第519話 早月ダンジョンの十五層

 フォートスパイダーに弾き飛ばされた攻撃魔法使いは、治癒魔法薬を飲んで回復したようだ。但し、骨折もしているようなので、完治ではない。


「二人は凄いな。感謝するよ」

「命の恩人だよ」

 タイチたちは地元冒険者たちに感謝された。彼らも自分たちが危なかったのを自覚していたようだ。


 ドロップ品を探すと、魔石と魔導武器の剣、それに指輪が見付かった。姫川たちはタイチとシュンのところへ来て、分配の相談を始めた。


「まず、これが何か鑑定しよう」

 タイチは収納ペンダントから鑑定モノクルを出した。それはグリムから借りているもので、左眼に装着してドロップ品を調べる。


 剣は『ガラティーン』と表示された。アーサー王物語に出て来る円卓の騎士の一人、ガウェインが所有していた剣らしい。伝説級の魔導武器だというのも分かった。


 但し、その機能や力は分からない。続いて指輪を調べると『ネプトゥーヌスの指輪』と表示された。この指輪は水中でも呼吸ができるようになる魔導装備のようだ。


 どちらも売れば、相当な金額になるだろう。タイチとシュンは分配の権利を放棄した。その代わりに十五層まで案内してくれる者を要求する。


 地図を見ながら進むより、案内人が居た方が早く進めると考えたのである。姫川が案内すると名乗り出た。

「待ってくれ。姫川が案内するのなら、おれも一緒に行くよ」


 魔装魔法使いの立脇省吾という冒険者も一緒に行くと言い出した。男性二人と一緒に女性だけが付いて行くのは危ないと思ったようだ。もしかすると、姫川と付き合っているのかもしれない。


 姫川はモデル並みのスタイルと容貌を備えた女性なので、彼氏くらいは居るだろうと思っていたが、立脇がそうなのかとタイチは推測した。


「それじゃあ、案内を頼む」

 残りの四人は怪我人を担架で運びながら、地上へ戻るようだ。地上に戻ったら冒険者ギルドへ報告するのだろう。


 タイチたちは五層まで順調に進み、五層の中ボス部屋で一泊する事になった。

「そう言えば、探索期間が延びる事になるけど、大丈夫なの?」

 タイチが姫川たちに確認した。


「問題ないわよ。私はいつも保存食や着替えを多めに用意して、ダンジョンに入る事にしているから」

「おれも問題ない」

 姫川と立脇の答えを聞いて、タイチとシュンは安心した。二人に無理をさせたんじゃないかと、心配になっていたのだ。


 野営の準備で収納ペンダントから道具を取り出し、影から猫型シャドウパペットの『バッカス』を出した。シュンも『ベスタ』と名付けた猫型を出す。寝ている間は、バッカスとベスタが見張り番になるのだ。


「あらっ、もしかしてシャドウパペット?」

 姫川がバッカスたちを見て声を上げた。タイチが頷く。

「ああ、自分たちで作ったものだよ」


「……そうか。シャドウパペットの創始者は、グリム先生でしたね」

 弟子なら作れるのだな、と思ったようだ。シャドウパペットの作製方法は、魔法庁に魔導特許として登録されているので、金を出せば作製方法は手に入れられる。


 だが、シャドウクレイにD粒子を練り込むという作業は、生活魔法が使える者しかできない。さらにD粒子を練り込んだ大量のシャドウクレイを作る場合は、『プチクレイニード』か『クレイニード』の生活魔法が必要になる。


 姫川が触って良いかとタイチたちに確認するので、承諾する。姫川は嬉しそうにバッカスとベスタを撫で始めた。


 食事をして寝るだけとなってから、四人で話を始めた。

「フォートスパイダーに使った生活魔法は、何という魔法なの?」

 姫川が質問した。

「あれは『クラッシュボール』と『クラッシュボールⅡ』です」

 シュンが教えた。


「凄い魔法でした。かなりレベルの高い魔法なんでしょ?」

「レベルって、習得可能になる魔法レベルの事なら、『クラッシュボール』は魔法レベル10、『クラッシュボールⅡ』は『14』だから、それほど高くはないよ」


 それを聞いて姫川は驚いた。魔法レベル16の『スーパーノヴァ』でも仕留められなかったフォートスパイダーに、大ダメージを与えた魔法が魔法レベル14で習得できるとは思ってもみなかったようだ。


「あれっ、姫川さんはD粒子が見えるの?」

 D粒子は生活魔法の才能がある者しか見えない。見えるとしたら、生活魔法の才能がある事になる。

「ええ、生活魔法の才能は『D』だったの。でも、攻撃魔法の才能もあったので、攻撃魔法使いになったのよ」


 生活魔法普及活動員としては、生活魔法を広めるために啓蒙けいもうしなくてはならない。とタイチは考えた。まあ、それは冗談だけど、生活魔法の便利さを姫川に教えた。


「へえー、生活魔法には、散らばった魔石を回収する魔法もあるの……便利そうね」

「掃除に使える魔法や『レインコート』という雨除けの魔法もあるから、勉強する価値は十分ある。それに魔法レベルが『9』や『10』になると、クラッシュ系の魔法を習得できるようになるから、ダンジョンでの戦闘にも大いに役立つんだ」


 攻撃魔法には、魔法レベルが低くても習得できる強力な魔法はないのかとタイチが尋ねる。

「魔力を大量に使う魔法ほど、威力を増すのが、攻撃魔法なんです。生活魔法のクラッシュ系が特殊なんですよ」


 そう言われると、そうかもしれないとタイチとシュンは思った。

 その日は寝て、翌朝早くからダンジョンを進み始める。六層・七層には大した魔物は居なかったが、八層の山岳エリアで蒼銀ゴーレムと遭遇した。


 C級冒険者でも手子摺る魔物なのだが、シュンがすれ違いざまに『クラッシュソード』の一撃で倒した。

「凄えな。生活魔法は無敵じゃないの?」

 立脇が目を丸くしている。


「そうでもないよ。レッドオーガなんかだと、素早いから命中させるのが、難しくなるんだ」

 タイチが答えると、なるほどと頷く立脇。

「そういう場合は、魔装魔法の『トリプルスピード』や『トップスピード』が、有効だという事か」


「そうなんだ。それでバタリオンでは、高速戦闘もできるようになる事を、推奨している」

「高速戦闘というと、『ハイスピード戦闘術』の事ですよね。渋紙市には教えている道場が有るんですか?」

 タイチが有ると答えると、羨ましそうな顔をされた。


 タイチたちは様々な魔物を撃破しながら進み、十五層に到着した。ここまでは魔導武器のアスカロンやモージハンマーはあまり使っていない。


 アースドラゴンとの戦いが、魔法主体の戦いになると考えた二人は、魔法の技術を最後の瞬間まで磨き続けていたのである。


 魔力が少なくなっているので、すぐに戦う事はできない。草原が広がる十五層の入り口近くで、野営して魔力の回復を行う事にした。


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