は酷いものらしく、家の中はゴミ屋敷になっているという。我慢できなくなると、家事代行サービスを雇って掃除させているらしい。


 後藤たちは中ボス部屋で休み、翌日は十一層から二十層へ進んだ。ここでも一泊してから『奉納の間』に向かう。


 予定通り『奉納の間』へは、後藤一人だけが入る事になった。

「本当に大丈夫なんですか?」

 白木が確認した。

「問題ない。できる限りの準備はしたんだ。ダメだったら、エスケープボールで戻ってくる」


 後藤は深呼吸してから『奉納の間』へ入った。そこは体育館ほどの広さがあり、中央に井戸があった。後藤は『戴宗たいそうの指輪』を指に嵌めた。


 戴宗は『水滸伝』に出て来る人物で、神行法しんこうほうという足が速くなる道術の使い手である。この『戴宗の指輪』は素早さを七倍まで上げる効果があった。


 後藤は<発光>の『効能の巻物』を奉納する。暗い井戸の中に巻物が落ちていくと、膨大な魔力と霧のようなものが部屋の中に噴き出し始めた。


 それらが一つに纏まり魔物へと変化する。その魔物は金毛吼キンモウコウと呼ばれる金色のライオンを巨大化したような化け物だった。


 その体長は三メートルほどあり、金色の長い毛で覆われている。

「金毛吼か。ややこしい魔物が現れたな」

 この魔物の毛は、魔法を弾く効果があると言われていて、<邪神の加護>で効果がなかったのか、金色の毛の効果なのか分かりづらいかもと考えたのだ。


 金毛吼が咆哮を上げ襲い掛かってきた。部屋の広さが体育館ほどなので、遠距離攻撃で仕留めるという訳にはいかない。そこで七重起動の『オーガプッシュ』を発動し、オーガプレートを高速で撃ち出した。


 オーガプレートが金毛吼の顔面に命中し、その巨体を弾き返す。金毛吼は身体を捻って足から着地したが、顔に掠り傷が出来ている。今の『オーガプッシュ』の威力は、トラックに正面衝突したほどの威力があったはずだが、掠り傷しか負っていないのは非常にタフな証拠だ。


 但し、こいつが邪神眷属でないという証拠でもある。邪神眷属なら無傷だったはずだ。後藤は得意の『ソードフォース』を発動し、魔力刃を飛ばした。


 金毛吼の肩に魔力刃が命中したが、金色の毛で弾かれてダメージを与えられなかった。後藤は攻撃魔法の『ホワイトアーマー』を発動して防御力を上げた。


 『戴宗の指輪』を使おうかと思ったが、高速戦闘中だと攻撃に使える魔法が減ってしまうのでやめて、『クラッシュボール』を発動しD粒子振動ボールを放つ。


 金毛吼はD粒子振動ボールが危険な存在だと感じたようで、全力で避けた。その次の瞬間、後藤は『デスショット』を発動し徹甲魔力弾を撃ち出していた。


 D粒子振動ボールを避けた直後だった金毛吼は、徹甲魔力弾を避ける事ができなかった。背中に命中した徹甲魔力弾は、金色の毛に邪魔されて弾かれた。ただ完全に弾かれた訳ではないようで、金毛吼の背中から血が流れ落ちる。


 激怒した金毛吼が、間合いを一瞬で飛び越えて後藤に襲い掛かる。金毛吼の鋭い爪が後藤に振り下ろされる。躱そうとしたが、失敗して爪が掠めた。


 『ホワイトアーマー』の御蔭でダメージは負わなかったが、地面を転がった後藤が起き上がった時、金毛吼がすぐ近くにまで迫っていた。後藤は『クラッシュソード』で迎撃する。


 空間振動ブレードが金毛吼の頭を真っ二つにした。その巨体が光の粒になって消えた時、ホッとして目眩めまいがしたほど危険な一瞬だった。


「ドロップ品を確認しないと」

 まず黒魔石<中>を発見し、次に中級治癒魔法薬が五本見付かった。そして、最後に巻物を発見する。その巻物を鑑定モノクルで調べてみると<X線>の『効能の巻物』だった。


「一回目は失敗か」

 後藤はもう一回あるチャンスに賭ける事にした。


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