第469話 フランスへ
経済産業省の庁舎でモンタニエと語り合った後、俺は渋紙市へ戻った。シャドウパペットたちを影から出すと、エルモアは地下練習場へ向かった。空中機動の練習をするためである。
俺は食堂へ向かう。食堂では数人のバタリオンメンバーが食事をしていた。
「グリム先生、貸し出す武器の中に朱鋼製の魔道武器が増えていましたが、あれも借りられるんですか?」
「ああ、但し、D級以上だな。中級ダンジョンの低層では必要ないだろう」
「ありがとうございます」
グリーン館の資料室も充実してきて、バタリオンのメンバーが資料を調べる事も多くなっている。トシゾウだけで食堂を運営するのは難しくなっている。やっぱり執事シャドウパペットを後二体ほど追加しよう。
「ナンクル流空手の稽古は、いつから再開するんですか?」
週に一回ほど希望者にナンクル流空手の基礎を教えていたのだが、封鎖ダンジョンへの遠征などで中止していたのだ。
「今週から再開しよう。ただ冬にフランスへ行く事になったので、その間は誰かに代わってもらう」
「それだったら、根津先輩がいいです」
根津は基礎を卒業して、型を実戦に応用する段階になっていた。
「よし、根津に頼んでみよう」
夕食を食べシャワーを浴びた後、自分の部屋に戻った俺は『霊魂鍛練法』で二秒だけ鍛えた。そして、気絶するように眠った。
朝起きると頭がスッキリしている感じがする。
「グリム様、お食事の用意が出来ています」
トシゾウが声を掛けた。ベッドから下りると、着替えて食堂へ行く。金剛寺が朝食の用意をしていた。
「おはようございます」
「おはよう。そうだ、執事シャドウパペットを二体ほど増やそうと思っているんだけど、その訓練を頼んでもいいだろうか?」
それを聞いた金剛寺が頷いた。
「私もトシゾウだけでは、手が足りないと考えていました。お引き受けします」
「そうか、苦労を掛けて済まない。この仕事は執事の仕事とは別料金にする」
「それならば、私用に執事シャドウパペットをもう一体だけ作ってもらえませんか。その代金はちゃんとお支払いします」
俺は金剛寺の気持ちが分かったので承知した。
「執事シャドウパペットを、今回の仕事の報酬としよう」
「そんな、報酬としては高すぎます」
俺は肩を竦めた。執事シャドウパペットはまだ売った事がないので、相場など全く分からない。ただ金剛寺の仕事には、それだけの価値があると考えている。
シャドウパペットに執事の仕事を教え込むというノウハウを持っているのは、金剛寺だけなのである。その価値はかなりのものだ。
猫型シャドウパペットのコムギが食堂に入ってきた。コムギは俺を見付けると、近寄ってきて膝の上に飛び乗る。俺が背中や頭を撫でると満足そうな様子を見せる。
こうしていると、フランスでペットとして人気が出ているという理由が分かる。俺は都合の良い日を聞いて、アリサたちと亜美を集め、シャドウパペットのブランド化について話し合う事にした。また執事シャドウパペットの作製も手伝ってもらう事にする。
翌々日、アリサたちと亜美がグリーン館の作業部屋に集まった。最初に三体の執事シャドウパペットを作製してから、話し合いが始まった。
「グリム先生、シャドウパペットについて、話があるという事でしたけど、どういう話です?」
天音が尋ねた。俺はモンタニエから聞いた話を説明する。
「へえー、フランスではシャドウパペットをブランド化する計画が有るんですか?」
「そうなんだ。そこで考えたんだが、日本が発祥の地なのに、シャドウパペットのブランドがないのもどうかと思うんだ」
亜美が俺に顔を向ける。
「グリム先生は、シャドウパペットを販売する会社を立ち上げようと、考えているのですか?」
「まあ、そういう事だ。但し、我々の本業は冒険者や学生だ。その会社に専念するという訳にはいかないから、人を雇って会社を運営する事になる」
将来的には亜美が会社を運営するという事でも構わないと俺は言った。
「その会社の社員は、どうするのです?」
アリサが尋ねた。
「生活魔法の才能が有っても、性格的に冒険者には向かない人も居る。そんな人たちを集めて社員にしようと考えている」
アリサたちに聞くと、そういう学生も大学には居るという。当たり前の話だが、魔物と戦うのは怖いので嫌だという者はかなり多いのだ。
それは攻撃魔法使いや魔装魔法使いも同じである。そういう者たちは魔法の才能をなかった事にして、普通の仕事をしている。以前から勿体ないと思っていた。
「生活魔法使いだけでなく、芸術的才能の有る人材も必要だと思います」
アリサに言われて頷いた。その事は身に染みて分かっている。
「そういう人材も必要だろう。美大の先生にも声を掛けてみよう」
渋紙市には美術大学や芸術大学はないが、近くの町に美術大学があるのだ。
季節は冬になり、フランスから招待状が届いた。モンタニエが約束を覚えていたようだ。俺とアリサ、それに亜美がフランスに飛ぶ。以前からフランスに行くと言っていた亜美を一緒に連れて行く事になり、必然的にアリサも一緒に行く事になったのだ。
フランスの空港では、モンタニエと彼の弟子が出迎えてくれた。
「ようこそ、フランスへ」
モンタニエがハグしてくる。俺はアリサを婚約者、亜美を弟子として紹介する。
亜美がキョロキョロと空港内部を見回している。空港が何か騒がしいのだ。
「警察が動き回っていますが、何か有ったのですか?」
「空港の出発ロビーで傷害事件が起きたようなのです。すぐに警察が捕まえますよ」
そう言ってモンタニエが駐車場へ案内する。その途中、悲鳴が聞こえた。モンタニエの弟子が何か叫んで指差した。その方向に目を向けると、大柄な男がこちらに走って来る。
その男は逃げ道を探して周りを見回し、フランス人たちより小柄な俺たちを目標にして走り始めた。大声で叫びながら、腕を振り回している。
「グリム先生!」
モンタニエが危ないので逃げるように言う。近付いてきて分かったが、その男は二メートル近い身長のがっしりした体格をしていたのだ。
「グリム先生、デカイです。セバスちゃんを出します」
亜美が不安そうな顔をしている。空港でワーベア型シャドウパペットのセバスを出せば、大騒ぎになりそうだ。俺は亜美を止めて、アリサにモヒカンで止めるように頼んだ。
モヒカンは二十キロほどしかない猫型シャドウパペットである。そのモヒカンが走り出し、男の腹に体当りした。
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