第537話 マルヌダンジョンの一層

 俺が困ったような顔をしたので、それを見たクラリスがクスクスと笑う。

「冗談ですよ。顔なんて、どうでもいいんです。それより性能を教えてください」

「良かった。えーと、性能は……」


 俺は護衛シャドウパペットの性能を詳しく説明した。四つの魔法を使える事と体内にマジックポーチⅠを組み込んでいる事、それに高速戦闘が可能な事がメインとなる。


「ほう、素晴らしいですね。シャドウパペットの技術に関しては、グリム先生が一番のようです。フランスの魔導人形師たちも頑張っていますが、まだまだのようね」


 クラリスにそう言われると嬉しい。俺はタワーシールドについても説明した。

「火と雷撃に強く、衝撃を吸収する盾ですか。もしかして、賢者システムを使って作ったのですか?」


 その質問を聞いてドキッとした。それと同時に簡単に正解を言い当てた事を不思議に思った。もしかすると、身近に同じ事ができる人物が居るのかもしれない。


「まさか、エミリアン殿も賢者システムを使って、魔導装備を作る事が有るのですか?」

「ええ、詳しい事は言えませんが、賢者システムを使って、いくつかの魔導装備を作っています」


 どの魔法の賢者システムにも同じような機能が有るらしい。面白いな。具体的にはどういう機能なんだろう?


「そして、これが二人への結婚祝いの品です」

 俺は二つの包みを渡した。衝撃吸収服を結婚祝いとして贈る事にしたのだ。

「何かしら? 開けてもいい?」

「こちらが、クラリスさん用です」

 クラリスとエミリアンのサイズは、メティスが教えてくれた。メティスは一目見ると、サイズが分かるらしい。


 包みの中から白い服が現れると、クラリスが首を傾げた。

「これは衝撃を吸収する機能を持つ服です。これでドラゴンの尻尾による攻撃も受け止められます」

 クラリスが目を丸くする。

「こんな高価なものをもらえるなんて……ありがとうございます」


 お返しという事ではないが、大量の巻物をもらった。クラリスは正体不明のままの巻物を死蔵していたという。時間ができたら調べようと思っていたが、その時間が取れずに溜まっていたらしい。


 誰かに調べてもらえば良かったのに、と思う。だが、そんな能力を持ち信用できる者が居なかったようだ。


 三十巻ほどある巻物を仕舞うと、俺はシャドウパペットの制御用指輪をクラリスに渡した。

「基本的な訓練は終わっています。後はクラリスさんが戦闘訓練をしてください」

「本当に感謝します。代金は口座に振込んでおきますね」


 これで一財産分の金額が、俺の口座に振り込まれる事になる。

「クラリスさん、この特級ダンジョンについて、教えてもらえますか?」

「いいわよ」

 クラリスから五層までに遭遇する魔物と、地形を教えてもらった。一応下調べはしてあったのだが、実際に探索した経験のある者から聞くのが一番だと思ったのだ。


「最後にアドバイスしておくけど、五層の中ボスは、風神ドラゴンだから、何か対策を考えないと危険よ」


 説明が終わったクラリスが、そわそわしている。早くシャドウパペットの訓練を始めたいらしい。その気持ちは分かるので、俺はクラリスと別れ、一人だけ特級ダンジョンに残った。今日は一層だけでも探索するつもりなのだ。


『このダンジョンの一層にも、ぬしのような存在が居るのですね』

 出雲ダンジョン一層の主は、バジリスクだった。このマルヌダンジョン一層の主は、ドラゴニュートらしい。ドラゴニュートはシルバーオーガほどではないが、素早い魔物である。


 この層は赤い土と石ころだらけの荒野エリアである。見回すと非常に殺風景な景色が目に入る。その殺風景な場所にレッドオーガとワイバーン、それにサソリ系の魔物が居るらしい。


