第479話 チサトの警護

『しかし、パルミロは高位の冒険者ではないはずです。ソロで巨竜バハムートを倒せるのでしょうか?』


 他の誰かに巨竜バハムートを倒させて、『試練の間』へ通じる入り口が開いたら代わりにパルミロが行くというのも考えられるが、それをダンジョンが許すだろうか?

 巨竜バハムートを倒した者しか『試練の間』へは入れないようにしている気がする。


 他の方法として考えられるのは、巨竜バハムートを倒せるような魔導武器を持っているという場合だ。そうなると、光剣クラウ・ソラス以上の神話級魔導武器を持っている事になる。


「光剣クラウ・ソラス以上の神話級魔導武器を知っているか?」

『……光剣クラウ・ソラスに匹敵するものとなりますと、上級ダンジョンでドロップした神槍グングニルや聖剣エクスカリバーになるでしょう』


 グングニルはエルモアが持つゲイボルグに似ている。投げると必ず急所を貫き戻って来るらしい。ゲイボルグとの違いは、分身を作らない事である。その代わりに槍の穂に魔力を纏い威力を強化するようだ。


 一方エクスカリバーはよく分からない。炎を飛ばすエクスカリバーも有れば、斬撃を飛ばすもの、剣身が伸びるものもある。ダンジョンにとってエクスカリバーは、トランプのジョーカー的な存在で、何でもありの魔導武器になっているようだ。


 それでも上級ダンジョンでドロップしたエクスカリバーは、強力な魔導武器だという。A級の魔装魔法使いがエクスカリバーでネームドドラゴンの『ファフニール』を倒した事もある。


『一つ忘れていました』

「何を?」

『光剣クラウ・ソラス以上の魔導武器ですが、特級ダンジョンでドロップした魔導武器なら、想像以上に強力なものになるかもしれません』


 A級ランキングが二十位以内の冒険者しか入る事が許されない特級ダンジョン。凄そうな魔導武器をドロップしそうである。但し、戦う魔物も強力になっているだろう。


 考えるのに疲れたので、食堂へ行った。コーヒーでも飲もうと思ったのである。

「あっ、グリム先生」

 バタリオンの最年少メンバーであるチサトが、アリサから生活魔法を習っていた。


 挨拶を交わして、何を習っているのか聞くと『Dクリーン(廉価版)』だという答えが返ってきた。

「チサトちゃんは覚えが早いんですよ。魔法レベル1で習得できる生活魔法の半分は、習得したんです」


「へえー、凄いな」

 褒められたチサトが嬉しそうに笑う。

 俺は執事シャドウパペットの『シンパチ』にコーヒーを頼んだ。

「畏まりました」


 新しく増えた執事シャドウパペットは、新選組の永倉新八と藤堂平助から『シンパチ』と『ヘイスケ』と名付けた。トシゾウが土方歳三からだったので、新選組で統一したのである。


 執事の金剛寺も一体もらって訓練していたのだが、一通り訓練が終わってから家に持ち帰って家族に見せたら、家族会議で奥さんがマスターになったという。


 『パパは、執事なんだから必要ないと思う』と子供に言われたらしい。最初から家族のために使うつもりだったので予定通りなのだが、金剛寺として『パパ、凄い』とか言われたかったようだ。


 シンパチが淹れたコーヒーを飲んで、アリサがチサトに教えている様子を眺めていた。何だかホッとする。だが、パルミロが活動を始めたようなので、用心のために警護用シャドウパペットを貸し出す事にした。


 ちょうど町内で連続ひったくり事件が起きているので、それを口実にチサトへ警護用シャドウパペットを貸し出せば良いだろう。


 それをアリサに話すと賛成してくれた。

「犬型がいいと思う」

「どうして?」

「犬型なら散歩しているみたいな感じで、一緒に行動する事ができますよ」


 なるほどと思ったので、犬型シャドウパペットを作る事にした。アリサに相談すると可愛い顔と真っ白な毛が特徴的な日本スピッツを模倣したシャドウパペットが良さそうだと言う。


 シャドウクレイは四十キロを用意した。予備からソーサリー三点セットを選び、ゴブリンメイヤーのマジックポーチも組み込む。その他に一個だけコア装着ホールも組み込んだ。


 エルモアとアリサに手伝ってもらい、日本スピッツに似たもふもふの警護用シャドウパペットを作製する。メティスに訓練を頼むと、短期間でちゃんと動けるようにしてくれた。


 その後、エルモアを相手に戦闘訓練をしてから、チサトに貸し出す事になった。チサトがグリーン館に勉強に来た帰りに一緒にチサトの家に向かう。


 俺と手を繋いだチサトが嬉しそうに歩いている。チサトの家に到着すると母親に挨拶した。

「グリム先生、何かあったのですか?」

 母親が俺の顔を見て尋ねる。


「バタリオンでは、シャドウパペットの工房を設立して、警護用シャドウパペットの作製を始めたのですが、それをチサトちゃんに試してもらいたいと思っているんです」


「でも、なぜチサトに?」

「他のメンバーは、警護用シャドウパペットを必要としていないんです。それに最近では物騒になって、ひったくり事件が続いています」


 俺は説得して、警護用シャドウパペットを使ってもらう事になった。俺が警護用シャドウパペットの『虎徹こてつ』を影から出すと、チサトが嬉しそうに抱き着いた。


 チサトが騒いでいると弟のイブキが来て、一緒に騒ぎ始める。どうやら虎徹はチサトの家に受け入れられたようだ。


 それからチサトが虎徹を連れて歩く姿が見られるようになった。ちゃんと警護用として使っているらしい。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


「虎徹、公園に行こう」

 チサトが虎徹に犬用ハーネスとリードを付けて外に出た。それを見た弟のイブキが自分も行くと言って、付いて来る。


 チサトの家の近くにある公園は、繁華街にも近いので大人たちが公園で休んでいる姿をよく見る。また住宅街から遊びに来る子供たちも多く、チサトの友達も遊んでいた。


 その友達が虎徹を見て近寄り、撫で始める。

「可愛い、あたしも欲しいな」

「でも、虎徹は特別だから、難しいかも」


 その時、公園に場違いな男が入ってきた。通り抜けようとしただけらしい。タバコを吸いながら歩き、周囲に脅すような視線を向けている。


「あれっ、何?」

 チサトの友達が小声で聞いた。

「グリーン館のお兄さんに教えてもらった。チンピラだって」

「きんぴら?」

「それはごぼうの料理……」


 近くで缶コーヒーを飲んでいたサラリーマンが吹き出した。チンピラがギョロリと睨む。虎徹はチンピラをジッと見ていた。チサトとその家族に危害を加えるような者が現れたら、制圧するように命じられているのだ。


 そのチンピラがチサトたちに近付こうとした時、虎徹が前に出てチンピラに向かって唸り声を出す。その迫力ある唸り声にビビったチンピラは舌打ちをして方向転換すると、公園を出ていった。虎徹の警護任務は順調だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る