第492話 修業と休息
神威は桁違いに魔法を強化してくれるものだが、戦闘に使うには問題が有った。神威の力を引き出すために神威月輪観の瞑想を行わねばならないという点だ。
その事をメティスに伝える。
『神威の力を溜めておくものが、有ればいいんですが』
「白魔石がD粒子を貯蔵するように、神威の力を貯蔵するものか」
俺は邪神チィトカアから手に入れた銀魔石の使用方法がまだ未確認だった事を思い出した。収納アームレットから銀魔石<小>を取り出す。
「これを調べてみよう」
マルチ鑑定ゴーグルを手に入れた後、様々なアイテムを確認したのだが、銀魔石だけは忘れていた。一個だけしかないので使い道が分かっても、あまり利用できないと考えていたためである。
銀魔石を鑑定すると、この魔石には邪気や邪気で汚染された魔力を吸収する機能が有るらしいと分かった。
「ハズレか、もしかしたら、と思ったんだけど」
仕方ないので、神威月輪観を極める事にした。ただ地上で行うには危険なのでダンジョンで行う事にする。
それから二日に一回の割合で、鳴神ダンジョンの二層へ行って修業を始めた。最初は少量の神威の力を手に入れるためでもかなりの時間が必要だったが、一ヶ月も修業すると数秒の神威月輪観で少量なら神威の力を入手できるようになった。
現在は量を増やそうと修業を続けている。そして、ダンジョンに行かない日には、『疾風の舞い』を中心として身体操作の練習を行っている。パルミロの件が心に刺さっているので、自分の技量を上げる事で不安を取り除こうとしていたのかもしれない。
そんな日々を続けていた俺に、根津が声を掛けた。
「先生、頑張り過ぎじゃないですか。少しは休んで、アリサさんとデートにでも行ったらどうです」
『私も賛成です』
メティスからも忠告された。修業に打ち込み過ぎていたようだ。という事で、アリサを誘って映画でも見に行く事にした。
アリサは大学三年生になって、生活魔法の分析をしているらしい。駅前で待ち合わせていると、アリサが嬉しそうな笑顔で来た。俺はその笑顔を眩しいと感じる。
「一緒にゆっくり過ごすのは、久しぶりですね」
アリサが非難するように言う。
「ごめん、ちょっと修業に打ち込み過ぎたようだ」
「まあ、お互い様かな。私も研究が忙しかったので、偶にしかグリーン館へ行けなかったから」
魔法学院時代のアリサは学級委員タイプの女子生徒だったが、大学三年生になった今は仕事のできる秘書タイプの大人の女性という感じになっている。
二人で映画館へ行って、ミステリー映画を見た。主人公の刑事と犯人との駆け引きが面白い映画だ。
映画館を出ると、アリサが買い物に行きたいというので人気のブティックへ行く。そこで三点ほど服を買ってから、美味しいと評判のレストランへ向かう。
その途中、後藤と会った。後藤は綺麗な女性と一緒で、俺と目が合うとニヤッと笑う。
「グリム先生、デートなのか。いいのか? 支部長が探していたぞ」
それを聞いて溜息を漏らす。
「これからレストランへ行くところなんです。食事をしてから冒険者ギルドへ行きます」
後藤が頷いた。
「それでいい。どうせ碌な話じゃないと思うからな」
そう言われると憂鬱な気分になる。何か起きたのだろうか?
とは言え、アリサと一緒に食べる食事を諦めるつもりはなかった。基本的に俺でなければダメだという仕事はないはずだ。
それから楽しい食事の時間を過ごしてから冒険者ギルドへ向かった。
「何の話でしょう?」
アリサが首を傾げながら尋ねた。最近は鳴神ダンジョンでの探索を進めていないので、鳴神ダンジョンの事ではないと思うが……そうなると、心当たりがない。
アリサも気になるというので、二人で冒険者ギルドへ行って支部長室へ向かう。部屋に入ると支部長が一人で事務仕事をしていた。
「支部長、俺を探していると聞きましたが、何でしょう?」
「おや、二人一緒に来たのか」
「お邪魔でしたら、資料室で待っていますけど」
アリサが言うと、一緒でも構わないと支部長は言う。
「実は冒険者ギルド経由で、イギリスの王室から介護兼警護用のシャドウパペットを作成して欲しいという依頼が来たのだ」
「それは光栄な事ですが、何で俺に?」
「A級のクラリスさんに、執事シャドウパペットを作って送ったそうだね?」
「ええ、クラリスさん本人から依頼を受けましたので」
「その執事シャドウパペットを、イギリス王室の方が見たらしい。それで現女王のヴィクトリア二世陛下に贈ろうと考えられたようだ」
ヴィクトリア女王は高齢なので介護が必要なのだが、他人に介護されるのを負担に感じる性格だという。そこで介護用シャドウパペットとなったようだ。
「でも、介護兼警護用というのは、どうしてです?」
「警護と言うのは、イギリスでテロ事件が増えているそうなのだ。それで警護もできるという事なら、女王の近くに控えている理由になる」
介護がメインの理由で、警護はついでらしい。
「どうだろう。引き受けてくれないか?」
女王陛下の介護のためというので、引き受ける事にした。工房を立ち上げたばかりなので、その宣伝にもなると思ったのだ。それにイギリス王室が提示したシャドウパペットの代金は、破格の値段だった。
但し、警護用とか介護用は特別だと言っておかなければならない。支部長に引き受けると伝えてから、支部長室を出た。
「いい機会だから、工房の皆にもどういうシャドウパペットにしたらいいか、アイデアを出してもらおう」
「いいですね。紗代ちゃんたちも喜びますよ」
「そう言えば、『ウィング』のアレンジはどうなった?」
アリサは『ウィング』を編集して、下半身に怪我をしている人や老齢で足腰が弱っている人を乗せて階段の上り下りをする魔法を開発しようとしていた。
サーフボードのような板状であるD粒子ウィングをシンプルな形の肘置き付きの座椅子の形にしたようだ。
「ほとんど完成しています。ただ運用中に人とぶつかった時の対応をどうするか、悩んでいるんです」
「ストップするしかないと思うけど」
「それだと、ぶつかった人を撥ね飛ばす事になるんじゃないかと、心配しているの」
話し合った結果、ぶつかった場合はゆっくりと三センチほど押された方向に動く事にした。ちょっとだけ受け止めるような動きをするという事だ。それに運用している時は小さな音を発生させる事にする。例えばウィン・ウィンという小さな音で存在を知らせる警告音である。
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