第489話 魂と神威

 メティスは急にグリムが気を失ったので驚いた。神威の伝授とは、それほど負荷が掛かるのかと興味を持つ。


 その時、中ボス部屋の入り口が騒がしくなった。

「おい、どうなっているんだ?」

 荒々しい声が聞こえて来る。どうやらアーティフと他の冒険者が言い争っているようだ。


「待て、勝手に入るな」

「五月蝿えな。入り口の封鎖が解けているというのは、戦いが終わったって事だ。しかも、あの日本人が勝ったって事だろ」


 中ボス部屋に四人の冒険者が入って来た。

「おっ、日本人が倒れているぞ。相打ちか?」

 知らない冒険者が駆け寄って、グリムの様子を確かめようとした。それを為五郎が止める。


「何だ? 魔物か?」

「あれはグリム先生のシャドウパペットです」

 アーティフが否定した。

「チッ、日本人は金持ちだな」


「グリム先生は、寝ているだけです。心配はありません」

 エルモアの口を借りて、メティスが喋った。

「こいつもシャドウパペットか。ん? おい、日本人の手の中で何か光っているぞ」

 別のガラの悪い冒険者が近付こうとする。


 その前にエルモアが進み出て止める。

「近付かないで頂きたい」

「人形のくせに偉そうにするな」

 エルモアは収納リングからゲイボルグを取り出し、槍の穂の反対側にある石突きでドンと地面を突いた。それを見て地元冒険者たちがビクッと反応する。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 俺はエルモアと地元の冒険者が睨み合っているのを見ていた。


 『神威の宝珠』に魔力を流し込んだ瞬間、俺の意識または魂が肉体から離脱した。身体から浮かび上がった状態になったのだ。


 その状態で神威の情報が流れ込み、脳ではなく魂に刻み込まれる。それは一瞬だったが、膨大な情報が魂に刻まれ、神威というものを手に入れた。『神威の宝珠』は知識だけではなく、俺の魂に神威の源泉へと繋がる門を形成した。


 神威は魔法とは違う存在だと分かった。神威とは人間が初めて手にする力であり、次元を超越して作用する意思を持つパワーだったのだ。


 とは言え、まだ神威について理解した訳ではない。俺は魂と肉体が分離した状態で、周囲を見ていた。元に戻る方法は分かっている。身体の中に飛び込めば良い。


 だが、こんな貴重な体験は初めてなので、もう少しこの状態を経験しておきたかった。肉眼で見ていた時、ダンジョンの壁は石で作られた壁に見えたが、今の状態で見ると血管のようなものが張り巡らされているのが分かる。


 それは血液の通り道というものではなく、ある種の力と情報の伝達経路のようだった。その時、下から大きな力が近付いているのに気付いた。


 エルモアと冒険者たちがまだ言い争っている。このままでは危険だと判断した俺は、自分の身体に飛び込んだ。


 その瞬間、自分が元の状態に戻った事に気付いた。そして、手に持っていた『神威の宝珠』が粉々に砕けて塵になって手から零れ落ちる。


「皆、影に戻れ。ここは危険だ、中ボス部屋から出るんだ!」

 俺が指示を出すと、シャドウパペットたちはすぐに影に飛び込んだ。そして、アーティフに通訳するように指示する。


 アーティフが地元の冒険者たちに、中ボス部屋から出るように言う。地元の冒険者たちは馬鹿にするように言い返していた。


 俺たちは逸早く中ボス部屋から出た。アーティフが何が起きているのだという顔をしている。

「本当の中ボスが復活しようとしている」

「えっ、でも、中ボスはニーズヘッグだったのでは?」


「あれは宿無しだという説がある。宿無しが中ボス部屋を乗っ取り、本当の中ボスを復活させないようにしているとか、中ボスを始末しているという説だ」


 アーティフは中ボス部屋に目を向けた。地元の冒険者たちは何か残っていないか、探しているようだ。アーティフが中に向かって叫んだ。アラビア語だったので分からないが、中ボスが復活するから逃げろと言っているのだろう。


 アーティフがまた中ボス部屋へ入ろうとしたので、肩を掴んで引き戻した。その直後、中ボス部屋が封鎖される。中ボスの復活が始まったのだろう。


「彼らはどうなるのでしょう?」

 アーティフが中の連中を心配して尋ねた。

「中ボスを倒して戻って来るか。それとも死ぬか」

 俺は地面に座り込んで休憩する。メティスがエルモアを影から出した。


『コーヒーでも淹れましょうか?』

「頼む」

 エルモアがコーヒーの用意を始めた。アーティフが俺の方に顔を向ける。

「忘れていました。ニーズヘッグを倒したんですよね。おめでとうございます」

「ありがとう。御蔭で目的を達成できたよ。ところで、一つ疑問が有るんだが、あいつらはなぜ追い付いたんだ」


 俺たちはホバービークルを使ったので、半日ほど先行したはずなのだ。なのに、もう来ているのは早すぎるのである。


 アーティフが『そう言えば』という顔をする。

「もしかすると、噂の抜け道を使ったのかもしれません」

 クセイルダンジョンには、少数の冒険者しか知らない近道が有るらしい。


 俺はコーヒーを飲みながら神威について考えていた。そこに突然、地元の冒険者たちが現れた。エスケープボールを使ったようだ。


 その冒険者たちが、俺たちに向かって怒っているように喚き始めた。俺はアーティフに視線を向ける。

「この連中は何を言っているんだ?」


「中ボス部屋で、サラマンダーの亜種に襲われたそうです。知っていたなら、どうして言わなかった、と非難しています」


「忠告したのに、無視したのは彼らだ。それにC級が四人も居たのなら、倒せば良かっただろ」

 アーティフがチラリと四人を見た。

「たぶん無理です。まともな方法でC級になったんじゃない、と思います」

 エジプトでは冒険者ギルドも腐敗しているらしい。


 それを聞いて腹が立った。それが引き金になって、身体の奥から神威と思われる力が湧き起こる。それは全てを超越した意思を持つ力であり、周囲のエネルギーを支配しようとする。


 それを感じた地元冒険者たちが、震え上がった。青くなった顔で俺を見ている。

「目障りだ。消えろ」

 俺が日本語で言ったのに、地元冒険者は逃げ出した。後でアーティフに聞いてみると、俺の身体が巨大化して凄まじいプレッシャーが襲い掛かったように感じたらしい。


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