第523話 雷神ドラゴンと軍

 グリムたちが雷神ドラゴンの出現をニュースで知る一週間ほど前。

 カリフォルニア州のロサンゼルスの郊外にある軍の研究所で、騒動が起きていた。

「ダヴェンポート教授、これはどういう事なのです?」


 ダンジョン特殊対応軍のヘインズ少将が尋ねた。ダンジョン学の権威であるダヴェンポート教授が難しい顔をする。

「我々にも分からないのです。ウィルソンダンジョンで最後の実験を行って以降、あそこに入れなくなったのです」


 アメリカ軍はウィルソンダンジョンで魔物に対する生体実験を行った。魔物を生きたまま切り裂き、その生態を調査し、薬物などの反応も研究したのである。中には大量の麻薬を魔物に注射して、反応を調べるというような事も行われた。


 そして、放射性物質を魔物の体内に入れたら、どうなるかという実験が行われた直後から、ダンジョンが人の出入りを拒否するようになり、実験に参加した者たちは誰一人として戻らなかった。


「なぜ急に封鎖という状況になったのです?」

「この実験は一年前から続けている。それなのに突然、ダンジョンが封鎖されたのだ。我々にも原因が分からない」


「日本の冒険者ギルドから、ダンジョンの遺跡に刻まれていた文章が送られてきました。それによると、勇者が警告した三本角のドラゴンが、驕り高ぶる者に罰を与えるそうです」


「まさか、その驕り高ぶる者というのが、我々だと言われるのではないでしょうな」

 ダヴェンポート教授が不本意だという顔をする。

「そんな事は言っていません。ただウィルソンダンジョンから、ドラゴンが現れるという可能性はないのですか?」


 それを聞いた教授が笑い出した。

「ウィルソンダンジョンは、一層しかない初級ダンジョンだ。ドラゴンが現れる事などない」


 ダンジョンにより閉じ込められた者たちを助け出すため、軍はあらゆる方法を使って、入り口をこじ開けようとした。


 だが、爆発物を使っても入り口を開ける事はできなかった。そして、一週間が過ぎた時、ウィルソンダンジョンから、雷神ドラゴンが現れたのだ。


 全長二十メートルほどのドラゴンである。伝説上の瑞獣である麒麟きりんに似ており、頭には三本の角があった。雷神ドラゴンは、一直線にロサンゼルス郊外の研究所へ向かった。


 その事を知ったヘインズ少将は、研究員をロサンゼルスへ避難するように指示した。その指示は明らかに間違いだったのだが、その時点では誰も気付かない。


 研究所だけではなく周囲に住む人々にも避難命令が出され、人々は一斉にロサンゼルスへと向かう。


 研究所に近付いた雷神ドラゴンは、いきなりプラズマブレスを吐き出し研究所を焼き払う。その行動には怒りが込められているように見えた。


 プラズマブレスに触れた瞬間、建物や施設が燃え上がり、プラズマブレスがどれほど高温かを分からせる事になった。


 研究所を焼き払った雷神ドラゴンは、ロサンゼルスへと進み始める。

「少将、軍は何をしておるのだ?」

 ロサンゼルスに避難したダヴェンポート教授が問い質した。

「間もなく爆撃機が、攻撃を開始するはずです」

 ヘインズ少将が言った通り、雷神ドラゴンの上空を数機の爆撃機が通過した。そして、旋回すると雷神ドラゴンに向けてロケット弾を発射する。


 但し、打ちっぱなしのロケット弾なので命中率は低いらしい。数発のロケット弾が雷神ドラゴンに命中し爆発した。その爆発力は凄まじく、空高くまで爆煙が上がる。


 しかし、爆煙が収まり雷神ドラゴンの姿が見えると、無傷だった。信じられないという顔をする少将。

「馬鹿な。あれだけのロケット弾の攻撃を受けたのだぞ」

 雷神ドラゴンが爆撃機を見上げる。そして、口を大きく開けるとプラズマブレスを吐き出した。それはビーム攻撃のように伸びて、爆撃機を捉える。


 プラズマブレスが命中した爆撃機は燃料タンクに引火したらしく爆発。爆撃機の残骸が町に落下すると、そこでも爆発が起きて火の手が上がる。


 アメリカ軍は、雷神ドラゴンがロサンゼルスの中心部へ進む前に仕留めたかったようだが、最初の攻撃は失敗した。


 その様子を見ていたヘインズ少将の顔が強張っている。

「教授、あのドラゴンは明らかに、こちらに向かって来ているように思えるのですが、どう思われます?」

「我々の実験が気に食わなかったので、ダンジョンがドラゴンを寄越したと言うのかね? あの実験は政府が資金を出して始めたものですぞ」


 確かに実験プロジェクトに予算を付けたのは、アメリカ政府だった。但し、その実験プロジェクトを提案したのは、ダヴェンポート教授たちである。


 雷神ドラゴンが咆哮を上げる。それに対抗するように、陸軍の砲兵部隊が到着した。雷神ドラゴンの前面に百五十五ミリ自走榴弾砲が並び、砲口をドラゴンへ向ける。


「ロケット弾で仕留められなかったのに、砲弾で仕留められるとは、思えない。冒険者たちを呼んでいないのかね?」


 ダヴェンポート教授が青い顔をして尋ねた。少将は渋い顔になり、雷神ドラゴンへ視線を向ける。

「政府はA級の冒険者を集めていますが、すぐには集まらないでしょう。腕利きの冒険者たちは、東海岸付近の街に住んでいる者が多いのです」


 アメリカ軍は通常兵器による攻撃で、雷神ドラゴンを倒そうとしたが、無駄だった。軽いダメージを負う事はあっても致命傷にはならず、逆にプラズマブレスで焼き払われてしまったのだ。砲兵部隊は焼け焦げた残骸と焼死体に変わった。


 ヘインズ少将は近代兵器なら、どんな魔物でも倒せると思っていた。だが、それが間違いだったと気付く。

「タイに現れたヴァースキ竜王と同じだ。あの時は日本の冒険者が活躍して倒したと聞いた。その日本人に匹敵する冒険者がアメリカに居るのかね?」


 ダヴェンポート教授の質問に少将は不機嫌になる。

「アメリカには、A級二位と四位、それに十二位の冒険者が居るのですぞ。日本人の冒険者は二十位以内にも入っていなかったはず」


 A級ランキングの順位は、あくまでも実績を積み上げて順位を付けたものなので、本当の意味での強さを意味していない場合がある。ただ二十位以内の冒険者は化け物のように強いという評判だった。


 アメリカはA級五十位以内の冒険者で連絡が取れた者を呼び集め、ロサンゼルスへ向かわせた。その中には四位の攻撃魔法使いカーティス・ハインドマンと十二位の魔装魔法使いダリル・ジョンソン、それに三十九位のクレイグ・サムウェルも居た。


 サムウェルは鳴神ダンジョンでも活動していた魔装魔法使いである。総勢八人のA級冒険者が揃い、雷神ドラゴン討伐を行う事になった。


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