第524話 アメリカのA級冒険者たち

 ニューヨークやボストンで活動していた冒険者たちが、西海岸のロサンゼルスまで来るには時間が掛かる。その間に雷神ドラゴンがロサンゼルスを破壊してしまいそうだった。


 そこで狙われているダヴェンポート教授たちを北西にあるサンタバーバラへ移動するように、ヘインズ少将は命じた。


「まさか我々を囮にしようと考えているのでは、ないだろうね?」

 装甲車に乗せられたダヴェンポート教授は、ヘインズ少将に確認した。

「狙われているのは、教授たちだと分かったのです。大都市に教授たちを置いておく事はできません」


「だが、サンタバーバラも大きな街だ」

「サンタバーバラに行くとは言っていない。途中にある軍の施設へ向かっています」

 その時、無線機に報告が入ってきた。雷神ドラゴンが進行方向を変え、北西に向かい始めたというものだ。


「やはり教授たちを追って来たか」

 ヘインズ少将が独り言のように言うと、ダヴェンポート教授が顔をしかめた。

「なぜだ? 我々は真面目に研究していただけなのに」


「その研究の目的は、魔物だけを殺す毒やウィルスの発見だと、聞いております。それを知ったら、ダンジョンも排除しようと思うのではないですか?」


「むっ、ダンジョンに知性が有る事を失念していた。だが、ダンジョンは、どうやって知ったのだ?」

「ダンジョン内で、普通に喋っていたのでは?」

 ヘインズ少将の指摘を受けて、教授が不愉快そうに顔を歪めた。図星だったようだ。


 ダヴェンポート教授たちが案内されたのは、軍の核シェルターだった。そこならば、雷神ドラゴンの攻撃を防げるだろうと考えたのである。


 岩山に設置された鋼鉄製の扉を開けて中に入った教授たちは、薄暗いトンネルの奥まで行って、部屋に辿り着いた。鉄筋コンクリートで囲まれた部屋には、テーブルや椅子があった。その椅子に座った教授は少将に視線を向ける。


「ここに何日居れば、ドラゴンを倒せるのだ?」

「明日には、A級冒険者が集まるでしょう。そうなれば、彼らが倒してくれると思います」

「結局、軍隊の兵器は役に立たなかったな」


「たぶん、あのドラゴンの周りは、魔力障壁のようなもので覆われているのです。タイに現れたヴァースキ竜王も同じでした」


 その時、爆発したような轟音が響き渡り、部屋が地震のように揺れた。

「な、何事だ?」

「静かに、雷神ドラゴンが核シェルターの扉を攻撃しているのでしょう」


 教授が怯えた顔になる。それは他の研究者たちも同じだった。

「このシェルターは、大丈夫なのかね?」

「理論上は、大丈夫です」


 雷神ドラゴンは打撃やプラズマブレスなどの攻撃を一時間ほど続けてから、諦めたように核シェルターの前で眠り始めた。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 翌朝、A級冒険者たちがサンタバーバラの空港に到着し、車で核シェルターへ向かった。

「そろそろ見えてきても、いい頃だが」

 A級四位のハインドマンが声を上げた時、前方に雷神ドラゴンの姿が見える。車を止めて、ここからは歩いて行く事になった。


 サムウェルは神話級の魔導武器であるレヴァティーンを握り締め、雷神ドラゴンへ向かう。冒険者の全員が雷神ドラゴンの大きさと迫力に顔を青褪めさせた。


 雷神ドラゴンの背後を見ると、核シェルターのある岩山が半分溶かされて形が変わっていた。今は固まっているが、プラズマブレスで攻撃されていた時は、溶岩のようにどろどろになっていたのだろう。


 A級冒険者たちが迫っているのに気付いた雷神ドラゴンが、立ち上がり見下ろす。魔装魔法使いの一人が魔導武器である槍を構えて駆け出した。


 そのスピードは人間の範疇を超えており、瞬時に雷神ドラゴンのところまで到達すると、巨大な足に槍を突き刺す。魔力障壁のようなものがあるはずなのに、それを無効化して槍の穂先が足に突き刺さり抉った。


 雷神ドラゴンが吠えて、足元に居る魔装魔法使いに噛み付こうとする。魔装魔法使いは余裕で躱して、後ろに跳び退いた。その瞬間、雷神ドラゴンが灼熱の息を吐き出した。


 プラズマブレスではなく、呼気が体内で超高温となって吐き出されたものだ。その灼熱の息を浴びた魔装魔法使いは、全身に火傷を負い地面に倒れた。ただ咄嗟の判断で呼吸を止めたので、灼熱の息を吸い込まず肺が焼ける事はなかった。御蔭で火傷を負っただけで、魔装魔法使いは死なずに済んだ。


