第529話 ポジティブゾンビ

 千佳は韮崎の言動に矛盾しているものを感じていた。ランクに敬意を払わないと言っているくせに、自分のランクに対しては敬意を払わないと承知しないみたいな態度を取っている。


 どうやら自分が一番でないと満足できない性格のようだ。関わり合いになりたくない種類の人物である。


「生意気な後輩だ。それだけの事を言うのなら、力比べをしてみようじゃないか」

 韮崎がタイチを睨んだまま提案した。

「力比べ?」

「C級なんだから、ウォーミングアップくらいは知っているだろう」


 タイチが頷いた。

「ウォーミングアップで、実力を比べようというのか。面白い、やってやろうじゃないか」

「タイチ君、落ち着いて」

 千佳がタイチに声を掛けると、タイチはにっこり笑う。

「僕は落ち着いていますよ。これは余興みたいなものです。心配しなくても大丈夫です」


 タイチの『負けず嫌いボタン』が押されたようだ。

「よし、訓練場へ行って勝負をつけよう」

 韮崎が先頭に立って訓練場へ向かう。タイチと千佳も付いて行く。その他に大勢の冒険者たちが見物に行った。


 その時、近藤支部長が二階から下りてきた。

「何が始まるんだ?」

 近藤支部長の質問に、受付の加藤が状況を説明する。

「まあ、C級のウォーミングアップだったら、周囲への影響はないだろうが、万一に備えて私も行こう」

 と言いながら、支部長が見物に加わった。


 以前、A級のモンタネールとサムウェルが、冒険者ギルドでウォーミングアップを行う事により魔力の制御力と魔力量を競い合った事がある。


 その時は、魔力に敏感な近所の人々から、何をしたんだと冒険者ギルドに苦情が来た。あれはA級の冒険者によるウォーミングアップだったから、近隣にまで魔力が届いたのだ。C級だったら、大丈夫だろうと支部長は判断した。


 タイチと韮崎、それに千佳が訓練場の中央に進み出た。そこに近藤支部長が近付く。

「事情は聞いたよ。あんまり馬鹿馬鹿しいので、開いた口が塞がらなかったよ。だが、二人が遺恨を残さないと誓うなら、勝負を許そう。どうだね?」


 タイチと韮崎は承諾した。そして、二人は魔力を体内で循環させ始める。次第に体内を循環する魔力の量が増大し、C級に相応しい魔力量となった。


 二人はさらに魔力を増やし続ける。ほとんど同時に二人の身体から魔力が溢れ出し、周囲に覇気と圧迫感を撒き散らす。


 近藤支部長が顔をしかめた。グリムの時ほどではないが、かなりのプレッシャーを周囲に放っている。だが、勝負としては、引き分けというところだろう。冒険者としての経験が浅いタイチが、ずっと経験の長い韮崎と同等の魔力制御と魔力量を持つのは凄い。


「そこまでだ。今回は引き分けだな」

 ウォーミングアップをやめた二人が、不満そうな顔をする。特に韮崎が不満そうだ。それを見た近藤支部長が千佳に視線を向ける。


「今度は御船さんが、ウォーミングアップをしてみないか。この二人にB級の実力を見せて欲しいのだ」

 千佳は迷惑だという顔をしたが、支部長が頭を下げる。

「分かりました。全力でやってみます」


 千佳は深呼吸をしてからウォーミングアップを始めた。千佳の体内で魔力の循環が始まると、その魔力の圧力を感じてタイチが目を丸くする。


 魔力量が増大し千佳の身体から魔力が少しずつ漏れ始めると、その魔力がD粒子に干渉し始めた。グリムの場合はD粒子を集めて流れを作ったが、千佳の干渉力はそこまで強力ではなく、大気中を漂うD粒子を弾き始める。


 その時、パチッという音がする。千佳の魔力がもう一段増大すると、周囲でパチパチという音が鳴りだした。そして、千佳の身体が巨大化するような錯覚を覚える。


 タイチは凄いと思いながら、尊敬の眼差しを千佳に向けた。韮崎は顔から血の気が引き、信じられないという顔をしている。


 そして、近藤支部長はまずいかもしれないと思い始めていた。予想以上に千佳のウォーミングアップが凄まじかったからだ。


「ストップ。止めてくれ!」

 支部長が叫んだ。千佳が『どうして?』という顔でウォーミングアップを中止する。

「今のウォーミングアップの魔力が、ギルドの外にまで漏れ出たかもしれない」

 千佳が驚いた顔をする。そんな遠くまで魔力が広がるとは思っていなかった。普段ウォーミングアップの練習をする時も有るのだが、その時はグリーン館の地下練習場で行うので、魔力が漏れ出る事はないのだ。


 韮崎がショックを受けたようだ。韮崎自身が明らかに千佳より劣っていると感じたのだ。

「そんな馬鹿な。おれはA級に匹敵するほどの……」

 近藤支部長が厳しい視線を韮崎に向けた。


「韮崎君、自分に厳しい目を向けなさい。冷静に自分の実力を把握できないと、ダンジョンで死ぬ事になるよ」


 韮崎が支部長に顔を向ける。

「支部長、正直に答えてくれ。おれの実力はどれほどだと思う。このギルドの誰と同じくらいだ?」


「そうだね。このタイチ君や鉄心君に匹敵するだろう」

「グリム先生や御船さんは?」

「御船さんは君より一段上だ。そして、グリム君とは、一生掛かっても追い付けないほどの差があるよ」


 それを聞いた韮崎は、今にも死にそうな感じで訓練場を出て行く。

「大丈夫でしょうか?」

 千佳が韮崎の後ろ姿を見て質問した。支部長が笑う。


「心配する必要はない。韮崎君は今までの人生で、何度も同じような経験をしているのだ。だが、ゾンビのようにしぶとい精神を持つ彼は、何度も復活するんだ。但し、当分の間は静かにしているだろう」


 それを聞いたタイチは、嫌そうに顔を歪めた。その頭には『ポジティブゾンビ』という言葉が浮かぶ。

「ところで、グリム君は何をしているのだ?」

 あまり冒険者ギルドへ来なくなったグリムを心配した支部長が尋ねた。


「グリム先生なら、キングリザードマンを倒すための修業をしています」

「ふむ、どんな修業をしているのかは分からんが、凄い修業なんだろうね」

「本当に凄いですよ。高速戦闘中に使える生活魔法を増やしているんです」


「相手がキングリザードマンだと、素早さを十倍にできる魔導装備を使っているのだろうが、その状態で魔法を使うというのは凄いな」


 支部長も高速戦闘中に魔法を発動する難しさを知っているらしい。

「グリム君が、キングリザードマンを倒す事ができれば、A級二十位以内に入るかもしれないな」

 千佳が疑問に思った。グリムは現在A級二十九位であり、キングリザードマンが強敵だとは言え、二十位以内に食い込むほどの実績になるとは思えなかったからだ。


 それを支部長に尋ねる。

「最近スペインで、A級十七位と二十三位、二十七位の冒険者が、ダンジョンで亡くなったのだよ」

 千佳が眉をひそめた。

「亡くなられた方は残念ですが、グリム先生がA級二十六位という事ですね?」

「そうだ。キングリザードマンは歴史に名前を残すほどの魔物だから、倒したら、凄い実績になるだろう」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る