第467話 エルモアの改造
「十六層の探索を終わらせて、十七層への階段を見付けたかったけど、時間切れだな」
『ジャバウォックを倒したのですから、今回の成果は大きいと思いますよ』
冒険者ギルドへの報告を終え渋紙市に戻った俺は、ミカンを配った後に三橋師範のところへ行った。俺の顔を見た三橋師範が、
「偶には練習に来ないと、腕が錆びるぞ」
「済みません、遠征してダンジョン探索をしていたんです。これはお土産です」
俺はミカンと『竜鱗ブーツ』を渡した。
「このミカンは、去年と同じものだな。しかし、このブーツは?」
「中ボスを倒したら、そのブーツがドロップしたんです」
「だったら、自分で使えばいい。魔導装備ではないのか?」
「はい、『竜鱗ブーツ』という魔導装備で、脚力を最大六倍にします」
俺は使い方を説明した。
「それほどの魔導装備なら、グリムが使った方が良いだろう」
俺は肩を竦めた。
「ちょうど竜王の革で、戦闘用の靴を注文したばかりなんです」
「こちらが『竜鱗ブーツ』なら、そちらは『竜王靴』か。だが、魔導装備ではないのだろ?」
「俺には同じような機能を持つ魔導装備が、他にあるんです」
「分かった。ありがたく頂こう」
三橋師範が感謝してくれた。そして、礼だと言って俺を厳しくシゴキ始める。そんな礼など要らない、と心の中で叫びながら練習する。御蔭でナンクル流の中でも難しい部類に入る『
この『王闘』の型はナンクル流独自のもので、攻防一体の技を秘めている型である。練習が終わった後、三橋師範が『竜鱗ブーツ』を履いて試してみた。構えた状態から、地面を蹴って一気に七メートルほど跳ぶと、使えそうだと三橋師範が笑った。
高く跳躍するのではなく、地面スレスレを滑るように跳んだやり方を見て、溜息が出た。俺が同じ事をしたら、もっと高く跳んだだろう。そして、跳躍している間は敵の攻撃を避けられなかったはずだ。
しかも、予備動作である起こりが全くなかった。気付いた時には跳躍しており、着地と同時に突きを繰り出していた。あれが俺に対して繰り出された技なら、何の対応も取れずに突きを食らっていたに違いない。
三橋師範のところから戻った俺とメティスは、エルモアのボディについて話し合い。必要なパーツの製作を依頼した。そのパーツが完成し、届けられるとエルモアの改造が始まった。
千佳と亜美、それに根津にも手伝ってもらう。エルモアのボディを破壊し、ソーサリー三点セットや魔導コア、収納リングなどを回収する。
使う魔導コアは、元々のものにシャドウオーガの影魔石から作った魔導コアを融合したものを使う。D粒子を練り込んだシャドウクレイの量は百五十キロである。
まず為五郎と千佳に大体の形を作ってもらう。尻尾なしの人型で細マッチョな体形、身長は百八十センチである。その内部に<ベクトル制御><反発(地)><反発(水)>の特性三つを付与した金属球体を腰と頭の部分に埋め込む。
亜美が首を傾げた。
「グリム先生、この金属球は何ですか?」
「ああ、ホバービークルに使っているのと同じ特性の金属を使っているんだ」
「つまり、魔力を流し込むと浮き上がるのですね」
「そうだ。新しいエルモアを空中で自在に動けるようにしたいんだ」
亜美が感心したように頷いた。
「フランスにもない。全く新しいシャドウパペットですね」
頭の部分に埋め込んだ金属球体の内部には、魔導コアとシャドウクレイが詰められている。シャドウクレイは魔導コアを固定するために入れた。また金属球体には多数の穴が開いており、魔導コアと全身が神経網で繋がるように考慮している。
他に同じ特性を付与した金属製の骨を足首から下と腕に埋め込んだ。今回使った金属は紫金鋼である。紫金鋼は融解して固まった後に、魔力を流し込むと形を記憶するらしい。
悪魔の眼と悪魔の耳、それにソーサリーボイスを埋め込み、収納リング、コア装着ホール六個、魔力バッテリー四個も埋め込む。
皆で調整して、細部まできっちりと作り込む。もちろん、顔はメティスの要望で今まで通りである。メティスはなぜか、この顔が気に入っているようだ。
最後に塗装であるが、髪や眉毛は黒いままで肌の色は桜色にした。この桜色に市販の化粧品で化粧すると日焼けしていない日本人の平均的な肌に近くなるらしい。メティスの研究結果である。
仕上げに魔力を流し込むと、骨が形成され筋肉・肌・髪が完成する。メティスが制御すると、すぐに動けるようになった。服を着させて、動作テストしてみる。大丈夫なようだ。
「皆、ありがとう。問題ないようだ」
手伝ってもらった弟子たちには、金剛寺とトシゾウが作ったご馳走で労をねぎらった。その席で亜美が、フランスから有名な魔導人形師が来ると教えてくれた。
魔導人形師というのは、シャドウパペットを作る職人や技術者の事である。
「それがどうかしたのか?」
「有名な魔導人形師が、わざわざフランスから来るんですよ。先生に会いに来るのは間違いないと思います」
そんな連絡は受けていないから、どうなんだろう? シャドウパペットを作る者として興味がないという訳ではないが、遠いフランスから俺に会いに来るのではなく、何かの用が有って来日し、ついでに俺に会おうというくらいなら、大した用はないはずだ。
フランスの魔導人形師の事を忘れた頃に、政府の役人から連絡があった。その魔導人形師が、俺に会いたがっているので、時間を作れないかというのである。
エルモアの改造も終わって時間が空いているので、俺は承知した。その魔導人形師が、どんなシャドウパペットを作製するのか興味が有ったのである。
東京の経済産業省で会う事になり、俺は昼から東京へ向かった。東京に到着し経済産業省の庁舎に行く。庁舎の中に入ると、役人の佐藤という人が出迎えてくれた。
「遠いところをありがとうございます」
「フランスの魔導人形師という方は、どんな方なんですか?」
「モンタニエ氏は、フランスのシャドウパペット産業を代表する魔導人形師です。彼が作製したシャドウパペットは、一千万円を超える値段で売買されているんですよ」
佐藤はモンタニエが凄いアーティストだと教えてくれた。フランスのシャドウパペット作りでは、アーティストが誕生しているらしい。
フランスのシャドウパペットは、ペット用と護衛用の二つが主流だったが、芸術作品というものも生まれているらしい。
「失礼のないようにお願いします。ところで、榊さんがシャドウパペットの作製方法を発見した、と聞いていますが、本当ですか?」
俺の事も少しは調べたようだ。
「ええ、本当です」
佐藤が溜息を漏らす。
「日本で産業の種が発見されたのに、それを育てたのが、フランスだというのは寂しい話ですね」
他人事のように言っているが、経済産業省の責任でも有ると俺は思っていた。
会議室に案内され、モンタニエに紹介された。モンタニエは感激した様子で、俺の手を取って握手した。
「グリム先生、あなたはシャドウパペット産業の神です」
驚いた事に、モンタニエは日本語が上手かった。だが、話の内容は大げさだと思うようなものだ。それを聞いた佐藤も驚いた顔をしている。
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