「まずい、私が助け出すから、誰か雷神ドラゴンの注意を逸らしてくれ」

「だったら、おれが『サリエルクレセント』で、あいつの尻を攻撃する」

 ハインドマンが言って、攻撃魔法の準備を始めた。サムウェルは『パワータンク』を発動し、筋力を五倍まで強化すると、倒れている仲間のところまで駆け寄った。


 雷神ドラゴンが倒れている魔装魔法使いに前足を振り下ろす寸前だった。その時、『サリエルクレセント』が発動し、分子分解力を持つサリエルブレードが雷神ドラゴンの尻に命中する。


 サリエルブレードは魔力障壁のようなものにぶつかり、その力を発揮する事なく消えた。雷神ドラゴンの注意が逸れた隙に、仲間を担ぎ上げたサムウェルが後方に駆け戻る。


 初級治癒魔法薬を飲ませて、手当したサムウェルは仲間を物陰に残して戦いに戻った。その時には激しい戦いが繰り広げられていた。


 その中で雷神ドラゴンが核シェルターを背にして戦う状況になっていた。そういう状況だとA級冒険者たちが攻撃をためらうと雷神ドラゴンが考えた、とA級冒険者たちは思った。


「小賢しい事を……だが、おれたちに与えられた依頼は、救出ではなく雷神ドラゴンの討伐なんだよ」


 背後の核シェルターは無視され、手加減のない攻撃が雷神ドラゴンへ向けられる。そして、攻撃魔法の『メガボム』と『サリエルクレセント』が雷神ドラゴンに向かって放たれた。


 その攻撃を垂直に跳んで避けた雷神ドラゴンは、背後で起きた爆発をチラリと見て笑う。『メガボム』の爆発と『サリエルクレセント』の攻撃で、溶けた岩で塞がれていたトンネルが顔を出していたのだ。


 そのトンネルに頭を突っ込んだ雷神ドラゴンが、プラズマブレスを吐き出した。超高温のプラズマがトンネルを進み、ダヴェンポート教授たちを守る最後の扉を焼き切った。


 灼熱した空気が教授たちが居る部屋に入り込み、悲鳴を上げていた教授たちは、その高温の空気を吸い込んで、肺が焼けた。咄嗟の判断で呼吸を止めたヘインズ少将などの数名は生き残ったが、研究員の全員が死んだ。


 雷神ドラゴンが天に向かって咆哮を上げる。それは勝利の雄叫びだった。

「畜生、おれたちの攻撃が利用された」

 事態を理解したハインドマンが、叫びながら魔力を集め『ブラックホール』を発動する。


 A級十二位の魔装魔法使いであるジョンソンは、今のところあまり活躍していなかったが、チャンスを狙っていた。ジョンソンの武器はジョワユーズという神話級の魔導武器だ。


 ジョンソンは雷神ドラゴンの動きをチェックしながら、体内で魔力を循環させウォーミングアップを行って魔力を蓄積していた。


 雷神ドラゴンに向かって『ブラックホール』が発動され、疑似ブラックホールが放たれる。危険だと感じた雷神ドラゴンは大きく跳んで、疑似ブラックホールを躱す。


 その瞬間、ジョンソンが雷神ドラゴンの足元に飛び込んだ。体内で循環していた魔力を一気にジョワユーズに流し込み、その効果により次元断裂刃を形成すると、雷神ドラゴンの胴体に斬撃を放った。


 次元断裂刃は魔力障壁のようなものを切り裂き、その巨体も斬り裂いた。大ダメージを負った雷神ドラゴンは痛みを堪えてジョンソンに向かってプラズマブレスを吐き出す。


 それはほんの一瞬だったが、プラズマブレスがジョンソンを掠めた。ジョンソンは弾き飛ばされ、地面に倒れる。大きな傷を負った雷神ドラゴンは、トドメを刺すまでプラズマブレスを吐き続ける事ができずに逃げ出した。


 サムウェルはジョンソンのところへ行って、初級治癒魔法薬を飲ませた。

「私は回復役じゃないんだけどな」


 ジョンソンは重傷だった。骨も何本か折れているようなので、中級治癒魔法薬を飲んだとしても、今回の戦いからは離脱だろう。中級治癒魔法薬を飲めば、骨折も短時間で治ると言っても一瞬で治る訳ではなく、二日ほどの安静が必要だからである。


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