第508話 賢者モイラ

 新しい賢者についての窓口になっている慈光寺じこうじ理事に『引き受ける』と連絡すると、今週の土曜日に会って詳しい打ち合わせをしたいと言う。都合を尋ねられたので、俺は承諾した。


 土曜日になり冒険者ギルドの日本本部へ行くと、理事の部屋に案内された。

「忙しいのに、済まないね」

「いえ、賢者に関する事ですから、構いませんよ。それよりアメリカの賢者というのは、どういう人物なんですか?」


 慈光寺理事が机の引き出しから書類を取り出して、確認しながら教えてくれた。

「名前はモイラ・エザリントン、今年十二歳になる女の子だ」

「十二歳か、その年で政府の保護対象になったのか。可哀想に」

「私も可哀想だとは思うが、賢者は貴重すぎるのだ」


 どういう事を相談したいのか確かめる。

「賢者システムの使い方を教えて欲しいそうだ」

「アメリカは、そういう記録を持っていないんですか?」

「生活魔法だけは、ないそうだよ」


 生活魔法使いの賢者が極端に少なかった事が原因らしい。しかし、十二歳か……ん? 何で十二歳の少女が賢者システムを手に入れたんだ?


 賢者システムを手に入れるには、魔物を倒してドロップ品で賢者システムを手に入れるのが普通なのだ。どうやって賢者システムを手に入れたんだろう?


 それを慈光寺理事に質問すると、アメリカでは賢者養成プロジェクトというのを実行しているらしい。何らかの魔法で才能が『S』の少年少女を集めて英才教育を施しているという。


 モイラたちは十歳からダンジョンに潜っているらしい。もちろん危険はある。ダンジョンでの実戦で亡くなった子供たちも居て、それが問題になり解散させろという意見が出ているそうだ。


「そのプロジェクトで、賢者になったのは、どれほど居るんです?」

「三人だ。だが、一人は魔物との戦いで死んだらしい」

 それを聞いた俺は、強く強く拳を握り締めた。怒りが心に湧き起こり、慈光寺理事を睨む。


「おいおい、私はアメリカ人じゃないぞ」

「済みません。しかし、理解できませんね」

「私も同じ気持ちだ。賢者となった子供に無茶をさせて、何を得ようとアメリカは考えているのだろう?」


 俺は神になろうとしたパルミロを思い出した。アメリカの仕打ちを聞いて、パルミロと同質の執念を感じたのだ。


 慈光寺理事は俺が引き受けた事をすでにアメリカに連絡しており、モイラは二日後に来日するらしい。

「どこで会う事になるんです?」

「グリーン館はどうだろう? グリム君のところは警備が厳重だと聞いたよ」


「それでも構いませんよ。しかし、誰が案内するんです?」

「私が娘と一緒に行こう」

「分かりました。では、お待ちしています」


 俺は慈光寺理事と別れて、渋紙市に戻った。屋敷の作業部屋で寛ぐと、影からシャドウパペットたちを出す。エルモアが俺に顔を向けた。


『コーヒーでも淹れましょうか?』

「ああ、頼む」

 エルモアが部屋を出ると、俺は理事との会話を思い出していた。しばらくすると、エルモアがコーヒーを持って戻ってきた。


「アメリカは何を考えているんだと思う?」

『超一流の賢者を育てようとしているのかもしれません』

「なぜだ? それで賢者が死んでも超一流の賢者が必要だと考えているのか?」


『分かりません。直接尋ねてみたら如何でしょう』

 俺は頷いた。だが、答えてくれるとは思えない。まあ、良いだろう。俺は引き受けた仕事を果たすだけだ。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 二日後、慈光寺父娘とモイラ、それに世話係らしい女性がグリーン館を訪れた。護衛らしい人たちが数人居たが、屋敷の中までは入って来なかった。


 俺が門のところで出迎え、亜美以外の三人に入館許可証を渡す。十二歳のモイラは、しっとりした感じの赤毛と琥珀こはく色の瞳を持つ少女だった。


 小柄な少女だが、しっかりと鍛えられているように見える。間違いなく美少女だが、目が警戒しているように見えた。


「こちらへ」

 俺は作業部屋へ案内した。他の部屋は、バタリオンのメンバーが使っていたのだ。それに作業部屋の方が寛げると思ったのである。


 作業部屋には、エルモアや為五郎、タア坊、ハクロ、ゲロンタが居たので、モイラが目を丸くしている。

「これは全部シャドウパペットなんですか?」

 英語で質問してきたので、俺も英語で返事をする。

「そうだよ。他にも警備用シャドウパペットや執事シャドウパペットが居る」


 それを聞いて、モイラともう一人の女性は驚いていた。慈光寺理事が二人を紹介した。もう一人の女性は、マルヴィナ・パーキンズという世話係兼護衛だという。

 マルヴィナは二十代後半の女性で、言葉遣いや動きから軍人ではないかと推測した。


 紹介が終わり少し話をしてから、慈光寺父娘は帰っていった。

「相談したいというのは、どんな事なの?」

 モイラは少しためらったが、意を決して話し始めた。


 やはり賢者システムを使った生活魔法の創り方で悩んでいるらしい。ちなみにモイラは魔法レベル7だという。

「習得した『エアクリーン』『サンダーアロー』を基に、別の魔法を創ろうとして、できなかったんです」


 できないのは当然だろう。それらの魔法を創るには、<殺菌>や<放電>の特性が必要だからである。モイラは賢者システムが初期状態で持っているD粒子一次変異の<発光>と<放熱>の特性しか持っていないのだろう。


「賢者システムを立ち上げて、D粒子一次変異の欄に、どんな特性が使えるか確かめてごらん」

「<発光>と<放熱>です」

 俺は頷いてから説明を始める。


「『エアクリーン』には、<殺菌>という特性、『サンダーアロー』には<放電>という特性が必要なんだ」

 モイラの代わりに、マルヴィナが身を乗り出して質問する。


「それらの特性は、どうやって手に入れたのですか?」

「D粒子一次変異の特性は、賢者システムの機能を使って、創る事ができます」

 ホッとしたような表情を浮かべたマルヴィナが、モイラに厳しい視線を向ける。


 マルヴィナはすぐにでも特性を創らせたいようだ。

「但し、それらの特性を創るには、特性に関係する基礎知識を持っていなければなりません」

 俺は<空間振動>の特性を創った時の事を思い出した。あの時はメティスが持っている知識を借りて創ったのだが、『痛覚低減の指輪』を使っても気絶しそうになった。


「モイラ、試しに創ってみましょう。<放電>の特性なら創れるのではないですか?」

「ちょっと待って」

 止めた俺に、マルヴィナが鋭い視線を向ける。


「賢者システムが、D粒子一次変異の特性を創る場合、賢者の脳細胞を借りて創ります。それにより賢者は、酷い頭痛を味わう事になるんです」


 俺は『痛覚低減の指輪』が必要だと伝えた。マルヴィナは顔をしかめて指示を取り消す。


 マルヴィナが焦っているように見えた。いや、マルヴィナではなくアメリカ政府が焦っているのか? 俺は子供たちが死んで、賢者養成プロジェクトが中止になるかもしれないという情報を思い出した。それで早く結果を出したいと思い焦っているのだろうか?


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