第491話 身体操作の奥義

 エルモアと一緒に作業部屋に行った。部屋のソファーに座って、『身体操作の奥義』の巻物を取り出す。

『『身体操作の奥義』というのは、どういうものなのでしょう?』

「さあ、身体が柔軟になって、思い通りに動けるようになるみたいな、感じじゃないかと思うんだけど」


『もしかすると、身体操作を習得する特訓方法が書いてあるのかもしれませんよ』

 メティスの意見に腑に落ちないものを感じた。

「それだったら、他の人にも教えられるから有益だと思うけど、どうだろう?」


 そんな特訓方法を伝授してくれるのなら、世間に広まっているような気がする。俺が初めて『身体操作の奥義』の巻物を手に入れたのではないと思うからだ。


 レアだと言っても、奥義系の巻物は知られている。以前にも誰かが手に入れた確率が高いと思う。そう思いながら、巻物を開けた。


 魔法陣のようなものが描かれている。文章は何もない。俺は巻物に魔力を注ぎ始めた。その瞬間、頭の中に何かの情報が流れ込んで刻み込まれ、全身の神経が活性化したように鮮明になり様々な肉体情報を一斉に送ってくるようになる。


 その状態が三分ほど続いた後、脳にスイッチのようなものが生まれて終わった。それと同時に巻物の魔法陣が消える。

「何だったんだ?」

『どうかしたのですか?』

「頭の中にスイッチが一つ増えた。どうやら筋肉に繋がっている神経を活性化させるスイッチのようだ」


『そのスイッチを入れると、どうなるのです?』

「全身の筋肉、と言っても意識して動かす事のできる筋肉だけだけど、それら筋肉の全てを意識して動かせるようになる」


『普通の事のように聞こえますが?』

「いや、人間は一つ一つの筋肉を意識して身体を動かしている訳ではない。例えば、右手を上げるとか、左足を一歩前に出すとか、部位単位に考えているだけなんだ」


 一部のスポーツ選手やダンサー、武術家、格闘家の中には、意識して動かそうとしている者たちも居るが、それはほんの一部だと、俺は説明する。


 奥義スイッチを入れた状態だと運動神経が繋がっている全ての筋肉を意識できるようになり、その一つ一つを個別に制御できるようになるらしい。但し、一つ一つの筋肉を個別に制御するなんて事は、脳に膨大な負荷が掛かるのでやるべきではない。


 ただ不必要な筋肉の動きや過度な筋力を意識できるので、それをチェックし修正する事ができるようになる。つまり、筋肉の働きを意識できる事で理想に近い動きを実現できるようになるのだ。


 ちょっと試してみようと考え、あまり得意でない蹴り技の中から、二段蹴りを選んで試す事にする。二段蹴りにも種類があり、三橋師範は右の下段蹴りを放ち、右足を戻す反動を利用して左の上段回し蹴りを放つという技を使う。


 俺が真似て二段蹴りを放つと背中から床に転がる事になる。蹴りのスピードを加減したり上段ではなく中段回し蹴りにすれば足から着地する事もできるが、素早く下段蹴りから上段回し蹴りを放つと背中から落ちてしまう。そういう二段蹴りもあるそうだが、本当はちゃんと足で着地したいのだ。


 ところが、三橋師範は同じスピードで二段蹴りを出すのに、ちゃんと足で着地する。どうしてそれができるのか分からない。


 俺は地下練習場へ行って、マットを床に敷いてから、その上で二段蹴りを放ってみた。やはり背中から落ちてしまう。そこで奥義スイッチを入れて、もう一度二段蹴りを行う。


 すると、自分がどの筋肉を使って二段蹴りを放っているかが分かった。その結果、不必要な筋肉まで使っている事が分かり、そのせいで動きが制限されイメージ通りの動きができない事が判明した。


 俺は不必要な筋肉を使わないように意識して二段蹴りを放った。最初は上手くいかなかったが、筋肉を意識しながら何度か練習すると成功した。


 しかも蹴りのスピードが増している。試しに『疾風の舞い』を行うと、自分が不必要な筋肉を無意識に使って、技の邪魔をしていた事が分かった。


 三橋師範からは変に力が入っていると注意されていたのだが、その原因が分かった。これを使って練習すれば、『スカンダの指輪』を使って、素早さ十二倍で動くというのも可能になるかもしれない。


『おめでとうございます。『身体操作の奥義』を習得したようですね』

「まだまださ。今のは動きを邪魔するような筋肉の働きを止めただけだ。次は使っていない筋肉を使うように練習する事になるだろう」


 邪魔する筋肉を脱力して、邪魔しないようにするのは比較的簡単だったが、次の段階は使っていない筋肉も利用するというものになる。


 例えば、耳をピクピク動かせる人と動かせない人が居る。動かせない人の方が多いのだが、これは訓練で動かせるようになるらしい。その訓練をあまり使っていない全身の筋肉に対して行うのだ。時間が掛かるだろうが、それができるようになれば、俺の戦闘技量は格段に上がるだろう。


 三橋師範と相談して、訓練内容を考えよう。三橋師範は『身体操作の奥義』がなくとも全身の筋肉を意識して動かそうとしているほどの天才的な空手家である。骨格や筋肉などの身体構造も勉強して詳しいので、意見を聞く価値があると思ったのだ。


 『身体操作の奥義』が何かという事が分かったので、次は神威である。神威をどうやったら戦闘に使えるか考え始めた。


 神威は感情に誘発されて湧き起こるようだ。だが、戦闘時に使用するとなると、自分の意志で使えるようにならなければならない。


 その使い方も俺の魂に刻まれており、それによると瞑想法に似ている。密教に『月輪観がちりんかん』という瞑想法があり、それと同じようなものだった。


 心の中に満月をイメージして、それがはっきりと見えるまで集中する。はっきりと見えるようになったら、それを拡大化して、最終的には心の中の宇宙と同じになるまで続けるというものだ。


 その瞑想には呼吸法やイメージする月の形まで指定されていた。そこは普通の月輪観とは違うようだ。この瞑想法は『神威月輪観』と呼ぼうと思う。


 その神威月輪観を続けていると、心の中の月が門となり神威の力が流れ込んで来る。その量は僅かなものだったが、圧倒的なパワーを持っていた。


 問題はどうやって使うかである。いろいろ試してみると魔力と親和性が高い事が分かった。なので、魔力と一緒に混ぜて使って生活魔法を発動できるか試してみた。


 魔力に神威の力を混ぜて、『コーンアロー』を発動する。多重起動なしの『コーンアロー』だったので、D粒子コーンがヒュンという感じで飛んで、地下練習場のコンクリートブロックにガッと突き刺さった。


 多重起動なしのD粒子コーンならコンクリートブロックに跳ね返されるはずだ。だが、確かに突き刺さるのを見た。この威力は七重起動に匹敵するものだ。


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