第494話 千佳の昇級試験
ヴィクトリア女王のシャドウパペットが有名になった事によって、渋紙市の鳴神パペット工房が評判になった。新聞や雑誌からの取材もあり、鳴神パペット工房への注文が激増する。
但し、介護用シャドウパペットの注文という訳ではない。さすがに女王用シャドウパペットが超高額だと知れ渡り、同じものをという客は居なかったのだ。
その代わりペット用シャドウパペットの注文が増えたのである。
それに加え、アリサが開発した『ウィングシート』も魔法庁へ登録した次の月には、かなりの購入者があった。アリサが登録した中では、最もヒットした魔法となったようだ。ちなみに『ウィングシート』の元になった『ウィング』の魔法を登録しているグリムにもライセンス料の一部が分配される。
その報告のためにグリーン館へ行った。
「あらっ、千佳も来ていたの」
作業部屋に行くと千佳とグリムが話していた。B級昇級試験の順番が、千佳に回ってきたらしい。
「そうなんだ。あのアイアンドラゴンが復活したのね」
「ええ、今日の午後に冒険者ギルドから連絡が来たの。それでグリム先生からアドバイスを受けていたのよ。アリサもアドバイスが有れば、お願い」
「そうね。最初に連続で『クラッシュボール』をバラ撒いてダメージを与えてから、近寄ってトドメを刺すような攻撃が良いと思う。但し、尻尾の攻撃には気を付けて」
千佳が頷いた。
「俺のアドバイスは必要ないみたいだな」
「いえ、先生もお願いします」
「俺からのアドバイスは、衝撃吸収服のスイッチは絶対入れる事と、D粒子センサーの感度を上げるために、『センシングゾーン』を発動させる事くらいかな。千佳の実力なら、間違いなく倒せると思う」
「ありがとうございます」
千佳は嬉しそうに礼を言った。グリーン館を出た千佳は、東京の雷神ダンジョンへ向かった。その日はダンジョン近くのホテルに泊まり、翌朝早く雷神ダンジョンへ行く。
今回の試験官役は、上条渉だった。千佳は着替えてから上条と話し始める。
「試験官は上条さんですか?」
千佳が確認すると上条がニヤッと笑う。
「私じゃ不足か。もしかして、グリム先生が良かった?」
「そうじゃないですよ。鳴神ダンジョンには全然来なくなったので、忙しいのかと思っていたんです」
「まあ、忙しいのは事実だが、鳴神ダンジョンはA級が何人も居たから、近寄り
千佳が首を傾げた。
「上条さんて、そんな事を気にするような人でした?」
それを聞いた上条が苦笑いする。
「これでも繊細な面を持っているんだぞ」
上条と千佳が話していると、もう一人の試験官が現れた。ギルド職員の緒方雅史である。
「すみません。遅くなりましたか?」
「いえ、まだ時間になっていませんよ」
「良かった。私はギルドの緒方です。今日は御船さんのB級昇級試験に立ち会わさせてもらいます」
千佳たちはダンジョンに入った。一層から五層では大した魔物とは遭遇せず、ほとんど一撃で魔物を倒して進んだ。ブラックハイエナの群れも斬り倒して全滅させる。
「ちょっと待って、ブラックハイエナの群れに刀一本で飛び込んで全滅させるなんて、凄すぎませんか?」
千佳の戦い方を見て、緒方が声を上げた。『オートシールド』を使っていたので守りも十分だったのだが、緒方は驚異的な戦い方だと思ったようだ。
上条が肩を竦めた。
「どうやら、グリム先生の指導を受けた上に、三橋師範の教えも受けているらしい」
上条が千佳の動きを見ただけで正確に言い当てた。さすがベテラン冒険者である。
千佳たちはどんどん進み、八層の火山エリアに到着した。ここは耐熱服を着て進むか、空中を飛んで進むしかないのだが、緒方が空を飛べないので、どうするかという話になった。
「仕方ない。D粒子ウィングにロープを結び付けて、それに掴まって飛んでもらおう」
緒方が嫌そうな顔をしたが、仕方ないと諦め頷いた。
千佳は収納ペンダントからD粒子専用の担架を出した。これは渋紙市の冒険者ギルドが発注して作らせた担架である。
