第493話 女王陛下のシャドウパペット

 翌日、俺とアリサは工房に行った。俺たちが立ち上げた工房は『鳴神パペット』という名前である。工房で働いてもらうために雇ったのは、生活魔法使い五人、デザイナー二人、営業一人だ。


 その中で中心的な働きをしているのが、生活魔法使いの園田紗代、デザイナーの高田雅紀、営業の篠田和樹である。


 駅の近くにある雑居ビルの一階と二階を借りて工房を開き、雑誌や新聞などで宣伝したので、かなりの注文が来ているようだ。


 注文のほとんどは猫型シャドウパペットや子熊型シャドウパペットである。いわゆるペットの代わりだった。


 デザイナー二人がイメージ画を描いて、それに沿って作製するという手順になっている。シャドウパペットは、魔導人形師の絶対数が少ないので、まだ高い。なので、買える者は限られるのだが、それでも欲しいという者が多いようだ。


 俺とアリサは工房に入り、事務所兼店舗で電話番をしている紗代を見付けた。

「こんにちは」

「あっ、グリム先生とアリサさん」

 俺たちの姿を見た紗代が驚いたような声を上げてから挨拶した。


「仕事はどう?」

 アリサが紗代に尋ねた。

「グリム先生が基本を教えてくれた後に、亜美先輩から詳しく教わったので、ちゃんとシャドウパペットを作れるようになりましたよ」


 工房では亜美が全体の指導をしている。ただ亜美は大学生なので、授業が終わった後でないと工房には来れない。


「今日は何の御用で来られたのです?」

「この工房に仕事の依頼が来たんだ。その打ち合わせに来た。皆を集めてくれ」

 紗代は二階に居る仕事仲間を呼びに行った。一階で待っていると、亜美以外の全員が集まった。

「オーナー、どうしたんですか?」


 生活魔法使いの五人は、俺の事を『グリム先生』と呼ぶのだが、デザイナー二人と篠田は『オーナー』と呼ぶ。工房を設立する資金は全て俺が出しているので、当然だが工房のオーナーは俺なのだ。


 篠田が俺に視線を向けた。

「仕事と聞きましたが、どのような仕事なのですか?」

「イギリスの王室からの依頼で、介護兼警護用のシャドウパペットを作って欲しいそうだ」


「イギリス王室!」

 デザイナーの高田が驚いて大きな声を上げた。他の皆も驚いている。それから介護兼警護用シャドウパペットの値段を伝えると、全員が固まった。


「年間の売上目標を何倍も超えているじゃないですか?」

 全員で十名ほどしか居ない工房の年間売上などたかが知れている。ただシャドウパペットの作製販売という産業は高成長が見込める産業なので、目標は高めに設定してあった。


「王室の資産は、数兆円は有ると聞いているから、これぐらいの金額はポンと出せるのだろう」

 但し、高い代金をもらう以上、それだけの価値があるシャドウパペットをイギリス王室へ渡さなければならない。


 まず使用するシャドウクレイの量を九十キロと決めた。そして、依頼人であるイギリス王室のアーロン王子と連絡を取り、具体的な仕様を決める。


 アーロン王子の話では、女王は猫好きだという事なので猫人型にする事にした。器用そうな細長い指を持つ大きな手と少し長い腕とする。その方が介護には便利だと考えたのだ。


 ソーサリー三点セットのソーサリーアイは、暗視と高速戦闘のできるものを発注する。ソーサリーボイスは女性の声に調節してもらう。


 このシャドウパペットは女性型にする予定なのだ。また女王は以前に猫のアメリカンショートヘアを飼っていた事があるというので、アメリカンショートヘアと人間が融合したようなシャドウパペットが良いという。それらを参考に、デザイナーたちに女性の猫人型としてデザインしてもらう。


 外見が決まった次の日、組み込む機能を工房の全員で話し合った。その日は亜美も参加する。

「メインが介護用という事なので、生命魔法の『バイタルチェック』は必要だと思います」


 亜美が提案した『バイタルチェック』という魔法は、『脈拍』『呼吸』『体温』『血圧』を調べる魔法である。それを聞いた紗代が、病気治療に使う『メディカルトリートメント』も必要だと言い出した。


 王室には専任の医者も居るはずなので、必要かという話になったが、医者は二十四時間一緒に居る訳ではないので、必要だという事になった。他に解毒や骨折治療などの魔法も有るが、これは魔法薬や医者に任せる事にした。


「介護に必要な知識はどうしますか?」

 篠田が質問した。

「それは教える先生を雇うしかない。それに英語も教える先生を見付ける方がいいな」

 俺や金剛寺が教えると日本語訛りの英語になってしまうので、英語も専用の先生が必要だろう。と思っていたら、メティスがイギリス英語を喋れると分かり任せる事にした。


「警護用としての機能はどうしますか?」

「徒手での戦闘は、俺が教える。武器は何がいいかな?」

「ゴルフボールでいいんじゃないですか?」


 紗代の提案だったが、初め何を言っているのか分からなかった。だが、それが投擲での攻撃を意味すると分かり、面白いと思った。


 女王用のシャドウパペットは人間の何倍もの力がある。そのパワーを使って投擲すれば、凄い威力となると想像できたからだ。


 それから防具についての話になり、タワーシールドのような盾が良いのではないかという意見になった。そこで<衝撃吸収>の特性付き金属を持っているので、それを使ってタワーシールドを作ると皆に伝えた。


 まず『バイタルチェック』と『メディカルトリートメント』の魔法回路コアCが必要だったので、アリサと天音に頼んで作ってもらった。『バイタルチェック』と『メディカルトリートメント』は魔法レベル10以下の魔法だったので、分析魔法の魔法レベルが『14』となったアリサには、魔法回路の分析が可能だった。


 その他に二つの魔法回路Cが用意された。『パペットウォッシュ』とアリサがアレンジした階段の上り下り用の魔法『ウィングシート』である。


 高速戦闘用のソーサリーアイが出来上がると、女王用シャドウパペットの作製が始まった。シャドウクレイ九十キロを猫人型に形成し、ソーサリー三点セットと魔法回路コアCを四種類、魔力バッテリーを一個、それにマジックポーチを組み込んだ。


 今回はコア装着ホールにはせず、直接魔法回路Cをシャドウパペットの体内に埋め込む事にした。取り替える事ができないようにしたのだ。


 マジックポーチの中に入っているのは、タワーシールドと投擲用鉛玉である。威力を出すために重さが必要だったので鉛製にしたが、鉛の毒性が気になるようなら変えてもらう事にした。


 出来上がったシャドウパペットは身長百七十センチほどのひょろりとした体格になった。その毛並みは輝いているようで美しく気品がある。


 顔は可愛らしい感じになった。それが女王の好みなのだ。それから訓練が始まり、英語・介護・戦闘・一般常識などが教え込まれ、訓練が終わると篠田がイギリスに運んだ。


 ヴィクトリア女王は大変気に入ったらしい。いつも一緒に生活するようになり、旅行も一緒に行く姿が見られるようになった。その御蔭で、そのシャドウパペットの噂が世界に広まった。


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