第486話 神威を求める者
「これは何だ?」
教授が壁画の隅に書かれている文字を見て首を傾げた。その様子を見たアリサが、近付いて一緒に見る。
「ここだけ神殿文字のようですね」
「なぜ、ここだけ?」
「何か重要な事が書かれているのでしょうか?」
アリサは気になったので、その部分の写真を撮り、ついでに全体の写真も撮る。それから三時間ほど教授たちは調べ、壁画の詳細なデータを纏めた。
その後、十層の中ボス部屋に行って一泊してから、翌日地上に戻った。
「はあっ、何か疲れたな。教授たちの世話がこんなに疲れるなんて、思ってもみなかった」
アリサは自宅で休養してから、グリムに連絡すると、壁画の写真が見たいと言うので写真屋に頼んでフィルムを現像しプリントした。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
アリサから連絡が有って、緑塔ダンジョンの壁画について聞いた。その中に神殿文字の文章が有ったというので、見たいと思いアリサに見せてくれと頼んだ。
次の日の午後、アリサがグリーン館に来ると、作業部屋へ行った。
「怪我はしなかった?」
「大丈夫、ベルカが活躍してくれたから」
護衛なら犬型ではなく、犬人型が良いのではないかと提案したのだが、アリサが犬型に拘ったのである。
実際に高速戦闘ができる犬型にすると素早さが増したようだ。二足歩行より四足の方が素早い動きをしやすいのだろう。
「写真を見せてくれ」
「これが壁画の写真、全体と神殿文字の部分はこっち」
アリサが作業台の上に写真を並べる。大きく引き伸ばした写真には、神殿文字の文章が写っていた。
そこには『神格なくして、神威を求むる者は、ニーズヘッグの首を切り落とすべし』と書かれていた。ネームドドラゴンの首を切り落せだと……また難しい注文を。
黒き巨竜と呼ばれているニーズヘッグは、全長が二十五メートルもある巨竜である。その肉体は強靭であり、威力の低い魔法では表面の鱗も貫通できない。
「ニーズヘッグは、どこのダンジョンに居るのです?」
「確かエジプトのクセイルダンジョンだったはず」
クセイルダンジョンは攻略する冒険者の数が少なく寂れているダンジョンだと冒険者ギルドの資料に書いてあった。十一層の中ボス部屋にいきなり黒き巨竜ニーズヘッグが居るので、ほとんど探索は進んでいないらしい。
十層という低層にネームドドラゴンが中ボスをしているというのは珍しい。宿無しだったニーズヘッグが中ボス部屋を乗っ取ったのではないか、という冒険者たちも居る。もしかすると、ジャバウォックもそうだったのかもしれない
ニーズヘッグはA級冒険者でも倒すのが難しいドラゴンである。地元の冒険者たちは、放置しているようだ。賢明な処置だろう。
偶にニーズヘッグを倒そうとクセイルダンジョンを訪れる冒険者が居るらしいが、ほとんどがエスケープボールを使って、逃げ帰って来るようだ。
「行くんですか?」
「ああ、神威というのを確かめたい」
「私も一緒に行きましょうか?」
「いや、アリサは大学が有るだろう。今回は俺だけで行って来る」
「大丈夫なんですか? ニーズヘッグは手強いドラゴンですよ」
「光剣クラウ・ソラスの伝承の中に、ニーズヘッグを倒したというものがあった。倒すだけなら大丈夫だと思う」
但し、今回はニーズヘッグの首を切り落とさないとダメなのだ。プロミネンスブレードで倒しても斬り落とした事にはならないだろう。
俺は対ニーズヘッグ用の魔法を創る事にした。
すぐに浮かんだアイデアが、『クラッシュソード』の拡大版である。空間振動ブレードの長さを十メートルにまで伸ばして、太さを直径五センチにするだけである。
但し、この魔法は魔力とD粒子が大量に必要になる。習得できる魔法レベルも『18』と高いので、現在のところ俺しか使えないだろう。
「長さ十メートルと言っても、ニーズヘッグの大きさを考えると至近距離ですね」
アリサの言葉に俺は頷いた。
「首を切断するには、七メートルくらいまで近付かないとダメだろう。ニーズヘッグが手を伸ばせば届きそうな距離だよ」
「『デスクレセント』で攻撃すれば、切り落とせるかも」
アリサが提案してくれたが、『デスクレセント』の命中精度が問題だった。首を狙ったとして、遠距離攻撃で正確に首に当てられるか自信がない。『デスクレセント』は命中精度より威力を重視した魔法なのだ。
それをアリサに伝えると、アリサも納得して頷く。
「そうすると、『デスクレセント』を使うにしても、かなり接近しないとダメだという事ね。でも、十メートルよりは遠い距離で使えそう」
「試してみるしかないかな」
まず『クラッシュソード』の拡大版を創る事にした。賢者システムを立ち上げて、『クラッシュソード』を基に<空間振動>と<ベクトル制御>を付与した魔法を組み立てる。
アリサに話した通り、空間振動ブレードの長さを十メートルにまで伸ばして、太さを直径五センチにする。拡張振動ブレードと名付けたものは、予想通りかなり魔力消費が激しいものとなった。
新しい魔法は『ニーズヘッグソード』と名付けた。それから鳴神ダンジョンで『ニーズヘッグソード』に慣れるために練習する。
『カタパルト』や『フラッシュムーブ』と組み合わせて使ってみると、ニーズヘッグにも通用しそうな気がして来た。
近藤支部長に頼んで地元の英語ができる冒険者を案内役として手配する。
「今度はエジプトか。少しずつ世界で活躍するようになったんだな。誇らしいよ」
「支部長たちが協力してくれた御蔭です」
俺はエジプトへの航空券を購入し飛んだ。タイで乗り換える必要があったが、無事にエジプトのカイロ空港に到着し到着ロビーへ行くと、案内のアーティフという冒険者が迎えに来ていた。
「グリムさん、目的はニーズヘッグだと聞いたけど、本当なんですか?」
「本当だよ。ニーズヘッグを倒すために来たんだ」
「大丈夫かな。ニーズヘッグは何人も冒険者を殺していると聞いているけど」
俺は肩を竦めた。
「敵わないと思ったら、エスケープボールで逃げるさ。無理をするつもりはない」
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