第525話 ダンジョンの意志

 使命を達成した雷神ドラゴンは、魔物の本能のままに行動を始めたようである。傷を癒やす時間を稼ぐために、近くの山の中に入り込んだのだ。


 サムウェルたちは負傷した者たちを病院へ送った後、雷神ドラゴンの追跡を開始する。あれだけの巨体なので、その痕跡を見付けるのは簡単だ。


 ただちゃんとした道を選んで進んでいる訳ではないので、その痕跡を追い掛けるのは大変だった。崖をよじ登り、川を飛び越すなどして逃げる相手なのである。


 運が悪い事に雨が降り始めた。そうなると、サムウェルたちだけで追跡するのは難しくなる。

「軍に手伝ってもらおう」

 サムウェルたちは現場から離れて、後方に下がった。核シェルターがあった岩山の傍に軍用大型テントが張られていた。


 そのテントに入ると、スコールズ大佐という軍人が待っていた。

「雷神ドラゴンは、どうしたのです?」

「雨で追跡が困難になった。ヘリコプターか何かを使って、空から追跡できないか相談に来たんだ」

 ハインドマンが代表して依頼した。


「分かりました。ヘリを出しましょう。ところで人数が減ったようですが、ドラゴンを倒せますか?」

「問題ない。ドラゴンも傷を負っている。今なら倒せるはずだ」


 スコールズ大佐が鋭い視線をハインドマンに向ける。

「ですが、ドラゴンの自己治癒力は相当なのものだと聞いています。そんな化け物に時間を与えていいのですか?」


「大佐、我々も人間なのですよ。疲れた状態でドラゴンとは戦いたくないのです」

 サムウェルがハインドマンに代わって答えた。

「失礼した。皆さんは着替えて休んでください。発見したら、連絡します」


 それから四時間ほど経過した頃、雷神ドラゴンが発見された。山中の巨木の下で寝ているらしい。サムウェルたちは近くまで車で送ってもらい、山の中に入った。


 この時、残っていたA級冒険者は攻撃魔法使いが四人、魔装魔法使いが二人だった。

「政府に言って、D級でもいいから、生活魔法使いをメンバーに加えてもらうんだった」

 サムウェルが愚痴るように言うと、サイモンという攻撃魔法使いがギロッと睨んだ。


「組むのが攻撃魔法使いだけでは、不安だと言うのか?」

「そうじゃないが、生活魔法の中には、魔力障壁のようなものを無視して攻撃できる魔法が有るんだ」

「そんな凄い魔法なら、D級じゃ習得できないだろう」


 サムウェルが首を振る。

「その魔法は、魔法レベル10程度で習得できるクラッシュ系と呼ばれている」

「ふん、攻撃魔法にも魔力障壁を破れる魔法はある」


「何という魔法だ?」

「『インフェルノ』だ。この魔法を使えば、魔力障壁に穴を開ける事ができる」

「そんなものが有るのなら、なぜ使わなかった?」

「発動に時間が掛かるからだ」

 それを聞いたサムウェルは溜息を漏らす。使い所が難しい魔法のようだ。


「雷神ドラゴンが見えた」

 ハインドマンが小さい声で言った。それを聞いたサムウェルは気持ちを引き締める。


 雷神ドラゴンはサムウェルたちに気付いて立ち上がった。ジョンソンに斬られた傷は、完全ではないが治り掛けている。サムウェルは『ファイアガード』の魔法を発動する。


 『ファイアガード』は防御力と耐火性を強化する魔法である。サムウェルは前に出て雷神ドラゴンの注意を引き付け、攻撃魔法使いたちが魔法を発動する時間を稼がねばならないと考えた。


 雷神ドラゴンが、こちらに向かって駆け出したので、サムウェルも魔装魔法で筋力を強化してから、駆け出した。サムウェルはパワータイプの魔装魔法使いなのだ。


 戦い方はシンプルで、魔物に接近して武器を叩き付けるというものである。愛剣レヴァティーンの機能が、魔法を切り裂き命中した瞬間に衝撃波を敵に打ち込むというものなので、この戦い方が定着した。


