第510話 闇組織『テネブル』

 俺はモイラに対して指導を始めた。

「モイラは早撃ちの練習をしているかい?」

「はい、『生活魔法教本』に重要だと書かれていましたから、練習しています」


 練習しているが、どの程度まで早くしなければならないのか、目標が分からないようだ。そこで手本を見せる事にした。


 二層にはオークの群れと遭遇する場所がある。俺たちはそこへ向かった。

「グリム殿、モイラにはまだオークの群れは無理です」

 マルヴィナが声を上げる。

「モイラに戦わせるつもりはありません。生活魔法使いの戦い方を、モイラに見せようと思っているんです」


 マルヴィナが頷き、モイラが俺に視線を向ける。

「私の戦い方は、間違っているのですか?」

「間違っているという訳じゃない。ただ本当の生活魔法使いが、どういう風に戦うのか、見た事がないんじゃないか?」


「そう言えば、見た事がありません」

 そうだと思った。マルヴィナも生活魔法が使えるようだから、生活魔法を使って見せる事はできる。だが、戦い方は攻撃魔法使いの遠距離攻撃型になってしまうのだろう。


 生活魔法は射程が短い魔法が多いので、魔物に近付いて魔法を発動する事が多くなる。そうなると、早撃ちが基本となり、ある程度体術も習得している方が戦いやすい。


「モイラは、格闘技か武術を何か習っているの?」

「マルヴィナから、空手を習っています」

「へえー、何流だろう?」

 アメリカで流行っている流派らしい。俺の知らないものだった。と言っても、空手で知っているのは、ナンクル流だけなので、俺が知らないだけかもしれない。


 そんな事を話しながら進み、オークの群れと遭遇。オークは六匹の群れだった。

「モイラ、戦いの様子をしっかり見ていて」

「はい」


 俺は何も持たずに前に進み出る。すると、棍棒を持ったオークが一斉に襲い掛かってきた。続けざまに五重起動の『コーンアロー』を発動し、先頭の二匹に対してD粒子コーンを叩き込んだ。


 モイラの目には、二つのD粒子コーンがほとんど同時に飛んだように感じた。それだけ魔法の発動が早かったという事だ。


「凄い……」

 モイラは食い入るように、こちらを見ている。


 俺は残っているオークたちを睨み、棍棒を振りかざして殴ろうとしているオークに向かって、三重起動の『ブレード』を発動しD粒子の刃を横に薙ぎ払う。


 斬られたオークの胴体が真っ二つとなる。残りの三匹が同時に襲ってきた。その三匹に向かって掌打プッシュを繰り出す。発動したのはトリプルプッシュだが、それでオークの動きが一瞬止まり、その隙に三重起動の『ハイブレード』を発動し、同時に三匹の首を刎ね飛ばした。


「グリム先生、凄いです」

 モイラが興奮したように顔を赤らめている。

「これが生活魔法使いの戦い方だ。早撃ちも修業すれば、ここまで素早く放てるようになるのを覚えておくといい」


「分かりました」

 モイラのD粒子センサーは鋭いようだ。D粒子の動きが完全に見えていたらしい。このまま成長すれば、素晴らしい生活魔法使いになり、優秀な賢者になるだろう。


 但し、それをアメリカが変な方向へ捻じ曲げないかが心配だった。モイラの身の上を聞いてみると、父親はダンジョンで亡くなっており、母親は再婚したという。


 ただ再婚相手にモイラが馴染めず、家庭でモイラだけが孤立していたらしい。そんな時に魔法才能の調査があり、生活魔法の才能が『S』だと分かった。


 アメリカ政府は、親とモイラにプロジェクトへの参加を呼び掛け、モイラは参加を希望した。親は政府から高額の契約金をもらって了承したらしい。


 それじゃあ、人身売買じゃないかと腹が立ったが、金で子供を売るような親のところにモイラを置いておくべきだったのかと言われると、迷ってしまう。


 モイラ自身が親から離れる決断をしたのだ。その意志は尊重しなければならない。マルヴィナへ視線を向けると無表情のまま口を開く。


「世の中は、両親によって大切に育てられている子供だけじゃないのよ」

 マルヴィナに言われるまでもなく、俺自身が体験した事だった。俺は両親の顔さえ覚えていない。俺が幼い頃に、事故で亡くなったのである。


 それからもモイラに魔物を倒させて、様々な生活魔法をチェックした。発動速度以外は大きな欠点がない。経験を増やして的確な魔法を選べるようになれば、問題ないだろう。


 地上に戻り屋敷に帰ろうとした時、冒険者ギルドの職員に呼び止められた。

「グリム先生、お知らせしたい事が有るので、モイラさんたちと一緒に冒険者ギルドへ寄って欲しいという、支部長からの連絡です」

「分かった」


 俺たちは帰るのをやめて、冒険者ギルドへ寄る事にした。冒険者ギルドに到着し支部長室へ行くと、近藤支部長が待っていた。


「近藤支部長、知らせたい事というのは、何ですか?」

 俺が尋ねると、支部長がモイラとマルヴィナをチラリと見る。

「フランスの賢者エミリアン殿から連絡が来て、『テネブル』という名称の組織が、グリム君も知っている組織と接触した後、日本にメンバーを送り込んだそうだ」


 エミリアンが言う組織というのは、賢者を狙ってさらう『ディアスポラ』の事だろう。ディアスポラはエミリアンが壊滅するために警察と協力して追い詰めている。


 身動きできなくなったディアスポラは、代わりに闇組織のテネブルに協力を求めたようだ。テネブルというのは、フランスの犯罪集団らしい。


 狙いはモイラだろうか? 俺と一緒に居る時は大丈夫だろうが、ちょっと心配だ。何か手を打たないとダメだろう。


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