第468話 魔導人形師モンタニエ
「神だなんて、大げさです」
俺がそう言うと、魔導人形師のモンタニエが首を振る。
「いやいや、グリム先生が居なければ、シャドウパペット産業は生まれませんでした」
会議室でモンタニエと話してみると、俺が公表したシャドウパペットの塗料がフランスで評判になっているようだ。
そして、フランスでは世界各地にシャドウパペットの販売店を開き、将来的にはブランド化する予定だという。
ブランド化か、面白そうだな。俺もブランド化を考えようかな。亜美の事を思い出した。シャドウパペットを仕事にしたいと言っていたので、立ち上げだけ手伝って後は亜美に任せるというのでも良いな。
本当にブランド化するのであれば、一生の仕事になるだろう。俺が続けられるとは思えない。本業は冒険者なのだから無理だ。亜美やアリサたちとも相談して、一度真剣に考えてみよう。
モンタニエは日本にシャドウパペットを輸出する場合の手続きや税金について話し合うために、フランスの官僚と一緒に来日したらしい。
シャドウパペットは、生物なのかロボットのようなものなのか、国家間で意見が分かれているようだ。そんな事も日本の官僚や政治家と話し合っているという。
「ところで、私に会いたいと言ったそうですが、どういう事でしょう?」
俺が尋ねると、モンタニエが頷いた。
「まず世界冒険者フォーラムで、披露された戦闘用のシャドウパペットを、見せて頂きたいのです」
あの時は、ハクロとエルモアを披露したのだが、それを見たフランス人の誰かがモンタニエにエルモアの事を話したのだろう。
「エルモアを見たいというのですか。ですが、エルモアは先日作り変えたばかりなんです」
「ほほう、さらにバージョンアップされたのですか。よろしければ、是非見せて頂きたい」
見ただけではエルモアの真価は分からないだろうが、モンタニエの熱意を感じて見せる事にした。影からエルモアが出て来ると、その大きさにモンタニエと佐藤が驚いた。
モンタニエは、エルモアを見てゴクリと唾を飲み込んだ。
「素晴らしい。力強さと芸術性を兼ね備えている」
ギリシャ彫刻にも通じる肉体美と知性が感じられるという。ある意味、アーティストの感性は鋭いと思った。ただモアイ像に似ているエルモアの顔を見て、芸術性を感じると言われると複雑な気持ちになる。
「グリム先生、フランスに来て我々と一緒に働きませんか?」
これが一番の用件だったらしい。俺がフランスへ行ったら、シャドウパペットの第一人者として尊敬を集める存在になるだろうとモンタニエが言う。嬉しい誘いだったが、断った。俺の目標は生活魔法を発展させ、生活魔法使いの評価を上げる事だったからだ。
「そうだ。あなたの作品を見せてもらえませんか?」
俺が頼むとモンタニエが嬉しそうに頷いた。そして、ベンガル山猫の姿を模倣したシャドウパペットを影から出した。野性と可愛さが同居しているシャドウパペットで、さすが一流のアーティストが作り出した作品だと感心する。
「残念ですな。フランスで先生と一緒に働きたかった。そうだ、一度フランスに来ませんか? 今年の冬には、ヴェルサイユダンジョンの五層への道が開かれるそうですよ」
ヴェルサイユダンジョンの四層は、広大な海が広がるエリアである。数年に一度四層の海面が下がる不思議な現象が起きる時期があるという。
その時、普段は海面下にあったトンネルが顔を出し、そのトンネルから五層へ行けるようになる。その五層にはゴブリン帝国が築かれているそうだ。
ちなみに、四層の海には巨大種であるレヴィアタンが棲み着いており、海に潜ってトンネルを通過するのは、不可能に近いと言われている。
そして、五層にはオリハルコンの鉱床があるらしい。しかも中ボス部屋には、ゴブリンエンペラーが居るようだ。
それを聞いて興味を持った。レヴィアタンとは戦いたくないが、ゴブリンエンペラーを仕留めると便利な魔導装備をドロップすると聞いているので試してみたい。
いろいろと話して、招待を受ける事にした。二度目の海外だったタイへ行った時は、全く観光などできなかったが、わざわざフランスにまで行くのだから、評判のレストランで本場のフランス料理を食べ、観光名所を訪ねてみたいものだ。
「戦闘用シャドウパペットというのは、エルモア一体だけなのですか?」
モンタニエが尋ねた。
「いえ、もう一体居ます」
「見せてもらえませんか?」
俺は頷いて為五郎を影から出した。為五郎の身長はエルモアより低いが、その筋肉量は為五郎の方が圧倒的に多い。それにふさふさの毛が全身を覆っているので、為五郎の方が二倍ほど大きく見える。
「こ、これはワーベアの重戦士ですな。凄い、それにいろいろな工夫を組み込んでいるようですな」
モンタニエが唸るように声を上げた。
「エルモアと為五郎は、一緒にダンジョン探索をする仲間ですから、魔物と戦うための工夫を凝らしています」
「我々も頼まれて護衛用のシャドウパペットを作製する事も有るのですが、ここまで重装備なものを作る事はありません。それにD粒子を練り込んだシャドウクレイを大量に用意する事ができないので、まだこの大きさのシャドウパペットは作れないのです」
D粒子を練り込んだシャドウクレイは、D粒子が均質に混ざっていないと最後の仕上げでシャドウパペットがダメになる。
なので、何人かの生活魔法使いが手分けして用意した加工済みシャドウクレイを合わせたもので、シャドウパペットを作製するという方法は上手くいかない。
「我が国では、その方法を研究中なのです。……グリム先生は解決済みのようですが、公表されないのですね」
「大型のシャドウパペットは、悪用されると危険なので公表していません」
それを聞いた佐藤が目を丸くした。
「それは本当ですか?」
「本当です。ただ危険なだけでなく、凄く便利なんです。自宅では執事シャドウパペットを作製して、使っているほどです」
「執事シャドウパペットですか、素晴らしい。それを聞いたら、我が国でも欲しがる者が殺到するでしょう」
モンタニエが羨ましそうな顔をする。
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