 魔力障壁も魔法の一種だと考えれば、レヴァティーンで切り裂けるはずだとサムウェルは考えていた。


 雷神ドラゴンの足元に飛び込んだサムウェルは、レヴァティーンを巨大な足に叩き付ける。但し、同じような事をして灼熱の息で倒れた仲間の例があるので、すぐに跳び退いた。


 後ろの方で熱い空気を感じたが、サムウェルは無事に灼熱の息を躱した。もう一人の魔装魔法使いも雷神ドラゴンの攻撃を躱しながら頑張っている。


 その時、後方から合図の声を聞いた。サムウェルともう一人の魔装魔法使いが急いで、雷神ドラゴンから離れる。次の瞬間、『インフェルノ』の魔法が雷神ドラゴンの胸に叩き付けられた。


 雷神ドラゴンの胸部分にある魔力障壁が燃え始めた。『インフェルノ』は魔力を燃やす魔法なのだ。その炎に向かって、ハインドマンが『サリエルクレセント』を発動しサリエルブレードを撃ち込んだ。


 雷神ドラゴンは避けようとしたが、まだ完全に癒えていなかった傷が痛み反応が遅れたようだ。サリエルブレードが胸を切り裂き、心臓を破壊する。雷神ドラゴンの最期だった。


 ダンジョンの外で倒された魔物は、魔石にならずに死骸が残るものである。だが、雷神ドラゴンの死骸は残らなかった。光の粒となって消え、変なものが大量に残ったのである。


「何だ、これは?」

 それを見たサムウェルたちが首を傾げる。それは何の効果もない、普通のタワシだった。それが何百個と山積みになっていた。雷神ドラゴンは、ダンジョンが送った罰だというのは本当だったようだ。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 雷神ドラゴンが倒された頃、俺はアリサたちから意見を聞いていた。どんな生活魔法が必要かという事だ。

「『クローズシールド』は、強力な守りの魔法ですが、習得できる魔法レベルが『18』なので、もっと低い魔法レベルで習得できる防御の魔法が欲しいです」


 天音の意見を聞いて、どういう魔法が良いか話し合った。

「先生、『マグネティックバリア』は、<磁気制御>と<堅牢>の特性しか使っていないのに、習得できる魔法レベルが高いのはなぜなんですか?」

 由香里が質問した。


「『マグネティックバリア』を創った頃は、まだ効率的な魔法を創ろうという意識がなかったんだ」

 魔法レベルを下げるには、機能を制限するしかないと考えていたのだ。だが、研究してみると効率的な魔法を組み上げれば、魔力消費を抑え魔法レベルを下げられると分かり始めた。それを説明する。


「それに強力な磁気バリアを発生させるために、大量のD粒子が必要だったせいで、魔法レベルが上がったという事もある」


 そこで魔物が使う魔力障壁のようなものを参考に構築できないかと検討した。D粒子は磁気に変換するより、魔力に変換する方が効率が良い。


 そこで磁気の代わりに魔力を展開する魔法を創ろうと考えた。付与する特性は、<衝撃吸収><ベクトル制御><耐熱><耐雷>の四つになる。


 <衝撃吸収>が有るので、<堅牢>は不要と考えた。構造的には『マグネティックバリア』に似ており、『D粒子マナコア』が魔力バリアを展開する核となる。


 『D粒子マナコア』の形状はベルト状にする。腰に巻けば、戦いの邪魔にならないと考えたのだ。


 実際に使ってみると、かなりの防御力を持つ事が分かった。クラッシュ系の魔法は防げないが、『トーピードウ』のD粒子魚雷も防いだので、大概の攻撃は防げると考えた。


 ただ特性を四つも付与したので、思ったほど魔法レベルは下げられなかった。『マナバリア』と名付けた魔法の習得できる魔法レベルは『13』となった。


「『マグネティックバリア』が必要なくなるかもしれませんね?」

 千佳が『マナバリア』の性能を聞いて言った。

「いや、空中戦では『マグネティックバリア』を使うと思う」

「どうしてです?」


 アリサがポンと手を叩く。

「分かった。磁気バリアは空気を通しますが、魔力バリアは空気も遮断するからですね」

「その通り。魔力バリアを展開したまま飛行するというのは難しいんだ」


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