第538話 ドラゴニュートのドロップ品

「ドラゴニュートを倒すのに、昔は苦労したように記憶しているんだけど、何か弱くなったな」

『それだけグリム先生が強くなった、という事だと思います』

「そうなんだろうけど……それほど自分が変わったとは思えないんだよな」


『毎日のように鍛錬して、少しずつ強くなったので、実感できていないのでしょう』

「まあいい。ドロップ品を探そう」

 まずエルモアが黒魔石<大>を見付けた。次に為五郎がゴルフボール大の真紅の結晶を拾ってきた。ルビーのような輝きを持つ丸い珠である。


 マルチ鑑定ゴーグルを取り出して調べてみると、『万納ばんのう粒子』と表示された。これは万納粒子と呼ばれるものの塊で、D粒子とは異なる正体不明の素粒子から構成されている物質らしい。


 この粒子の特徴は、最初に注ぎ込まれたエネルギーを蓄積する事だ。そして、万納粒子は注ぎ込まれたエネルギーの性質をコピーするらしい。


 魔力を注ぎ込んだら、万納粒子が魔力のような動きをするようになるという事だろうか? 説明を読んでもよく分からない。メティスも分からないと言う。帰国してから研究かな。


 他にドロップ品がないか探すと、宝箱を発見した。罠がないかチェックしてから、エルモアに開けてもらう。

『開けました』


 中を覗くと革袋が入っており、袋の中身はオーク金貨だった。二百枚ほど入っているので、四千万円ほどの価値になるだろう。


『宝箱の底に、何かあります』

 宝箱をもう一度確認すると、メモ書きみたいなものが入っていた。それを拾い上げて読む。そこには神殿文字で書かれた文章があった。


「『嵐の王と戦う前に、神の武器を供えよ』と書かれている」

『嵐の王というと、五層の風神ドラゴンの事でしょうか?』

「……他には考えられないな。『供えよ』という言葉で、雷神ダンジョンの『奉納の間』を連想したんだけど」


『そう言えば、似ていますね。ただマルヌダンジョンでは、供えるのが神の武器だと指定されている点と、戦うのが風神ドラゴンと固定されている点が違いますね』

 神の武器とは、たぶん神話級の魔導武器の事だろう。


「『奉納の間』と同じようなシステムだとすると、風神ドラゴンに勝てば、どんな魔導武器が手に入るんだろう?」


『特級ダンジョンに相応しい魔導武器だとすると、素晴らしいものだと思いますよ』

「しかし、風神ドラゴンを倒せずにエスケープボールで逃げると、供えた魔導武器は没収という事だろ」


『大きな賭けになりますね』

「勝てるだけの自信ができてからじゃないと、戦えないという事だな」

『今日はどうしますか?』

「地上に戻って、出直そう。冒険者ギルドで情報を仕入れる必要が有りそうだ」


 俺たちは地上に戻り、冒険者ギルドへ向かう。冒険者ギルドへ到着すると支部長のところへ案内された。女性の支部長が英語で話し掛けてきたので、ホッとする。

「マルヌダンジョンは、如何でしたか?」

「一層がレッドオーガとドラゴニュートだと、魔装魔法使い以外は苦労するだろうと思いますよ」


「まあ、そうですね。しかし、グリム先生なら余裕ではないですか?」

 俺がキングリザードマンを倒した事を、支部長は知っているようだ。


 俺が五層の中ボス部屋について尋ねると、やはり『奉納の間』と同じようなシステムらしい。ただ供えた魔導武器の代わりとして新しい魔導武器がもらえるのではなく、供えた魔導武器に新しい機能が追加されるらしい。


「へえー、新しい機能の追加ですか」

「そうなのです。もう亡くなられた冒険者が、『カラドボルグ』を供えて風神ドラゴンを倒した時には、竜巻を起こして敵を攻撃する機能が追加されたそうです」


 どれくらいの規模の竜巻を発生させるのかは分からないが、欲しいと思ってしまった。群れで襲ってくるような魔物が相手の時には、有効そうだと考えたのである。


 それから特級ダンジョンについて、詳しく説明を受けた後、手に入れた魔石とオーク金貨を換金してホテルへ向かった。


 ホテルにチェックインしてから、部屋に入るとシャドウパペットたちを出す。

『風神ドラゴンは、手強い魔物ですね』

「そうだな。特にトルネードブレスは、厄介な攻撃だ」


 風神ドラゴンが吐き出すトルネードブレスは、全てのものを巻き込み粉々に砕いてしまうらしい。それを防ぐ方法は『クローズシールド』か『マナバリア』しかないだろう。


「『クローズシールド』は、こちらが攻撃できなくなるからダメだろう。そうなると、『マナバリア』でトルネードブレスを防ぎながら、戦う事になる」


 そう考えると厳しい戦いになる事が予想できた。

『万納粒子を試してみませんか?』

「魔力を注ぎ込んでみろと?」

『いえ、神威エナジーを注ぎ込んだら、どうなるかと考えたのです』


「だけど、神威エナジーについては、まだ分かっていない事の方が多い。無謀じゃないか?」

『ですが、魔力を注ぎ込んでも、大した利用方法が出て来ないのです』

 そう言われると、その使い方は魔法で代替できそうな感じがする。


「いいだろう。神威エナジーを注ぎ込んでみよう」

 俺は万納粒子を取り出して、椅子に座り精神を統一する。心の中に満月の姿を思い浮かべて、神威月輪観の瞑想を始める。


 呼吸を調整すると雑念がなくなり、満月の姿だけに集中できるようになった。心の中で満月が次第に大きくなる。そして、神威エナジーへの扉が開き、俺の心の中に流れ込んできた。


 少しずつ流れ込んできた神威エナジーが体中に満たされたと感じた後、それを万納粒子へ流し込んだ。万納粒子が神威エナジーを溜め込むと同時に明滅を始める。


 鼓動のように真紅に輝く光が放たれ、ホテルの部屋を照らし出す。万納粒子は貪欲に神威エナジーを吸い込んだ。二時間続けても満杯になる事はなく、三時間が経過した頃に俺の集中力が限界に達した。


 集中が途切れ、心の中に浮かんでいた満月が消えると神威エナジーの流れも途切れる。

『お疲れ様でした。とんでもないものが出来ましたね』


 俺は手の中にある万納粒子に目を向ける。真紅に輝く万納粒子の塊は、凄い存在感を放っていた。その塊自体が強力なエネルギーを秘めている事を主張して、人間の心に訴え掛けている。それがプレッシャーと感じられるようだ。


「これは……ヤバイものかも」

『早く仕舞ってください。部屋の外にも漏れ出ているかもしれません』

 慌てて万納粒子を収納アームレットに仕舞う。


 それから数分後、ホテルのコンシェルジュが来て、何か異常はないか尋ねた。両隣の部屋の泊まり客が、身体の異常を連絡してきたらしい。


 まずい、万納粒子の影響だ。誤魔化す事もできるが、ここは正直に謝ろう。但し、神威エナジーについては言えないので、魔力のせいにしよう。


「それは、俺のせいかもしれない。魔力制御の訓練をしていたら、魔力が漏れ出たようだ。迷惑を掛けたお客様には、宿泊料を俺が払うと言ってくれ」


「分かりました。ですが、近くにお客様が居られますので、訓練は控えてもらえますか。お願いいたします」

「もちろんだ。済まなかった」


 次の日、俺は有料練習場へ行って、万納粒子を調べる事にした。


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