 俺とエルモア、為五郎は慎重に探索を開始した。D粒子センサーを全開にして魔物を探す。レッドオーガは素早いので、なるべく遠い位置で発見するためである。


 すぐにD粒子センサーが魔物を探知する。確認するとファイアスコーピオンだった。こいつは体長三メートルほどで尻尾の先から炎を噴き出す魔物だ。


 最初に為五郎が動き出した。雷鎚『ミョルニル』に魔力を流し込むと、ファイアスコーピオンに向かって投擲する。クルクルと回転して飛んだミョルニルは、少しだけ大きくなりファイアスコーピオンに命中し、その頭を陥没させた。


「よくやった。ファイアスコーピオンの防御力は、それほど高くないようだな」

『火炎攻撃の間合いに入らなければ、大丈夫でしょう』


 次にD粒子センサーに反応があった時、凄い勢いで接近してくるのに気付いた。以前に戦った中ボスのレッドオーガは、盾とロングソードを装備していたが、ここのレッドオーガはロングソードだけのようだ。


「レッドオーガだ」

 俺は『アキレウスの指輪』に魔力を注ぎ込み、素早さを五倍に上げる。次の瞬間、レッドオーガが姿を現しロングソードを構えて襲ってきた。


 俺は神剣グラムでロングソードの斬撃を受け流し、エルモアの邪魔にならないように右へ跳ぶ。そこにエルモアが突っ込んできてゲイボルグで胸を刺し貫く。


 正確に心臓を貫通したゲイボルグは、レッドオーガの息の根を止めたようだ。地面に倒れたレッドオーガが光の粒となって消える。


「おっ、ドロップ品」

 レッドオーガが倒れた場所に、魔石と小さな瓶が残された。拾い上げて調べてみると、中級治癒魔法薬だ。


『ここのレッドオーガは、中級治癒魔法薬をドロップするのですね』

「マジックポーチⅠをドロップするレッサードラゴンほどじゃないが、いい獲物だな」

 それからレッドオーガやファイアスコーピオンなどを狩りながら、荒野の奥へと進む。中級治癒魔法薬を合計で四本も手に入れた頃、山頂がカルデラ状になっている山に到着した。


 ドラゴニュートはカルデラの中に居るという。俺たちは山を登りカルデラの縁である外輪山を越えて内側に入った。カルデラの中央には湖があり、その周囲だけは豊かな緑が存在している。


 カルデラ湖の周囲に広がる林に入った時、ドラゴニュートの存在を感知する。エルモアと為五郎に合図を送り、素早く『アキレウスの指輪』に魔力を注ぎ込む。


 指輪の効果が表れ始め、風で揺れていた木の枝がゆっくりした動きに変わる。ざわざわと聞こえていた音も消え、ドラゴニュートの気配だけが急速に近付くのを感じた。


 林の中から小さな盾とロングソードを持ったドラゴニュートが飛び出してきた。身長が三メートル半、ブルーイグアナを人型にしたような魔物である。その筋力はシルバーオーガより上であり、そのパワーで振り回すロングソードをまともに受け止める事はできない


 為五郎が予備の武器である薙刀『岩融』を持って、ドラゴニュートと戦い始める。パワーは互角だが、慣れていない武器で戦っている為五郎が不利となった。


 次第に押されるようになり、後退する為五郎にエルモアが加勢する。側面からゲイボルグの突きを放ち、ドラゴニュートを攻めるエルモア。


 そうなると、ドラゴニュートが劣勢となり、牙を剥き出しにして必死の形相で戦い始めた。俺も参戦すれば、簡単に仕留められそうだ。俺はドラゴニュートの背後に回り、神威刀を抜いて振る。その動作を切っ掛けとして、『クラッシュソード』を発動させ空間振動ブレードでドラゴニュートの背中を斬り付けた。


 空間振動ブレードはドラゴニュートの背中に大きな傷を刻んだ。その後、為五郎が薙刀でドラゴニュートの腹を切り裂く。その一撃がトドメとなって一層の主が倒れた。


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