第470話 パリの見本市

 俺たちから十メートルほど前方で、男が床を転がり呻き声を上げる。その間にモヒカンがアリサのところに戻ってきた。


 男は必死で起き上がって、アリサの足元に居るモヒカンに怒ったような目を向ける。後ろから警官たちが追って来るので、すぐに逃げ出そうとするが、ダメージが抜けないので満足に走れず警官に逮捕された。


 警官から質問されたが、警護用シャドウパペットが守ってくれたと言うと解放された。警官たちはあまり驚いていないようだ。フランスでは警護用シャドウパペットが広まっているのだろう。


 男が何か訓練を受けているか、格闘技の経験者だった場合に備えてモヒカンの攻撃で試してみたが、ただの乱暴者だったようだ。俺たちの到着と同時に、騒ぎが起きたので用心したのだが、偶然だったらしい。


 俺たちはモンタニエが用意したホテルへ向かった。ホテルにチェックインしてから食事に行き、モンタニエが一番だというフランス料理を食べた。


 翌日、フランスで初めて開かれるシャドウパペットの見本市を見物に行った。モンタニエは、この見本市を俺に見せたかったようだ。


 見本市のシャドウパペットは、ペット用のものが多かった。シャドウクレイ三キロほどを使って作られた小さなシャドウパペットが主力商品という工房が大半である。


 中には警護用シャドウパペットを主力商品にしている工房もあるが、大きさはシャドウクレイを二十キロほど使ったものが限度のようだ。


「グリム先生、どれも小さいと思われるでしょう?」

 モンタニエが尋ねると、俺は首を振った。

「そんな事は考えていませんでした。どれも工夫を凝らした素晴らしいものだ、と考えていたんです」


「褒められるのは嬉しいですが、グリム先生のエルモアや為五郎を見た後では、小さく見えます。ですが、我々もいろいろと研究しているのです」


 フランスでは、機械を使ってシャドウクレイを加工しD粒子を練り込む方法を研究しているらしい。研究が成功すれば、五十キロほどのD粒子を練り込んだシャドウクレイが使えるようになるという。


 国が協力して産業を育てようとしているフランスは、その発展する勢いが違うようだ。これに対抗してブランドを育てるのは大変そうである。


 その日はいろいろとシャドウパペットを見て回った。シャドウパペットの中に、犬型のシャドウパペットがあるのを見付けた。


「あの犬型のシャドウパペットは、何という魔物の影魔石を使っているのですか?」

 アリサが俺より先に食い付いた。どうやら犬派だったらしい。


「あれはダークファングの影魔石を使ったものです」

 ダークファングというのは、トルシーダンジョンの八層に居る魔物らしい。体長三メートルで真っ黒で大きな犬だという。


 アリサの様子からすると、ダークファング狩りは決定のようだ。

 モンタニエの工房も作品を展示しており、そのブースには多くの人が集まっていた。そこにモンタニエが登場して話を始める。


「モンタニエさんが、先生の事を紹介していますよ」

 フランス語が分かる亜美が教えてくれた。突然拍手が起こり、モンタニエが俺に来るように合図している。こんなのは苦手なんだが。


「グリム先生、多くの人々があなたに興味を持っています。是非あなたの作品を見せてもらえませんか?」

 モンタニエが周囲の人々に視線を向ける。ここに居る人々はシャドウパペットに興味を持ち、この産業が発展する事を願っている。


 その熱意は本物だと感じた俺は、影からエルモアと為五郎を出した。エルモアが観衆に対して優雅にお辞儀をすると、歓声が上がる。


 人々はエルモアと為五郎の大きさに感銘を受け、その製造方法を知りたかったようだが、教えるつもりはなかった。エルモアと為五郎はフランスで評判になった。

 もちろん、俺の名前もフランスに広まる。


 その後、フランスのダンジョンを探索したいというと、冒険者のフランシーヌ・ルブランを紹介してくれた。ルブランはC級の魔装魔法使いで、日本語が喋れる三十前後の女性だった。


「まずトルシーダンジョンの八層に居るダークファング狩りをしたいんですが、案内を頼めますか?」

「もちろんです。案内します」


 ヴェルサイユダンジョンの五層への道は、まだ開いていない。もう少しだという話なのだが、それまで観光や別のダンジョンで活動して待たなければならない。


 パリの中心部から東へ行ったところにトルシーダンジョンがある。それは古くから存在する上級ダンジョンで、地元の冒険者ギルドには完全な地図が売っていた。但し、フランス語なので、亜美とフランシーヌを頼りとするしかない。


 一層から四層は、お馴染みの魔物しかいないので最短ルートを通って通過した。使った乗り物はホバービークルである。


「このホバービークルというのは良いですね。販売されているものなんですか?」

 フランシーヌが尋ねた。

「いや、これは特注で作ったもので、一般に売っているものじゃないです」


「そうなのですか、残念ね」

 歩いた場合に比べれば十倍以上も早く五層に到着したので、フランシーヌはホバービークルを欲しくなったようだ。


 五層にはワイバーンが棲み着いており、ここはホバービークルではなく歩く事にした。俺たちはフランシーヌの案内で六層へ下りる階段へと向かう。


 起伏のある広大な草原を歩いていると、バンディットウルフの群れと遭遇した。五匹の巨大な狼が走り寄ってくるのを目にした俺は、五重起動で『バーストショットガン』を発動し三十本の小型爆轟パイルを放つ。その中の五本がバンディットウルフに命中して爆発した。


 その攻撃で三匹が倒れ、残りの二匹が諦めずに走り寄る。亜美が握り締めたマグニハンマーを投げ、アリサが『ガイディドブリット』を発動しD粒子誘導弾を放った。


 マグニハンマーはクルクルと回転しながら飛んで、バンディットウルフの頭に命中し頭蓋骨を陥没させる。一方、アリサの攻撃を避けようとしたバンディットウルフの動きに合わせて、D粒子誘導弾が軌道修正し、巨大狼の顔面に命中して頭半分を削り取った。


 戻ってきたマグニハンマーをパシッとキャッチした亜美が、誇らしそうな顔をする。

「使い熟せるようになったのね。凄いじゃない」

 アリサが亜美を褒めると、亜美が嬉しそうな顔をする。


 その直後、ワイバーンの叫び声が響き渡り上空から急降下する魔物の姿に気付いた。俺は『バーストショットガン』を発動しようとした。


 だが、アリサが風の三鈷杵ヴァーユを握り締め、大量の魔力を注ぎ込んでいるのに気付いて、『サンダーバードプッシュ』に切り替える。


 アリサが握る三鈷杵から強烈な風が噴き出し、その風の中から半透明な龍馬が生まれた。その姿は瑞獣である麒麟に似ているが、胴体が長い。


 龍馬は咆哮しながら風の中を駆け上り、ワイバーンの首に牙を突き立て噛み千切る。ワイバーンは空中で姿を消し、魔石だけを地面に落とした。


「い、今のは何ですか?」

 フランシーヌはびっくりしたようだ。精霊召喚による攻撃は、フランスでも珍しいのだろう。


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