「これを使ってください。渋紙市の冒険者ギルドが作ったものです」
「ほう、さすが生活魔法使いが多い渋紙市は、進んでいるな」
この担架は生活魔法使いが多いところでは普及したが、ここでは広まらなかったらしい。『ウィング』は魔法レベル8で習得できる魔法なので、ある程度生活魔法を修業した者でないと使えないからだ。
灼熱地獄のような八層を飛んで通過すると、ようやく九層へ到着する。ここでシャドウベアを少し狩ってから、十層の中ボス部屋で野営する。
千佳が猫人型シャドウパペットのカンナを出して、野営の準備を命じると上条が少し驚いたような顔をする。緒方も羨ましそうな顔をしている。ヴィクトリア女王のシャドウパペットが有名になったので、大型シャドウパペットを見ただけで凄いと思うようになったらしい。
「そのシャドウパペットは、グリム先生が?」
上条はグリムが作ったものだと思ったようだ。
「グリム先生に教えてもらいながら、自分たちで作ったものです」
千佳がアリサたちと一緒に作ったと話すと上条が自分も欲しそうな顔をする。
「グリム先生に頼んだらどうです。大型のシャドウパペットは悪用されると危険なので、作製方法を無差別に広める気はないようですが、身元の確かな人には作ってくれますよ」
「今度頼んでみるよ」
上条は本気で欲しいと思っているようだ。
中ボス部屋で一泊した千佳たちは、翌日十五層に到着した。入り口近くからでもアイアンドラゴンの姿が見えた。
アイアンドラゴンの姿を見た緒方は、顔が引き攣っている。
「本当に、あんな化け物を倒せるのですか?」
「大丈夫です。アイアンドラゴンは割と倒しやすい部類のドラゴンですから」
千佳は苦笑いしながら、そう答えた。
緒方に変な顔をされた。倒しやすい部類のドラゴンなんて存在するのかと思われたようだ。
上条が千佳に目を向ける。
「それじゃあ、昇級試験開始だ。油断するんじゃないぞ」
「ドラゴン相手に油断できるほど、強くはないです」
そう言って、千佳は衝撃吸収服のスイッチを入れ『センシングゾーン』を発動してから、アイアンドラゴンに向かって進み出た。
千佳を見付けたアイアンドラゴンは、地響きを立てながら向かってきた。千佳は連続で『クラッシュボール』を発動しD粒子振動ボールをアイアンドラゴンに向かってバラ撒く。
そのうち二発がアイアンドラゴンに命中して、空間振動波が胸と腰を貫いた。その痛みでアイアンドラゴンが叫び声を上げる。その大音響は衝撃となって、千佳の身体を震わせた。そして、耳に痛みが走る。
「耳栓が欲しいけど、耳栓をして戦う訳にはいかないし」
魔物との戦いでは、耳からの情報は重要なのである。千佳は『クラッシュボールⅡ』を発動し高速振動ボールをアイアンドラゴンの胸に向かって放つ。
それに気付いたアイアンドラゴンが、尻尾を振った。尻尾で高速振動ボールを弾き飛ばしたのだ。
グリムからドラゴンの尻尾を衝撃吸収服で受け止めた事があると聞いたが、それは並みの胆力でできる事ではないと思った。巨大な尻尾が叩き付けられる衝撃を予想するとぞーっとするほどの恐怖を覚えたからだ。
千佳は『フラッシュムーブ』を発動し、アイアンドラゴンの肩に移動する。そこで『クラッシュソード』を発動し空間振動ブレードで首を切り裂いた。アイアンドラゴンが首から血を噴き出しながら、激怒して千佳を手で叩き落とそうとする。傷が浅かったのだ。
千佳はアイアンドラゴンの肩から飛び降りて『エアバッグ』を使って着地。上を見上げると、アイアンドラゴンの首から大量の血が流れ出しふらふらしている。
チャンスだと思った千佳は、『カタパルト』で身体を上に放り投げ、『クラッシュソード』の空間振動ブレードでもう一度首を切り裂いた。
今度は深く切り裂いたので、アイアンドラゴンにとって致命傷となった。
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