第521話 大きい宝箱と小さな宝箱

 タイチとシュンは宝箱を探し始める。中ボス部屋が広いので探すのに苦労しそうだ。途中から姫川と立脇も参加して四人で探し、発見したのは姫川だった。


「宝箱が二つか。大きな宝箱と小さな宝箱……どっちを選ぶ?」

 シュンがニヤニヤしながらタイチに尋ねる。

「舌切り雀じゃないんだから、両方に決まっているだろ」


「ノリが悪いな。こういう時は『大きい宝箱に決まっているだろ』と言って、宝箱を開けなきゃ」

 タイチが溜息を漏らす。

「それだと、僕が強欲婆さんという事になるじゃないか」


 アースドラゴンを倒したタイチとシュンは、ちょっと陽気な気分になっていた。

「冗談は、これくらいにして開けるぞ」

 タイチはまず小さい宝箱を開けた。その中には指輪が入っており、鑑定モノクルで調べると『メルクリウスの指輪』と表示された。


 『メルクリウスの指輪』は素早さを六倍、防御力を二倍に上げる効果が有るようだ。

「凄く高そうな魔導装備ですね。軽く億は超えますよ」

 姫川の言葉を聞いてタイチは迷ったが、売らない事にした。バタリオン内部では、いくつか素早さを上げる魔導装備が存在するが、素早さを何倍にも上げる魔導装備は世界的に見ると珍しいのだ。


 シュンが大きな宝箱に目を向ける。

「それじゃあ、最後の宝箱を開けますよ」

 罠がないかチェックしてから、慎重に蓋を開けた。

「うわっ、これは朱鋼のインゴットじゃないか」

 立脇が中を見て驚いた。朱鋼のインゴットがびっしりと詰められていたのだ。その価値は数億円になるだろう。


「グリム先生が、朱鋼や蒼銀を集めているようだったから、先生と相談しよう」

 シュンが提案した。

「そうだな。オークションに出したとしても、装甲車を買えるくらいの資金は、手に入った事になる」


 タイチとシュンは、朱鋼を仕舞って地上に戻る事にした。姫川と立脇の案内があったので、ほとんど問題なく進んだが、十一層の森でブルーマンモスと遭遇する。


 ブルーマンモスは絶滅したマンモスに、青い毛皮を纏わせたような魔物である。

「アースドラゴンは倒したから、魔法に拘る理由はなくなった。こいつは武器で倒そう」

 タイチがシュンに提案した。

「ああ、いいんじゃないか」


 タイチはアスカロンを手に持ち、シュンはモージハンマーを取り出す。さすがに手に入れたばかりのアパラージタは使わない。


 姫川と立脇も武器を出した。攻撃魔法使いである姫川の武器は蒼銀製の剣で、魔装魔法使いの立脇の武器は魔導武器の槍だった。


 覇王級の槍だそうだ。覇王級だとバタリオンの武器庫にゴロゴロしているので、あまり有難味ありがたみがない。そんな事をタイチとシュンは考えていた。


 ブルーマンモスがドスドスと足音を響かせながら迫って来る。まずシュンが先手を打った。モージハンマーに魔力を注ぎ込むとブルーマンモスに向けてヒョイと投げる。


 クルクルと回転しながら飛んだモージハンマーが、ブルーマンモスの背中に命中した。その瞬間、雷が落ちたような火花が飛び散り雷鳴が鳴り響く。


 モージハンマーに巨大化の機能はなかったが、雷撃の機能は備わっていた。ブルーマンモスの背中から流れ込んだ大電流は、その体内を通って足から地面に流れたようだ。


 その大電流の通り道となった筋肉と血管は焼け焦げたのだが、ブルーマンモスは足を引き摺りながら迫って来る。普通の野生動物なら逃げるはずなのに、狂ったように近付く姿は魔物という存在を象徴している。


 モージハンマーがシュンの方へ戻り始めたのを目にしたタイチが『フラッシュムーブ』を発動して、ブルーマンモスの背中に移動する。それは一瞬の事であり、姫川たちには瞬間移動したように見えたらしい。


「生活魔法には、瞬間移動が有るの?」

 それを聞いたシュンが笑う。

「違いますよ。あれは『フラッシュムーブ』、超高速で移動する魔法です」


 シュンと姫川たちが話している間に、タイチはアスカロンをブルーマンモスの背中に突き立てた。ズブリと穂先がブルーの毛皮の中に吸い込まれ、冷却の効果を発揮する。


 その瞬間、ブルーマンモスの心臓が凍った。タイチがブルーマンモスの背中から飛び降りた後、その巨体が消えた。


 その様子を見ていた立脇が溜息を吐いた。

「冗談じゃない。魔装魔法使いのおれより、接近戦が上手いじゃないか」

「私、決めた。渋紙市へ行って生活魔法を、習う事にする」

 姫川が急に言い出したので、立脇が慌てた。


「待ってくれよ。ここでも生活魔法なら勉強できるだろう」

「勉強するなら、一流のものを学ぶべきだと思うの」

「でも……」

 話を聞いていたシュンは、二人が恋人同士ではないと感じた。但し、立脇は姫川に好意を持っているようだ。


 タイチたちは地上に戻ると冒険者ギルドへ報告した。アースドラゴン討伐は、二人にとって大きな実績になった。B級昇級試験を受けられるようになる日も近いかもしれない。


 姫川が渋紙市で生活魔法を勉強したいというので、タイチがグリムに紹介すると姫川に約束する。それから二人は渋紙市に戻った。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 俺が食堂でアリサと話をしていると、タイチとシュンが来た。

「聞いたぞ。早月ダンジョンのアースドラゴンを倒したんだって」

 タイチが驚いた顔をする。

「情報が早いですね」

「近藤支部長が、教えてくれたんだよ」


 シュンがアースドラゴンのドロップ品である『シヴァ神の剣アパラージタ』を詳しく鑑定したいというので、マルチ鑑定ゴーグルを貸した。


 マルチ鑑定ゴーグルで調べると、アパラージタには全てのものを切り裂くという機能と魔力を流し込むと使用者を魔力障壁で包み込むという機能があると分かった。


 アパラージタは攻撃と防御を兼ね備えた魔導武器らしい。

「グリム先生、朱鋼を手に入れたんですが、必要ですか?」

「朱鋼なら、いくらでも買い取るよ」


 特性付きの朱鋼に加工して武器にすると、元の十倍近い金額で売れるので、朱鋼なら大歓迎だった。タイチが俺とアリサに目を向ける。


「二人は何を話しておられたのですか。もしかして、結婚?」

 俺は苦笑した。

「結婚はアリサが卒業してからだ。……話していたのは、勇者の事だ」

「勇者というと、ドイツのシュライバーさん?」


 俺は頷いた。

「彼が言うには、また宿無しが地上に出て来ると言うんだ」

「へえー、今度はどこです?」

「まだはっきりとは分からないが、アメリカが怪しいらしい」

 アメリカは霊薬ソーマをオークションに出品した時に行っている。但し、霊薬ソーマを運んだだけで観光もしなかったので、あまり思い出はない。


 ただ地上に現れる宿無しが三本角のドラゴンだと言うので、興味を持った。鳴神ダンジョンの十四層にある神殿遺跡で三本角のドラゴンの絵があったのを思い出したのだ。


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