第530話 キングリザードマンの本気

 俺は高速戦闘の技術を磨き、ようやくキングリザードマンと戦えるだろうという水準まで達した。

『準備は整ったようですね』

「ああ、キングリザードマンを倒しに行こう」

 俺の修業にエルモアと為五郎を手伝わせたので、エルモアと為五郎の高速戦闘技術も向上している。とは言え、取り敢えず一人で戦うつもりでいる。


 高速戦闘中の連携というのは、声を出して合図する事もできずに酷く難しいからだ。それなら一人で戦った方が良いと考えたのである。但し、エルモアにはエスケープボールを持ってもらい、危険な時はエスケープボールを発動してもらう事にした。


 アリサと根津に見送られて鳴神ダンジョンへ向かう。到着すると着替えてからダンジョンへ入った。一層の転送ルームへ行って、二十層へ移動する。


『倒せると思いますか?』

「それだけの修業をしたつもりだ。ただ長瀬との戦いでは切札を出していないように感じた」

『私も昨日ビデオを見て気付いたのですが、キングリザードマンは三本の投げナイフを腰に差しているのです』


 その情報は気になった。キングリザードマンが投げナイフの名手なら、十分に切札になる。俺は為五郎から円盾を借りる事にした。


 二十層の転送ルームから外に出ると、巨大なカルデラ地形を持つ山が目に入る。ここがダンジョンだとは思えないほど雄大な山の姿だ。


 俺はモイラが開発した『ウィングボード』を発動しD粒子ボードに乗ってカルデラの斜面を滑り降り、中ボス部屋の前まで行った。


 最初は乗りこなせなかった『ウィングボード』だが、何度か練習しているうちに乗れるようになったのだ。これに乗って戦闘するのは無理だが、ちょっと移動する程度なら便利だった。


 いくつかの指輪を出して指に嵌め、衝撃吸収服のスイッチを入れる。そして、影からエルモアを出してエスケープボールを渡す。

「判断を間違うなよ」

『承知しています』

 俺は『スカンダの指輪』に魔力を注ぎ込みながら中ボス部屋に入った。続いてエルモアも中ボス部屋へ入り隅へ移動する。


 俺はキングリザードマンを観察しながら神剣グラムを握り締める。すでに高速戦闘に入っているので、周りの時間がゆっくりと流れ始め、俺とキングリザードマン、それにエルモアだけが高速の時間の中に居る。


 キングリザードマンが高速で踏み込み、俺に向かって魔剣ダーインスレイヴを振り下ろす。神剣グラムで受け流し、ローキックをキングリザードマンの太腿に叩き付けた。


 キングリザードマンが顔を歪めた。痛かったようで、俺を凄い目で睨む。魔剣が翻り、俺の胸に向かって鋭い突きが伸びてくる。それを神剣グラムで跳ね上げる。


 キングリザードマンがクルッと回転して、尻尾で攻撃してきた。この攻撃を予想していた俺は左腕でガードし、衝撃吸収服に尻尾攻撃の威力を吸収させた。そして、その尻尾に向かって神剣グラムを振り下ろす。


 尻尾が真っ二つになって、先端部分が宙を舞い魔物の血が空中に扇状に広がる。それが目に入ると厄介だと考えた俺は、避けるように後ろへ跳ぶ。次に『クラッシュステルス』を発動しステルス振動弾を放とうとした時、キングリザードマンがナイフを引き抜いて投擲した。


『投げナイフです』

 頭にメティスの声が響き、俺は『クラッシュステルス』の制御を放棄して右に跳んで躱し、キングリザードマンの動きを見る。


 俺が跳躍した時、キングリザードマンも後ろに跳んでいた。次の瞬間、二本目のナイフが飛んで来た。俺は急いで円盾を取り出し、その盾でナイフを防ぐ。


 キングリザードマンは尻尾から噴き出た血を浴びて、凄みのある姿になっており、その目がギラギラと輝いているように見えるほど怒気を放っている。


 低く構えたキングリザードマンが深呼吸した次の瞬間、スピードを上げて踏み込み袈裟懸けに斬り付けてくる。何とか神剣グラムを合わせ受け流す。


 速い、速すぎる。これがキングリザードマンの本気なのか。俺は必死で魔剣の斬撃を防ぐのだが、それが間に合わなくなるほど、キングリザードマンの動きが速くなっていた。


 これは素早さ十倍ではなく十二倍くらいはありそうだ。このままでは負けると思った俺は、危険を覚悟で『クラッシュステルス』を発動しステルス振動弾を放った。


 それと同時に魔剣の切っ先が、俺の太腿に命中する。衝撃吸収服が一瞬だけ防いだのだが、魔剣からおかしな力が流れ込み、<衝撃吸収>の力を無効化して五センチほどの傷を負わされる。


 一方、俺が放ったステルス振動弾を、キングリザードマンは気付けなかったようだ。その脇腹に命中して穴を開け背中の傷口から大量の血を噴き出している。


 太腿の傷口に焼けた鉄を押し付けられたような激痛が走る。俺は初級治癒魔法薬を取り出して飲み、三割ほどを傷口に振り掛けた。それでも痛みが消えず、魔剣の情報は本当だったのかと背中に嫌な汗が流れる。


『グリム先生、神威の力を使ってみましょう』

 メティスの提案を実行する事にした。『痛覚低減の指輪』の力を使って痛みを抑え込み、神威月輪観の瞑想を始める。『痛覚低減の指輪』でも抑え込めなかった痛みを感じながらなので、瞑想に集中できない。


 神威石を持って来るんだった。神威石は工房に預けて、新しい防具を作っている最中なのだ。

 俺は必死で瞑想を続け、なんとか神威エナジーを手に入れ『癒やしたい』という思いを込めて傷口に流し込む。


 スッと痛みが引いていくのを感じた。太腿の傷口を見ると、出血が止まり傷が塞がり始めている。キングリザードマンの方に視線を向ける。


 キングリザードマンは倒れて大量の血を流しており、よろよろと立ち上がろうとしていた。痛みがなくなり、神剣グラムを拾い上げてキングリザードマンに近付く。


 人間なら死んでもおかしくない傷を受けても、まだ戦おうとしているキングリザードマンに、俺は神剣グラムを振り抜いた。その一撃でキングリザードマンの首が刎ね飛ぶ。


 キングリザードマンが消えると、俺は中ボス部屋に仰向けに倒れた。『スカンダの指輪』へ流し込んでいた魔力は止めている。


 エルモアが歩み寄る。

『怪我は大丈夫ですか?』

「はあはあ……、ああ、神威エナジーが効いたようだ」

 神威を手に入れていなかったら、死んだのは俺だったかもしれない。しかし、キングリザードマンが、あれほど強いとは……宿無しのキングリザードマンがアメリカに現れた時、多くの犠牲者を出したのも、仕方なかったかもしれない。


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