第513話 テネブルの脅威
屋敷の方へ走った侵入者の二人は、窓から部屋の中に飛び込んで目的のモイラを探すつもりなのだ。だが、警備用シャドウパペットのボクデンたちは追おうとしない。
それには理由がある。侵入者たちが向かった方向には仲間が居たからである。屋敷の周囲は暗く、侵入者たちは潜んでいた者を発見できなかった。
窓に近付いた瞬間、影の中から二体の熊型シャドウパペットが飛び出し、侵入者に飛び掛かった。普段は屋敷の中を警備している熊型シャドウパペットのクレスとタヌ吉である。
侵入者二人に強力な張り手を叩き込んだ。もちろん手加減しており、侵入者は跳ね飛ばされて気を失う。手加減しているが、何本か骨が折れたかもしれない。
俺たちは外に出て侵入者たちを捕縛した。
『拳銃は持っていましたが、普通の犯罪者でしたね』
メティスは腑に落ちないようだ。A級冒険者の屋敷に侵入するには、あまりにも実力不足なのである。
根津と一緒に五人を縛り上げた俺は、気を緩めていなかった。塀の外から殺気を放つ者の気配が伝わって来たからだ。
「こいつらを尋問して、テネブルという組織の正体を暴いてやる」
俺がわざと英語で言った時、塀の外に居る奴の殺気が膨らむ。そいつは塀を飛び越えて屋敷の庭に着地すると、剣を抜いて攻撃してきた。
俺は神剣グラムを抜いて受け止めた。グラムと刃を合わせた襲撃者の剣が折れなかった事に驚く。神話級の魔導武器と打ち合って折れないのは、神話級の魔導武器だけなのだ。
こいつ魔装魔法使いだな。神話級の魔導武器を持っているとなると、B級以上と思った方が良い。俺は『スカンダの指輪』に魔力を流し込み始めた。
その直後、襲撃者が魔法を使ったのが分かった。どうやら素早さを上げる魔装魔法だったらしい。襲撃者が高速で踏み込み、俺に剣を振り下ろす。
それを俺が剣で受け止めた時、襲撃者の顔に驚きの表情が浮ぶ。俺が生活魔法使いだと聞いていたので、高速戦闘ができるとは思っていなかったのだろう。
生活魔法使いと魔装魔法使いが戦った場合、中距離戦闘では生活魔法使いが勝利し近距離戦闘では魔装魔法使いが勝利するというのが普通なのだ。
俺のように近距離でも戦えるというのは、珍しい存在なのだろう。
戦いが激しくなり、普通の者では目で追いきれなくなる。俺が横に薙ぎ払う斬撃を放つと、襲撃者が後ろに跳んだ。
その襲撃者に対して、『サンダーバードプッシュ』を発動し稲妻プレートを放つ。襲撃者の腹に稲妻プレートが命中し弾き飛ばす。
襲撃者は地面を転がり、倒れたまま起き上がらなくなる。魔装魔法が解除されたのは魔力の変化で分かったが、気を失っているのかどうかは分からない。俺は『スカンダの指輪』への魔力を止めた。
「凄え……」
根津が勝負がついたと思ったのか。前に進み出た。
「根津、そいつにトリプルプッシュを叩き込め」
「えっ」
俺に急かされた根津が、納得していない顔でトリプルプッシュを放った。
その瞬間、倒れていた襲撃者が跳ね起きて、D粒子プレートを避けながら俺に向かってナイフを投げた。俺は掌打プッシュを放ち迎撃する。
トリプルオーガプッシュのオーガプレートで投げナイフを叩き落とした俺は、襲撃者が剣に魔力を注ぎ込むのを感じた。『霊魂鍛練法』を修業するようになってから、魔力に対する感知力も上がったようなのだ。
剣の力を発揮させるのはまずいと、五重起動の『サンダーバードプッシュ』を発動し稲妻プレートを飛ばす。
襲撃者の剣が振られ、冷気の槍のようものが放たれる。その冷槍が稲妻プレートと衝突して消滅した。俺は連続で稲妻プレートを飛ばし、襲撃者を弾き飛ばす。その時、派手に放電現象の火花が飛び散った。
襲撃者は屋敷の塀に衝突し壊れた人形のように頭を下にして動かなくなった。説明するのは難しいが、ジャーマンスープレックスホールドを食らったプロレスラーのようだ。
俺はボクデンたちに生死を確認させ、生きている事が分かった。
「あれで死なないのか。魔装魔法で防御力も上げていたのかな」
ボクデンたちに縛り上げさせ、警察と冒険者ギルドへ連絡した。冒険者ギルドへ連絡したのは、襲撃者が上級の冒険者らしかったからだ。
捕縛した者たちは、全て外国人らしい。たぶんテネブルの構成員なのだろう。普通の警察ではなく、公安警察が来て、捕縛した連中を連れて行った。
証拠品として襲撃者の剣も持っていったのは、ちょっと残念だった。まあ、警察というのは、そんなものなので仕方ない。
救急車が来て、撃たれた警護のアメリカ人を病院へ運んで行った。
モイラとマルヴィナは、屋敷の中から戦いを見ていたようだ。モイラは目をキラキラさせて、俺が勝利した事を喜んでくれた。
マルヴィナが呼んだ警護の者は、モイラの横で待機していたようだ。下手に戦闘に参加してくると邪魔なので、ナイス判断だと言っておこう。
捕まった者たちは、テロの容疑で調べられるようだ。警察が調べた結果、フランスから日本に来たのは六名であり、全員が捕まった事になる。
取り敢えず、危機は去った。ただ魔導武器を持つ魔装魔法使いが相手だと警備用シャドウパペットでも対応が難しい。そこで為五郎のように盾で防御させる事にした。
<ベクトル制御><衝撃吸収><耐熱><耐雷>を付与した盾ならば、大概の攻撃は大丈夫だろうと考えたのである。この際、為五郎の盾も新しいものに替えようと思う。
モイラたちはグリーン館に滞在して魔法の創り方を学んだ後、アメリカへ帰っていった。その帰る前日、モイラだけを呼び出して、シャドウパペットのエイブを渡した。
「これは高価なものですよね。もらえません」
十二歳という歳で遠慮するのは珍しい。大喜びするのかと思っていた。
「このシャドウパペットは、特別製なんだ。ダークリザードマンの影魔石二個を使って、魔導コアを作っているので、制御用の指輪が二つある。一つはモイラが持ち、もう一つはエルモアに預ける事にする」
モイラが首を傾げた。
「エイブに話し掛ければ、エルモアに聞こえるようになっているんだ。何かあったら、その方法で連絡してくれ」
実際はメティスに預けるので、メティスが連絡を受ける事になる。俺だと寝ている場合があるので、メティスに任せる事にしたのである。アメリカは時差が有るので仕方ない。
この方法での通信可能範囲は、アメリカなら大丈夫だと確認している。アメリカに行った時、メティスが日本に居る猫型シャドウパペットのコムギを制御しようとしてできたらしい。
アメリカは俺が気前の良い男だと思うだろう。だが、エイブはアメリカ政府の動きを監視するスパイになってもらうつもりだ。但し、エイブの一番の役目は、モイラの安全確保である。
モイラがアメリカに帰り、普通の日々に戻ると嬉しい知らせが入ってきた。鉄心チームの三人が無事にワイバーンを倒し、C級冒険者になったという。
俺は鉄心チームの四人を呼んでグリーン館で祝いの宴会を開いた。
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