第496話 ギリシャのミケーネダンジョン

 不変ボトルの補充をしたり、食料、飲水などの準備をして、ギリシャへ飛んだ。俺は食料や水を日本で用意する事にしている。ダンジョン内で慣れない水を飲んで腹を壊すと命に関わるからだ。


 空港の到着ロビーに着くと、影からエルモアを出す。今回は冒険者ギルドに案内役を頼む暇がなかったので、通訳はメティス=エルモアに頼む事にしたのだ。


 エルモアはメティスが研究した化粧をしている。その御蔭で人間らしく見えるが、サングラスを掛けている。『悪魔の眼』は人間の眼とは異なって見えるからである。


 クラリスとはミケーネダンジョンの近くにある冒険者ギルドで待ち合わせている。そこまでは自力で行かなければならない。但し、俺の場合は、メティスという通訳が付いているので心強い。


『まず冒険者ギルドへ行きましょう。そこで案内役を雇うのです』

「そうだな」

 俺たちは地元の人間に冒険者ギルドへの道を訊いて、冒険者ギルドへ行った。


 冒険者ギルドの支部長と交渉して、冒険者を紹介してもらう。ギリシャ人の支部長が紹介してくれたのは、C級冒険者のカルロッタだった。三十代後半だと思うが、魔装魔法使いらしい。嬉しい事に彼女は英語が話せた。


「カルロッタさん、ミケーネダンジョンまでよろしくお願いします」

「礼なんかいいさ。あたしは約束した礼金がもらえれば、問題ない」

 何というか、ぶっきらぼうで逞しい感じの女性冒険者だった。


「まずミケーネダンジョンへ行きたいんですが」

「バスかレンタカーになるが、どちらにする?」

「レンタカーにしましょう」

 俺は両替した現地の紙幣で五十万円分ほどを経費として渡した。


 カルロッタは近くのレンタカー店で小型の車を借りた。

「三人だけなら、これでいいだろう」

 俺たちは車に乗って、ミケーネに向かう。運転しているのはカルロッタだ。


「グリム先生は、何のためにミケーネダンジョンへ行くんだい?」

「巨竜バハムートについて調べるためですよ」

「まさか、バハムートを倒す気なのかい? あいつはA級冒険者でも倒すのは難しいよ」


「いや、今回は調査だけです。でも、倒せないとは思いませんけど」

「もしかして、他のネームドドラゴンとか倒している?」

 カルロッタの質問に『ええ』と頷いた。


「やっぱりね。グリム先生はA級ランキングでも上位なんだろうね」

 カルロッタはランキングには興味がないようだ。確かランキングは、ニーズヘッグを倒した実績が評価されて、三十六位になったはずだ。


「バハムートを倒した者は、居ないんですか?」

「そんな事はない。昔、A級四位のモーリス・コルベールという人が倒したはずだよ」

 A級四位か、かなりの実力者だな。しかし、どんな方法で倒したんだろう? 冒険者ギルドに記録が残っているだろうか?


「ところで、後ろの人は無口だね」

 カルロッタが無口だと言ったのは、エルモアの事である。俺は後ろの席でジッとしているエルモアをチラッと見てから返事した。


「彼は人ではなく、シャドウパペットです。何か話し掛けるように命令しようか?」

「シャドウパペット……いや、いい。しかし、シャドウパペットには見えなかったよ」

「特殊なシャドウパペットなんです」


 ミケーネに到着すると、そこの冒険者ギルドへ向かう。そこでクラリスと合流した。俺に顔を向けたクラリスが笑みを浮かべる。相変わらず綺麗な人だ。


「グリム先生」

「お待たせしましたか?」

「少し、でも、この冒険者ギルドの資料を調べていましたので、無駄な時間じゃありません。ところで、そちらは?」


 カルロッタがクラリスの顔を見て顔を強張らせている。

「アテネの冒険者ギルドに所属しているカルロッタさんです。ここまで送ってもらったんです」

「そうだったの。私はフランスのクラリス・レアンドルです」


「よく存じております。わ、私はカルロッタ・ライナルディです」

 クラリスはヨーロッパ中の冒険者に知られている存在なので、さすがのカルロッタも緊張しているようだ。


 俺はクラリスに視線を向ける。

「何か分かりましたか?」

「バハムートはかなり手強い魔物のようです。その肉体は凄まじい再生能力を持ち、大きなダメージを与えても、すぐに回復してしまうと記録に有りました」


 クラリスは巨竜バハムートについて調べた事を、俺に教えてくれた。青炎ブレス・飛行能力・膨大な魔力などについて聞いた俺は、パルミロに倒せるのだろうかと思った。俺が知っているパルミロに、バハムートを倒せるほどの実力があるとは思えなかったのである。


「パルミロは、もう戦いを始めたでしょうか?」

 俺はクラリスに尋ねた。

「パルミロがダンジョンに入ったのが、四日前だそうですから、時間的にもう戦ったはずです」


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 その頃、三十層の中ボス部屋に到着したパルミロは、以前と比べると別人のような姿になっていた。修業によって鍛えられた肉体となり、ダンジョンの魔物と戦う事で戦いの勘を取り戻したパルミロは、顔付きさえ変わっている。


「パルミロ様、我々は勝利を祈っております」

 一緒に三十層まで来た冒険者たちがパルミロに声を掛けた。

「ご苦労だった。今度こそ倒します」


 パルミロは魔導武器のブリューナクを手に持って中ボス部屋に入った。体長二十メートルほどのバハムートが広い中ボス部屋の中央に横たわっている。


 パルミロに気付いたバハムートが立ち上がり、威嚇するように咆哮する。その大音響が響き渡るとパルミロの身体が音の圧力で震えた。


 それに耐えたパルミロは、ブリューナクに魔力を注ぎ込む。その魔力は膨大であり、アムリタを飲んで手に入れたものの一つだった。


 ケルト神話に出て来る太陽神ルーの槍であったブリューナクは、魔力を膨大な電気に変えて内部に蓄え始めた。その状態のブリューナクをバハムートに向かって投擲する。


 ブリューナクは槍としての形を失い稲妻となってバハムートへ飛んだ。その稲妻が巨竜の肩に命中し、強靭な肉体を貫く。普通の稲妻にはない貫通力を持っているようだ。背中から飛び出した稲妻はパルミロのところへ戻り、槍に戻った。


 バハムートの視線が怒りの感情で鋭さを増し大口を開ける。青炎ブレスだと予想したパルミロは、『ホワイトアーマー』の上位版である『ブルーアーマー』を発動し蒼い魔力の膜で全身を覆って防御力を上げると走り出した。


 凄まじい青い炎がバハムートの口から吐き出され、パルミロを焼き尽くそうとする。パルミロは『フライ』を発動し飛ぶ。


 二メートルほど上昇したパルミロの身体が滑るように飛び始めた。そのスピードで青炎ブレスを躱したパルミロは、着地して『ドラゴンキラー』を発動しバハムートを攻撃。前回とは違い、ベテラン冒険者のような戦いぶりである。


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