第498話 三十層の中ボス部屋

 俺たちはミケーネダンジョンに入ると、カルロッタの案内で三十層へ向かった。カルロッタはチームで三十層まで行った事が有るらしい。


 俺たちはホバービークルを使って三十層へ急いだ。それでも十層の中ボス部屋に到着した時には、午後の八時を過ぎていた。予定よりも遅れたのは、途中の八層でダークファングが棲み着いている森を見付けたからだ。


 ダークファングというのは犬型のシャドウ種である。今日は十層で野営する予定だったので、時間はあると考えエルモアと為五郎を影から出して、一時間だけダークファング狩りを行い十二匹を仕留めた。


「シャドウパペットに関係する事となると、熱心ですね」

 クラリスが呆れたように言う。

「日本のダンジョンで入手できない影魔石は、チャンスが有れば手に入れる事にしているんです」


「地元の人間に頼めばいいのに」

「そう言えば、そうか。でも、高くなるんじゃないんですか?」

「それは交渉するしかありません」

「まあ、そうですね。ところで、パルミロは神になったと思いますか?」


 俺の質問にクラリスは首を傾げた。

「私にはダンジョンの神という存在が、理解できません。それは人間より進化した知的生命体という意味ですか?」


 クラリスはキリスト教だったので、神は一柱しか存在しないと思っている。そこにダンジョンによって生まれる神という存在を知って、自分が信じる神とは別物だと感じたようだ。


「俺にも分かりません。ただ人間とは比べようもない大きな力を持つ存在だと、思っています」

「そんな存在に、パルミロがなれるのですか?」

「どうでしょう。聖人と呼ばれるほどの人物ですから、何らかの力は持っているはずです」


「確かに何らかの力を持っていた事は認めます。ですが、その人格はどうです。神に相応しいと言えますか?」


「まあ、相応しくはないですね。でも、ダンジョンの神ですから、ダンジョンがどういう神を求めているのかは、分かりませんよ」


 クラリスが頷いた。

「そうですね。ダンジョンに……ん?」

 その時、中ボス部屋の床に魔法陣のようなものが浮かび上がった。


「気をつけろ!」

 俺は叫んで後ろに跳んだ。クラリスやカルロッタも跳んで距離を取る。その魔法陣が青白い光を放ち、何らかの力を放出した。


 その力は俺を捕まえ、魔法陣に引き摺り込もうとする。その力は人間が抵抗できるものではなかった。

「エルモア!」

 俺の叫びで、メティスが影からエルモアを出した。俺はそのまま魔法陣に引き込まれ眩しい光に包まれた。


 次に気が付いた時には、十層の中ボス部屋とは違う場所に居た。

「ここはどこなんだ?」

『マルチ鑑定ゴーグルで調べてみたら、どうでしょう?』

 なるほどと頷き、マルチ鑑定ゴーグルを出して壁を調べてみた。すると、『三十層中ボス部屋の壁』と表示された。


「どうやら、三十層の中ボス部屋らしい。ところで、エルモアを制御できるか?」

『はい、制御できます』

「なら、クラリスさんとカルロッタさんに、俺が無事な事と三十層の中ボス部屋に居る事を伝えてくれ」

『分かりました』


「あの魔法陣は、転送系の罠だったのだろうか?」

『しかし、我々は罠を作動させるような行動を、取っていません』

「俺も心当たりがない」


 その時、気配を感じて右にある壁へ目を向ける。そこに通路が出現し、通路から魔物が現れた。頭に二本の角がある鬼だ。


「こんな鬼は、見た事がない」

『未発見の鬼かもしれません』

 その鬼が俺を睨んだ。

「馬鹿者が、私が分からないのですか」

 その声を聞いて、鬼の正体が分かった。魔物だと思った鬼は、パルミロだったのだ。


「鬼じゃないか。神になるんじゃなかったのか?」

「ふん、神に決まった姿などない。……そんな事はどうでも良い。あなたをんだのは、私と戦ってもらうためです」


 俺は三つ目の試練が相手を選んで戦う事だったのを思い出した。パルミロが戦う相手に、俺を選んだという事は、俺なら確実に倒せると考えたのだろう。


 俺は衝撃吸収服のスイッチを入れ、神剣グラムを取り出して構える。

「言っておくが、そんな武器では私を倒せませんよ」

 パルミロは不老不死になったので、負けるはずがないと思っているようだ。もしかすると、試練によって何らかの力を得たのかもしれない。


 パルミロの身体から殺気が溢れ出し、それを俺にぶつけてくる。その殺気を浴びた俺は、パルミロが本気で殺そうとしていると分かった。


 こいつ、本気だ。本気で俺を殺そうとしている。それを感じた俺は、倒さなければ殺されると覚悟した。


 パルミロがブリューナクを取り出す。俺は『スカンダの指輪』に魔力を注ぎ込んだ。どんな能力を持っているか分からない相手なので、速攻で倒そうと思ったのだ。


 素早さを八倍にまで上げた俺は、滑るようにパルミロに近付き神剣グラムを叩き込んだ。驚いた事にパルミロが反応した。ブリューナクで神剣グラムを受け止めたのである。


 なぜ受け止められる? 『スカンダの指輪』が機能していないのか? 一瞬そう思ったが、動き出すと空気が重いのに気付く。普段なら抵抗など感じない空気が水のような抵抗を示している。間違いなく、俺は普段より八倍速く動いている。


 パルミロがブリューナクを横に薙ぎ払う。それは力任せの攻撃であり、それを神剣グラムで受け止めると身体が弾き飛ばされた。凄まじいパワーである。中ボス部屋の床を転がり、素早く起き上がった。


 分かった。パルミロは姿形だけでなく筋肉や構造までも人間ではなくなっていたようだ。つまりシルバーオーガのような身体能力を持つ化け物になったという事だ。


 ブリューナクによる攻撃を受け流し、神剣グラムでパルミロの腹を斬り裂く。パルミロが顔を歪め、何かを発動する。すると、斬り裂いた腹が綺麗に治った。


 何だよ、それ。ダメージを与えたのに、無い事にしやがった。パルミロが反撃を開始する。凄まじいスピードでブリューナクを振り回し、俺を攻撃してきた。


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