第478話 パルミロの信用

 エミリアンたちと別れた俺は、冒険者ギルドの本部へ向かった。本部の資料室が充実しているので、そこで調べ物をしようと思ったのである。


 本部に入るとカウンターで資料室を使う許可を求めた。受付の若い女性が、

「済みません。本部の資料室はB級以上の方しか使えない決まりなのです」

 顔のせいなのか、俺は若く見られる傾向にある。新米の冒険者が間違って許可を求めたのだと思われたらしい。俺はA級の冒険者カードを出して見せた。


「も、申し訳ありません。資料室は二階の東側でございます」

 資料室に入ると、A級の高瀬が調べ物をしていた。

「珍しいところで会ったな」

「高瀬さんは何を調べているんです?」


「まだ秘密だ。そっちこそ、何を調べに来たんだ?」

「人間の血を欲しがっている連中が居るんですが、何が目的か調べようと思っているんです」

「ふーん、血が欲しいというと吸血鬼しか思い浮かばないな。あっ、そう言えば、賢者のロッドフォードが死んだ事件も関係するのか?」


 賢者ロッドフォードと言えば、イギリスの亡くなった賢者である。

「ロッドフォードの事件というと?」

「世間には公表されていないが、殺されたらしい。しかも、血が抜かれていたと聞いた」


 ディアスポラという言葉が頭に浮かんだ。

「賢者の血で何をするつもりなんだろう?」

 高瀬が何か思い出したような顔をする。そして、大量の資料の中から一冊の本を取り出して、俺に手渡した。


「これは?」

「『血の霊薬』という本だ。血を使った霊薬の話が載っている」

「ありがとうございます。調べてみます」

 俺は『血の霊薬』を読み始めた。その本には血を使った霊薬がいくつか書かれていた。ただ製造法は書かれていない。一通り読むとその中で二つの霊薬が、俺の目に止まった。


 一つは血の持ち主と魔法的に繋がるというものだ。血の持ち主が習得している魔法を使えるようになる霊薬だった。この霊薬を『アレンジシステム』が使える分析魔法使いが飲めば、賢者が秘蔵している魔法を手に入れる事もできる。


 そして、もう一つは魔法レベルを変化させるというものだった。その霊薬を飲めば、血の持ち主と同じ魔法レベルになるというものだ。


 但し、その効き目は三ヶ月だけである。三ヶ月後には効果が消えるらしい。ちなみに、血の持ち主が死んでも効果は同じらしい。つまり三ヶ月間にできるだけ多くの魔法を習得すれば、三ヶ月後に効果が消えても覚えた魔法は使えるというのだ。


 強力な魔法を覚えれば、効率的にパワーレベリングができるという事である。これにより短期間に実力を上げる事ができるだろう。


 エミリアンを刺したナイフは毒が塗ってあった。その毒が血に混じったはずだ。そんな血で霊薬を作っても大丈夫なのかと思ったが、自分たちで用意した毒だから、解毒剤も持っているに違いないと思い直した。


 しかし、エミリアンを殺そうとしたのは、なぜだろう? 思い付くのはカメガル文章を調べていたという事だ。だが、カメガル文章の中にあった神に至る霊薬『ネクタンシア』という方法は、何かパルミロには似つかわしくないように思えた。


 パルミロが三百年も神になるのを待てるだろうか? それになれるのは地神である。それしか方法がないのなら、パルミロもそうするだろうが、他にも方法が有ると書かれていた。


 そして、そのヒントもあったのだ。それはギリシャのミケーネダンジョンにあるらしい。

「ミケーネダンジョンか、慈光寺理事に頼んで、ミケーネダンジョンの資料を送ってもらおう」

 俺は慈光寺理事に面会を申し込んだ。すると、すぐに会うという連絡が来た。


 理事の部屋へ行くと、慈光寺理事がコーヒーを用意してくれた。

「それで用というのは、何だろう?」

「ギリシャのミケーネダンジョンに関する資料を取り寄せて欲しいのです」


「ほう、今度はギリシャに行くのですか?」

「いえ、行くかどうかは分からないんです。ただパルミロが関係するのではないかと思って、調べようと思ったんです」


 慈光寺理事がパルミロの名前を聞いて、悔しそうな顔をする。パルミロが精神攻撃を使い悪さをしている事を世界各国へ通達して警告したのだが、それを信用した国は少なかった。『聖パルミロ』という名前が広まっており、ヴァチカンの後ろ盾もあるのでパルミロには大きな信用が有るのだ。


 それにパルミロは直接前に出ないで、部下らしい者たちを使って裏の活動をしている。アメリカなどはパルミロの活動に疑問を持っているようだが、証拠がないので手を出せずにいるらしい。


 今回のエミリアンの件も、実行したのはランベルトという冒険者である。パルミロが関係しているという証拠は一つもないのだ。


「パルミロは、難病をわずらう世界各国の要人やその家族を、治療しています。その彼を否定する警告を信じないのは、予想できた事なのですが」


 パルミロがヨーロッパを中心に、絶大な信用を築いている事を慈光寺理事が教えてくれた。各国政府はあまり期待できないとがっかりして冒険者ギルドを出た。


 しばらくしてからミケーネダンジョンの資料が俺のところに届いた。中を見ると英語で書かれた資料だ。ミケーネダンジョンは三十層まで攻略が進んでいる上級ダンジョンである。


 一層ずつ資料を調べて二十八層に『ジェルベ遺跡』というものが発見されたと書かれているのを見付けた。ジェルベ遺跡には多くの壁画が残っており、そこには空を飛んでいる人や雷を呼んで魔物を攻撃している人々の姿が描かれている。


「攻撃魔法使いのようだな」

『仙人のようにも見えます。ここには絵だけではなく文章も書かれています』

 壁画の写真も送られてきたので、それを見たメティスが声を上げた。それは秘蹟文字で書かれたものだった。


 それによるとジェルベ遺跡に住んでいた人々は、ギリシャ神話における原初の神であり夜の女神でもあるニュクスの眷属だと公言している。


 ニュクスは多くの神々を生み出した女神としても有名で、復讐の女神ネメシスや死の神タナトスもニュクスの子である。


『この壁画だけは、神殿文字の文章が有ります』

 メティスがエルモアの手を借りて、一枚の写真を取り上げた。子宮の中に居る赤ん坊の絵の横に、神殿文字で刻まれた文章があった。


 三十層の中ボスである巨竜バハムートをソロで倒すと、『試練の間』という場所へ通じる入り口が開くらしい。その試練に耐えれば神への道が開かれるという。その神は地神ではなく夜の女神ニュクスの新しい子供という存在になるようだ。


「パルミロが狙っているのは、これかもしれないな」


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