第475話 試し切り

 剣術大会が開催される前日、千佳と父親の剣蔵は大阪に向かった。会場近くのホテルにチェックインすると、打ち合わせに行くと言って剣蔵が居なくなった。


 残った千佳は周辺を歩いてみようと思い外に出る。

「少し寒いけど、気持ちいい」

 近くの公園を伸びをしながら歩いていると、一人の幼い少女がベンチに座って公園に集まってきたペットたちを眺めている。


 この公園はペットたちの散歩道となっているようだ。千佳は何となく少女が気になった。

「犬が好きなの?」

 少女はびっくりした顔をするが、千佳が自分に悪意を持っていない者だと感じたのか、素直に頷いた。


「犬も猫も好き」

「だったら、近くに行って触らせてもらえばいいのに」

 少女が強く首を振った。

「ダメ、近くに行くと苦しくなるの」


 この少女は犬や猫に対してアレルギーを持っているのかもしれない。

「アレルギーなのね。それなら、私のシャドウパペットを撫でてみる」

 少女が意味が分からないという顔をする。千佳は笑って影から猫型シャドウパペットのタイガを出した。白黒ではあるが、虎模様のシャドウパペットである。


 影から猫が出て来ると、少女が驚いた顔をする。そして、不安そうな顔に変わる。

「大丈夫よ。これは普通の猫ではなくシャドウパペットだから、苦しくはならないのよ」

「本当に?」

「ええ、本当よ。撫でてみて」


 少女が恐る恐るという感じでタイガを撫でる。タイガはベンチに上って、少女の横に座っていた。

「本当だ。苦しくならない」

 少女は嬉しそうにタイガを撫でたり抱き付いたりする。但し、抱き上げる事はできなかった。タイガの体重は二十キロなのだ。


「紗良……ダメじゃないか」

 千佳より少し年上らしい男性が、タイガから遠ざけるように少女を抱き上げた。どうやら、少女の親族らしい。


「その子が猫アレルギーだとしても、タイガなら大丈夫ですよ」

「そいつは猫じゃないのか?」

「猫型シャドウパペットです」

 タイガを影の中に潜らせ、もう一度呼び出した。それを見て男が目を丸くする。そして、抱きかかえていた少女を地面に下ろす。少女は嬉しそうにタイガに近付き撫で始める。


「失礼しました。僕は紗良の叔父で、如月きさらぎ蓮也れんやです」

「私は御船千佳です。訛がないようですが、大阪の方ではないのですか?」

「ええ、ここで開催される剣術大会に出場するために来ています」


 如月は如月流剣術の代表として、大会に出場する予定になっているようだ。千佳と如月は少しの間シャドウパペットについて話して別れた。


 翌日、父親と一緒に大会へ行って、剣術大会を見学した。多くの冒険者が出場する大会なので、試合では魔法を禁止している。


 出場者の技量は高く見ていて勉強になったし面白かった。昨日会った如月は、二回戦で負けてしまった。技量が低い訳ではないが、何か物足りない感じがする。


「あれは命を賭けて戦った経験がないのね。相手の気迫に押されて追い込まれたみたい」

 剣術の技量だけなら兄の剣壱に匹敵すると思うが、命懸けで魔物と戦った経験がある冒険者には気迫で負けてしまうようだ。


「あっ、お姉ちゃんだ」

 昨日会った紗良という少女だった。その後ろには如月が居る。着替えて試合を見るために戻ってきたのだろう。

「残念でしたね」

「負け試合を見られたのか。恥ずかしいところを見られたかな」


「恥ずかしいと思う必要はありませんよ。経験の差が出たようですね」

 如月が首を傾げた。

「経験の差というのは?」

「相手は冒険者のようでした。命懸けで何度も魔物と戦った経験が有るようです」


 それを聞いた如月が唇を噛み締めた。

「やっぱりそうか。そういう経験が……僕に魔装魔法の才能が有ったら、冒険者になってダンジョンに行くんだけどな」


「如月さんは、全く魔法の才能がないんですか?」

 苦笑いした如月が、分析魔法が『D』生活魔法が『E』の他は『F』だと言う。さすがに冒険者として成功するのは厳しいと千佳は思った。


 ただ『プッシュ』『コーンアロー』『サンダーボウル』『エアバッグ』『ブレード』『ジャベリン』の六つは習得できる。そうすれば、中級ダンジョンの低層だったら探索できるだろう。


 それを話すと如月が興味を持った。

「ありがとう。考えてみるよ」

 その時、父親の剣蔵が近付いてきた。

「千佳、丸太を切れる刀、そうだ、雷切丸を持って来ているか?」


 大会を盛上げるために試し切りの技を披露するのだが、その試し切りに使っている魔導武器がポッキリと折れたらしい。その代わりを探しているようだ。


「雷切丸ですか? 試し切りなら、雷切丸より雪刃丸の方がいいと思います」

 <貫穿>と<斬剛>の特性を付与した白輝鋼で作製した日本刀である。その雪刃丸なら丸太を切れるだろう。


 千佳は収納ペンダントから雪刃丸を出して、父親に渡した。剣蔵は雪刃丸を鞘から抜いて、刀身を確かめる。ジッと見ると真っ白な刀身から滲み出るように力を感じる。


「これなら切れそうだな。しかし、刀身が長い割に軽い。慣れるのに時間が掛かりそうだ。千佳が試し切りを披露してくれないか」


 父親の頼みなので引き受けた。

「でも、剣道着を持って来ていません」

 千佳は普段着であるモスグリーン色のテーパードパンツとシャツにジャケットという格好だった。

「その格好で構わん」


 剣蔵はホッとしたような表情を浮かべて戻っていった。試合が進み、決勝が行われ前回優勝した緋崎が連覇した。表彰式の準備中に試し切りが始まる。


 最初は巻藁を斬る試し切りが披露され、最後に丸太が運ばれてくると会場がざわっとする。用意された丸太がかなり太かったからだ。


 こういう大会の試し切りで使われる丸太は、直径十五センチほどなのだ。なのに、この丸太は二十五センチほどもある。

「なるほど、普段より太い丸太の試し切りをしようとして、魔導武器が折れたのね」


 ジャケットを脱いだ千佳が雪刃丸を持って現れると、見ている者の中に『大丈夫なのか?』という顔をする者が多くなる。巻藁の試し切りをしたのが、かなり逞しい男性だったので余計にそう感じた者が多かったようだ。


 丸太の前に立った千佳は、ウォーミングアップの時のように身体の中で魔力を循環させた。その魔力が増え始め身体から漏れ出ると、周りにも影響を与え始める。


 優勝した緋崎も大丈夫なのかと心配して見ていた一人だったが、その魔力を感じて顔を強張らせる。B級冒険者の緋崎が脅威だと感じるほど、漏れ出ただけの魔力量が尋常ではなかったのだ。


 見ていた一般の人々も千佳の身体が大きくなったように感じて、息を飲んで見守る。如月も漏れ出た魔力を感じて頭から血の気が引いた。


 千佳がゆっくりと雪刃丸を抜くと、刀身から放たれる力を感じて如月が目を見開く。次の瞬間、白く輝く刃が振り下ろされた。丸太がスパンと切断され床に落ちる。


 千佳が深呼吸して、連続で刀を振るう。そのたびに切断された丸太の一部が床に落ちて、ゴトッという音を響かせた。


「これほどの腕が有るなら、出場して欲しかったぜ」

 緋崎が千佳を見詰めながら言う。一方、如月は千佳が言っていた生活魔法について、習得しようと思い始めた。


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