第512話 ウィングボード
俺の教えを熱心に勉強するモイラ。その姿はアリサたちが学んでいた頃の姿を思い出させた。モイラには立派な賢者になって欲しい。そうすれば、生活魔法の数も増えて益々発展するだろう。
その翌朝、メティスが話し掛けてきた。
『テネブルは、どこで襲って来ると思われますか?』
「そうだな、ダンジョンだと思うけど、もしかするとここを襲って来るかもしれない」
『しかし、ここには警備用のシャドウパペットが五体も居るのですよ』
「そのシャドウパペットが、どれほどの戦力を持っているかは、たぶん知らないはず」
『でも、あの大きさのシャドウパペットだと、人間の数倍もパワーがあると、推測できるはずです』
シャドウパペットに詳しい者なら、使われているシャドウクレイの重量とシャドウパペットのパワーが、比例するという事を知っている。正確に言うと筋肉に変化したシャドウクレイの重量なのだが、おおよそ比例している。
だが、犯罪者集団が知っているだろうか?
「フランスで売っているシャドウパペットは、小型のものだからな。大型がどれほどパワーを持っているかは、知らないかもしれない」
『なるほど。……ところで、そのテネブルという連中は、銃を持っていると思いますか?』
「どうだろう? 日本の暴力団とコネが有れば、手に入れられるかもしれない」
空港には収納系魔導装備を探すチェック装置も有るので、飛行機には簡単に武器を持ち込めない。ノーチェックで通るには、冒険者専用パスポートが必要である。それを取得するには、A級冒険者である事と冒険者ギルドからの推薦状が必要だった。
ちなみに、俺は冒険者専用パスポートを持っている。
『一般人が偶然に拳銃を手に入れて、犯罪に走るという映画を見ました。銃を持つ人間は一種の興奮状態になるようです。そういう状態の人間なら、グリーン館を襲うかもしれません』
「うちの警備用シャドウパペットには、拳銃は効かないと思うけど」
猫人型の警備用シャドウパペットは、ヴリトラの革で作られた鎧を装備している。この革は、朱鋼に匹敵する強靭さが有り、普通の拳銃弾なら跳ね返すほど頑丈だった。
『そうですね。でも、相手は知らないと思います』
「そうかも、まあいい。今日は何をするかな」
『モイラに新しい魔法を創らせては、如何ですか』
その提案に乗る事にした。起きて来たモイラに、メティスの提案を説明する。
「はい、頑張ります」
モイラは張り切って返事をした。と言っても、朝食前なので食事をしてから魔法を創る事になった。食事が終わり作業部屋へモイラたちと一緒に行く。
「さて、どんな魔法を創る?」
「空を飛ぶスケートボードです」
<反発(地)>の特性を使ってスケートボードのような魔法を創りたいと言う。こういう乗り物は不安定で、使い難いものなのだが、モイラはスケートボードが得意なのだそうだ。
スケートボードは地面に接触しているので、まだ安定性があったが、この魔法は空中に浮いているものなので、かなり不安定である。
どうやったら安定するかを俺とモイラは話し合う。その結果、スケートボードより幅を広くして、中心部の反発力を弱く周囲の反発力を強くする事にした。
傾いた時に反発力の強い部分が地面に近付き、元に戻るような力が働くようにしたのだ。また<反発(地)>を付与しないD粒子の塊をボードの後部に載せて、それを運動エネルギーに変換する事で前進させるようにした。
方向転換は体重移動を感知して行い、後ろに体重移動するとブレーキが掛かるようにする。モイラは自分で試しながら、その魔法を改良していく。
魔法の持続時間は、魔力をコーティングする事で伸ばした。なので、空飛ぶスケートボードは少し赤く輝いている。この魔力コーティングの技術は、俺が教えなくてもモイラ自身が発見していた。
モイラは新しい魔法に『ウィングボード』と名付けた。こいつの上昇限度は安全性を考えて、一メートルにした。それ以上高くすると、落ちた時に大怪我をすると考えたのである。
モイラはすぐに乗りこなせるようになったが、俺は乗れるようになるのに時間が掛かりそうだ。
「うわっ」
何度も試してみたが、すぐに
『ウィングボード』の習得できる魔法レベルは『4』となった。上昇限度や出力を抑えたので、魔法レベルが下がったのである。最高速度はママチャリを目一杯漕いだくらいだ。
モイラはダンジョンで使おうと考えたのではなく、純粋に遊ぶために創ろうと思ったようだ。
「完成したな。おめでとう」
「グリム先生の御蔭です。ありがとうございました」
モイラは顔を輝かせ、完成した『ウィングボード』を試し始めた。そして、楽しそうに叫び声を上げて遊ぶ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
その夜、マルヴィナが連れて来た警護の者以外は眠った頃、グリーン館の塀を乗り越える侵入者が現れた。人数は五人。侵入者に最初に気付いたのは、警備用シャドウパペットのボクデンだった。
ボクデンは闇に身を潜めたままゆっくりと近付いて行く。その時、アメリカ人の警護も侵入者に気付き、『誰だ?』と声を上げる。
そのアメリカ人に向かって拳銃が撃たれた。サイレンサー付きの拳銃だったらしく発射音は鳴らず、アメリカ人の肩に命中する。
その異変に気付いたタア坊やエルモアたちが、俺や根津を起こした。
『侵入者です』
メティスの声で目が覚めた。食堂へ行くと屋根裏部屋の根津も下りてきた。明かりを点けようとするので止める。
「何事です?」
「侵入者らしい。ボクデンたちが片付けると思うけど、用心してくれ」
根津は窓に近付き、D粒子センサーを使って外の様子を探る。
「侵入者は三人ですか?」
「いや、五人のようだ。まずいな、マルヴィナが連れて来た警護が撃たれたようだ」
その時、警備用シャドウパペットのミケ・ベンガル・ボクデンの三体が集まって、五人の侵入者を包囲するような配置についていた。
ボクデンたちが一斉に『サンダーボウル』を発動し放電ボウルを撃ち出す。それが三人の侵入者に命中。その三人は『ぎゃあああ!』という悲鳴を上げて倒れた。
『サンダーボウル』の放電は、人間ならば失神するほどの威力があり、気を失わなかったとしても数分は麻痺して動けない。
残った二人が逃げ出そうとしたが、ボクデンたちが逃げ道を塞ぐ。侵入者は屋敷の方へ走り出した。
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