第477話 賢者システムの裏技

 賢者エミリアンが到着する時間、俺は空港の到着ロビーへ向かった。待っていると、エミリアンがストレッチャーに乗せられて姿を現した。その横には心配そうな顔をしているクラリスの姿もある。


 エミリアンは意識がないようだ。その顔は青褪めており、死んでいるのではないかと思うほどだった。


 そのまま救急車に乗せられ、俺も一緒に病院へ向かう。

「エミリアン殿の容体はどうなのです?」

「ナイフで刺された傷は、塞がって大丈夫なのですが、毒が全身に回り、今は意識を失っています」


 クラリスが、状態を説明してくれた。上級解毒魔法薬を飲ませたのだが、効き目はなかったという。上級解毒魔法薬は全ての毒に対して有効という訳ではない。


 単体の毒ならかなりの確率で有効なのだが、複数の毒を混ぜたものだと効かなくなるらしいのだ。


 病院に到着し病室に運び込まれると、医師の指示で『解毒の指輪』を使う事になった。ダンジョンではない場所で、魔導装備や魔法薬を使って医療行為をする場合は、医師が立ち会う決まりなのだ。


 もし想定外の異変が起きた時に、医学知識のない者だと対応ができないからだ。

「それでは『解毒の指輪』を」

 俺は『解毒の指輪』をエミリアンの指に嵌めた。すると、クラリスが指輪を嵌めた手を握り締める。


「私が魔力を流します」

 俺は頷いてエミリアンの前から横に外れた。クラリスが体内で魔力を循環させ始めたのに気付いた。その魔力をエミリアンの手に流し込む。


 すると『解毒の指輪』が光り、その光がエミリアンの全身を包み込む。しばらくすると、エミリアンの顔に血の気が戻り始める。


 意識を失っていたエミリアンが目を開ける。

「クラリス……」

 意識を取り戻したエミリアンは、それから短時間で回復した。今は血液検査などをしている最中である。


「君には感謝するよ。命の恩人だ」

「しかし、エミリアン殿も油断する事が有るんですね?」

「私だって人間だよ。顔見知りだったら油断する」


 エミリアンを刺したのは、顔見知りの冒険者だったらしい。

「でも、ランベルトがエミリアン様を刺した理由が分かりません」

 ランベルトはエミリアンを刺した後に、逃げ出して捕まっていないという。


「そう言えば、ランベルトが流れ出た血をガラス瓶に入れていた」

「目的は、エミリアン殿の血という事ですか?」

「血はついでだと思う。血が欲しいのだったら、ナイフに毒を塗る必要はないはず。確実に殺したかったのだ」


「その時は、カメガル文章というのを調べていたのですよね?」

「ああ、これだ」

 エミリアンが収納リングから、一枚の紙を出した。カメガル文章を書き写したものらしい。


 その紙を受け取り、カメガル文章を読む。それは神殿文字で書かれていた。

「読めるのか?」

「ええ、『知識の巻物』を使いました」

 そこには神に至る方法の一つが書かれていた。神に至る方法は一つではないらしい。その才能や個性に合った方法で、神を目指さないと邪神に落ちてしまう、と書かれている。


 カメガル文章に書かれている神に至る方法とは、巨獣三匹からジズの羽根、レヴィアタンの鱗、ベヒモスの牙を手に入れ、書かれた方法で処理すると『ネクタンシア』と呼ばれる神薬ができるらしい。


 この『ネクタンシア』は人間をゆっくりと地神にまで進化させるらしい。それは三百年という時間が必要であり、『ネクタンシア』を作れても地神になれる者はほとんど居ない。


 俺は内容をエミリアンとクラリスに教えた。

「三百年ですか。人間が地神になるのは不可能という事ですね」

 クラリスが溜息を漏らして言う。


「それが可能な人物が一人居るのです」

 俺はパルミロについて説明した。すると、クラリスが酷く驚いた。クラリスはパルミロに会った事が有るらしい。しかもエミリアンについて話したという。


「申し訳ありません。なぜか喋ってしまったのです」

 クラリスがエミリアンに謝った。

「それはもしかすると、精神攻撃かもしれないです」


 パルミロの精神攻撃について、詳しく話した。A級の上位なら精神攻撃に対する防御方法も持っているのではないかと思って尋ねると、精神攻撃に対する防御用の指輪を使っているらしい。


「ダンジョンでは使っていますが、普段は使っていません」

 その指輪を普段は身に付けていなかったらしいクラリスが肩を落とす。魔力を消費して精神攻撃から守る魔導装備なので普段は使わないという。


 俺は『鋼心の技』を教えた。

「感謝する。その礼として、賢者システムの裏技を教えよう」

 エミリアンは賢者システムを使って、他の系統の魔法の構造を調べる方法を教えてくれた。但し、他の系統の魔法を創れる訳ではない。


「この裏技で分かった仕組みを、私は魔装魔法を創る時に応用している。利用価値が高いのは確かだよ」


 生活魔法でない魔法の中身を見れるというのは面白いと思った。使い熟せれば、利用価値が高いというのは本当だろう。


「しかし、カメガル文章にあった『ネクタンシア』というのは、何なのでしょう? その神薬を飲むと地神になるという事ですが、神と地神は違うものなのでしょうか?」


 クラリスが難しい事を言い出した。カメガル文章によると、地神というのは神道における地主神のようなもので、ある特定の土地を守る神らしい。


 地神は地縛霊のように一つの土地に縛られるような気がして、俺はなりたいとは思わなかった。エミリアンとクラリスも嫌だと言っていた。


 だが、地神を長い間続けると、神に昇華するようだ。但しダンジョンが考える神なので、人間が考える神とは違うと思っている。


「もしかすると、地神というのはダンジョンマスターの事かもしれませんね」

 クラリスが言い出した。ダンジョンマスターは神じゃないと思うが、ダンジョンにとっては神なのか? いや、ダンジョンマスターはメティスのような魔導知能じゃないのか? 


 まだまだ分からない事だらけだな。

「ところで、エミリアン殿の血を持っていったのは、なぜだと思います?」

 俺が尋ねると、エミリアンが首を振った。

「分からない。調べる必要があるだろう」


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