第507話 生活魔法の賢者

 旋回していたワイバーンが、俺たちを目掛けて急降下してきた。俺はいつでも磁気バリアを展開できるように準備して、鉄心の攻撃を見守る。


 鉄心は特性付きの矢を番えて『猛鬼の弓』を引き絞ると、ワイバーンに狙いを定めて放った。ワイバーンが胸を膨らませて大量の空気を吸い込んだのが分かる。魔法を放とうとしているのだろう。


 そこに矢が突き刺さり、胸の筋肉を貫通して肺を傷付けた。ワイバーンが苦しそうに鳴き声を上げ、そのまま落下してくる。俺たちは落下地点から飛び退いた。


 磁気バリアを展開する事も考えたが、魔装魔法使いなら飛び退くだろうと思ったのだ。あれだけの高さから落下した場合、人間なら死んでいただろう。


 だが、ワイバーンは何本かの骨を折ったらしいが、生きている。但し、痛みで藻掻きはじめた。それをチャンスだと感じた鉄心は、弓を仕舞うと神槍ゲイアッサルを取り出し、トドメを刺す。


「割りとあっさり倒しましたね」

「矢の当たり所が良かったんだ。それに矢の貫通力も期待以上だった」

 鉄心は赤魔石<大>と特性付きの矢を回収して、ゲイアッサルを仕舞う。

「特性付きの矢を使えば、ワイバーンも仕留められる事が、証明されましたね。どうしますか?」


「もう一匹くらいは確かめないと」

 今のがまぐれである可能性もあるので、もう一匹ワイバーンを狙うらしい。次のワイバーンを探してうろうろしていると、二匹のワイバーンと遭遇してしまった。


「二匹同時か、どうします?」

「グリム先生、一匹は頼むよ」

「了解」

 旋回していたワイバーンたちの一匹が急降下を開始する。まず俺が仕留める事にした。『ジェットブリット』を発動しD粒子ジェット弾を打ち上げる。


 外れた時のために『サンダーバードプッシュ』を用意する。D粒子ジェット弾はワイバーンの翼に命中し、中に溜め込んでいた圧縮空気を超高熱でプラズマ化してワイバーンの翼を焼いた。


 片翼が炎に包まれたワイバーンは、螺旋を描くような軌道で落下した。地面に叩き付けられたワイバーンが激痛にのた打ち回る。


 俺は駆け寄り五重起動の『ハイブレード』を発動しD粒子で形成された巨大な刃を、ワイバーンの首に向かって振り下ろす。


 D粒子の刃がワイバーンの首を断ち切り、トドメを刺した。

「お見事、今度はおれだな」

 鉄心が言った瞬間、待ち構えていたようにもう一匹のワイバーンが鉄心に狙いをつけて降下してきた。鉄心は弓を引き絞り、特性付きの矢を放つ。


 矢はワイバーンに向かって飛び、その腹部に命中する。苦痛を感じたワイバーンが大声で悲鳴を上げる。その鳴き声は『がっ、がああーー!』とガチョウの鳴き声に似ていた。


 ワイバーンは矢が刺さったまま上昇し、空中で鳴き声を上げていたが、急に急降下して鉄心に襲い掛かった。鉄心はもう一度矢を引き絞って放つ。


 その矢がワイバーンの首を貫く。落下したワイバーンは虫の息となっており、それにトドメを刺すのは簡単だった。


「お見事です。これで弓矢でワイバーンを倒せる事が証明されましたけど、その魔導武器の弓がないとダメなんですか?」


「いや、魔装魔法使い用の強弓は、すでに開発されているので、問題は特性付きの矢だけかな」

 鉄心によれば、魔装魔法で筋肉を強化して扱う強弓が開発されているので、それを使えば同じ結果となるはずだと言う。


 問題は特性付きの鏃だが、これは金属に特性を付与する生活魔法を開発すれば、問題ないだろう。

 以前に、アリサから金属に特性を付与する生活魔法が有れば、便利だと言われた事がある。それから開発しようと試していたが、特性を付与する魔法というのは難しかった。


 複数の特性を付与するというのは特に難しく、一つの特性でも金属別に生活魔法を創らなければならないと分かり、保留としていた。特性一つだけ付与する生活魔法に需要が有るのかと迷いが出たのだ。


 地上に戻った俺は、蒼銀五百グラムにD粒子を練り込み<貫穿>の特性を付与する魔法を完成させた。蒼銀の量が五百グラムなのは、習得できる魔法レベル10にするために制限を掛けたのである。

 完成した魔法は『ブルーペネトレイト』と名付けて、賢者の名前で魔法庁に登録した。


 そんな事をしていた俺は、冒険者ギルドで驚くべき話を聞いた。アメリカの田舎で生活魔法の賢者が誕生したというのだ。その情報を確認するために支部長と面会した。


「それで、その賢者というのは、どんな人物なんです?」

 俺は近藤支部長に尋ねた。

「まだ十代の少女らしい」

「という事は、政府に保護されているんですか?」


 支部長が肩を竦めてから頷いた。

「賢者を狙っているような連中も居るようだから、仕方ないだろう」

 正直、嫌な気分になった。俺自身も運が悪ければ、政府に保護されて飼い殺しになったかもしれないからだ。


 それからしばらく経った頃、国から正式な要請が届いた。来日するアメリカの賢者に会って、相談に乗って欲しいという。


「よく分からない要請だな。どういう事だと思う?」

 俺がメティスに尋ねると、

『賢者システムの使い方を教えて欲しいのではないですか』

 という答えだった。


 賢者システムの使い方? 何か教えるような事が有ったか?

「特に教えるような事はないと思うが」

『D粒子一次変異やD粒子二次変異の事はどうです。特にD粒子一次変異の作成を知らずに使ったら、酷い目に遭いますよ』


「確かに、だが、アメリカなら記録が残っているんじゃないのか」

『どうでしょう? グリム先生が賢者になる前は、魔法レベル2までの生活魔法しかありませんでしたからね』


「そうか」

 俺が気乗りのしない様子で言うと、メティスが気付いたようだ。

『気が乗らないなら、断ってもいいんじゃないですか』

「いや、賢者としての特権を使っているのに、国の要請は断るというのも、何か違うような気がするから、引き受けようと思う」


 国の要請なら何でも引き受けるという訳ではないが、これくらいは大した事ではないので引き受けても良いと思ったのだ。それに引き受けると冒険者としての実績となるらしい。かなりポイントが高いようだ。


 この依頼は賢者審査会を経由して日本に依頼されたものなので、俺の正体というか本名は知られていると考えた方が良いだろう。ただライバルを育てる事になるかもしれないと思うと、複雑な気分になったのである。


 ただライバルになるか、味方になるかは、その人物次第である。新しい生活魔法の賢者とは、どういう人物なのだろう?


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