第509話 D粒子二次変異の巻物

 俺は成長途中の子供にD粒子一次変異の特性を創らせるのは危険だ、と説明した。マルヴィナは仕方ないという感じで、特性を創るという指示を取り下げる。


「グリム殿、どうすれば強力な魔法を創れるようになりますか?」

 マルヴィナが質問した。

「強力な魔法とは、どういう魔法です?」

「攻撃魔法の『ブラックホール』のような魔法です」


 確かに『ブラックホール』は威力の有る魔法だが、欠点のある魔法でもあった。一つ言える事は、この魔法を創った賢者は、科学に詳しくブラックホールや重力についても、よく知っていたのだろうと思う。そうでなければ、創れないからだ。


「科学的な知識を蓄積する事と、実戦により魔物を倒し魔法レベルを上げる事です。それにドロップ品の中には、賢者システムを補助するようなアイテムも有ります」


 モイラが首をちょっと傾げている。その仕草は可愛いものだった。

「賢者システムには、『D粒子一次変異』の他に『D粒子二次変異』というものが存在するんです。そのD粒子二次変異の特性なら、ダンジョンでドロップ品として手に入れる事ができます」


 マルヴィナが俺に鋭い視線を向ける。

「その特性というのは、どういうものなのですか?」

「そうですね。D粒子二次変異の特性には、<貫穿>や<堅牢>が有ります。<貫穿>は貫通力を強化し、<堅牢>は強度を上げる特性です」


 モイラが俺に顔を向ける。

「グリム先生、それらの特性が使われているのは、どんな魔法ですか?」

「<貫穿>は『パイルショット』に使われており、<堅牢>は『プロテクシールド』に使われています」


「<貫穿>で『パイルショット』の貫通力を強化し、<堅牢>で『プロテクシールド』の防御力を上げているんですね?」

「そうだ。その事からもD粒子二次変異の重要性が、分かると思う」


 マルヴィナが俺とモイラの会話に割って入る。

「質問したいのですが、いいかしら?」

「どうぞ」

「D粒子二次変異の特性は、ドロップ品として手に入ると、言いましたよね。それはどんなドロップ品なのか、教えてもらえますか?」


 俺はモイラをチラッと見てから、取引を申し出た。

「秘密にしている情報なのですが、モイラのために教えましょう。但し、アメリカ政府が集めるつもりなら、情報提供の代金として、そのドロップ品の三割をもらいたい」


 マルヴィナが鋭い視線を俺に向けてきた。

「それは少し強欲ではないですか?」

「そうでしょうか? 俺の情報がなければ、集められないものですよ」

 マルヴィナが不満そうな顔をしながらも承諾した。俺はD粒子二次変異の巻物の特徴をマルヴィナに教えた。


 マルヴィナが屋敷の電話を借りたいと言うので許可する。アメリカに伝えて関係者に探させるのだろう。

「グリム先生、交渉が上手いですね」

 モイラが感心したように言った。


「そんな事はないよ。俺なんかは、まだまださ。本当の交渉上手なら、巻物だけでなく高額の情報料も請求したはずだよ」


 モイラが肩を竦めて笑った。

「私はジーナ・ガブリエーレみたいな賢者になれるでしょうか?」

 ジーナはイタリアの攻撃魔法使いで賢者でもある。A級ランキング五位という実力者であり、魔王アガンブルドを倒した勇者でもあった。


 しかも『ブラックホール』を創ったのも彼女であり、賢者ナンバー1はジーナだと言われている。モイラが目指す賢者は、ジーナみたいな賢者らしい。


 まあ、勇者であり賢者でもあるジーナに憧れるというのは分かる。生活魔法の賢者である俺みたいになりたいと言われなかったのは残念だが、ライバルがジーナ・ガブリエーレなら仕方ない。


 マルヴィナが戻って来て、モイラに目を向ける。

「巻物は探してくれるそうです。ですが、すぐには届かないと思います。それまでホテルで過ごす事になるでしょう」


「それなら、ここに滞在すればいい。狭いけど、部屋はある」

「しかし、ここだと警護の者が……」

「ここなら警護は必要ありません。数人の警護より、シャドウパペット一体の方が頼りになる」


「分かりました。モイラのためにも、ここで先輩賢者から教えを受けた方がいいでしょう」

 俺はモイラとマルヴィナの二人に、俺が賢者だという事は言わないように伝えた。


「バタリオンのメンバーにも言っていないのですか?」

「賢者だと教えている者も居るが、そうでない者も居る。二人はアメリカから、生活魔法を習いに来た生活魔法使いという事にしておいてください」


「不自然に思われませんか?」

 モイラが尋ねた。

「今の生活魔法を広めたのは、俺なんだ。不自然ではないよ。俺とカリナ先生が書いた『生活魔法教本』を読んだんじゃないか?」


 モイラがコクリと頷いた。

「はい、読みました。あれを読んで、生活魔法の使い方を勉強したんです」

 『生活魔法教本』の英語版は、日本語版以上に売れているらしい。アメリカでは生活魔法使いを目指す者は、必ず『生活魔法教本』を読むようだ。


 その『生活魔法教本』を読んで、生活魔法を習いに来たというのは、おかしな話ではなかった。


「巻物が届くのを待っているだけというのも無駄です。グリム殿、近くに中級ダンジョンはありませんか?」

 マルヴィナが突然言い出した。それで水月ダンジョンを教える事にした。


「それなら水月ダンジョンというのがある。案内しようか?」

「お願いします」

 俺はモイラの実力も知っておきたいと思っていたので、良い機会だと思った。


 翌日、俺とモイラ、マルヴィナの三人は、水月ダンジョンへ向かった。マルヴィナはC級冒険者で、生活魔法も使える攻撃魔法使いだという。


 モイラはE級冒険者だという。十二歳でE級というのは凄い。着替えてダンジョンに入り、一層の草原エリアを最短ルートで通り抜けた。


 目当ては、二層のオークとアタックボアである。それくらいがモイラには良いんじゃないかと思ったのだ。


 アタックボアと遭遇した俺たちは、モイラに戦わせる事にする。魔法レベル7と言っていたので、『ブレード』『ジャベリン』『サンダーアロー』『オーガプッシュ』は使えるだろう。オークやアタックボアを倒すには十分だ。


 アタックボアと相対したモイラは、相手が突撃してくるのを待つ。アタックボアはモイラを睨んだ後、突撃してきた。それに対して三重起動の『オーガプッシュ』を発動しオーガプレートを叩き込む。


 跳ね飛ばされて地面に叩き付けられたアタックボアが、起き上がってふらふらと歩き出す。そこに三重起動の『ブレード』を発動しトドメを刺した。


 十二歳という年齢を考えたら、よく戦っている方だと思う。だが、魔法の発動が遅く、必要以上に威力のある魔法を使っている。『オーガプッシュ』ではなく『プッシュ』で十分だったはずだ。これは経験不足なのだろう。

 教える事がたくさん有りそうだ。


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