第451話 一勝一敗

 聖パルミロという人物についての情報を慈光寺理事に報告した俺は、渋紙市へ戻り調べ物をした。その結果、グリーン館の改装を頼んだ会社の社員が一人殺されるという事件があったのを知る。


『あの冒険者崩れが、何で冷凍庫の場所を知っていたのか、不思議に思っていたのですが、殺された人物から情報を手に入れたのかもしれませんね』


 メティスの推測に賛同した。と同時に、関係ない人を殺すという非情さに怒りが湧く。

「そうだな。バタリオンの中に裏切り者が居る、なんていうのが一番嫌だったんだけど、ちょっと安心したよ。この情報も警察に伝えなきゃいけないな」


 その後、冒険者ギルドへ行った。近藤支部長にも報告しておくべきだろうと思ったのだ。


 俺が冒険者ギルドへ入ると、すぐに支部長室へ通された。

「鉄心君から聞いたよ。災難だったな」

「全くです。せっかく作った警備用シャドウパペットを三体もダメにされました」


 それを聞いた支部長が、笑った。

「笑い事じゃないですよ」

「失礼、グリム君にとってはシャドウパペットの方が重要だったらしいと思ったら、おかしくなった。それはさておき、怪我人とかは出なかったのだろう?」

「ええ、幸いにも出ませんでした」


「詳しい話を聞かせてくれ」

 俺はパルミロとの経緯を説明した。

「なるほど、パルミロはアムリタを作るために、竜王の血を欲しがっていたのか。マジックポーチに収納すれば、良かったんじゃないか?」


「無理です。血液はすぐにダメになるので、冷凍しておかなければならないんです」

「だったら、不変ボトルに入れておけば」

「俺はソロでダンジョンに潜る冒険者なんですよ。保険のためにも不変ボトルには、万能回復薬を入れて置きたいです」


「そうか、冒険者としての活動を続けるのなら、少しでも安全性を高くするためにも、不変ボトルは使えないか。それなら冷凍庫ごと収納すればいいのでは?」


 俺はジト目で支部長を見た。

「収納系魔導装備に収納した機械は、ちゃんと動くんですか? それに電源はどうするんです。バッテリー付きの冷凍庫とか普通の店にはないですよ」

 支部長が『そうだった』という顔をする。機械はスイッチを切った状態で、収納するのが普通なのだ。


「なるほど、自分の冒険者生活を犠牲にしてまで、竜王の血を守り続けたいとは思わなかった、という事だな」


「当たり前です。俺はアムリタなんか欲しがっていませんから」

 その時、マリアがコーヒーを淹れて運んできた。

「どうぞ」

「ありがとう」

 コーヒーを飲んで一息入れる。


「グリム先生、グリーン館に泥棒が入ったと聞きましたけど、根津君は大丈夫だったんですか?」

「大丈夫だ」

「そうですか。でも、グリーン館は思っていたより不用心だったんですね」


 マリアの言葉を聞いた支部長が異議を唱えた。

「それは違う。警備用のシャドウパペットが三体で守っているのは、凄い事なんだぞ。普通なら泥棒も簡単に捕縛したはずだ」


「でも、狙われているのは、知っていたのだから、警備を厳重にする必要があったのではないですか?」

 マリアが厳しい事を言う。マリアは大切なものが盗まれたというのが、悔しいのだろう。

「今回は、そこまで対策を練る時間がなかった。パルミロとの話し合いが、あんな形で終わってから、賊が入るまでが早すぎたんだ」


 支部長が頷いた。

「日本は治安が良い国だ。冒険者が犯罪を犯す事件も少ない。だから、グリム君も警備用シャドウパペットに任せれば、大丈夫だと判断したのだろう」


「外国から冒険者崩れを連れてくるとは、思ってもみませんでした」

「そこを予想して、警備を厳重にしろ、というのは無理か」


 ちなみに、俺の予想は完全に外れた。パルミロに竜王の血は、研究用として使うと言ったので、研究所かどこかに運ばれた後に、日本の偉い人を操って竜王の血をぶんどるのではないかと予想していた。


「とにかく予想以上に動きが早かったんですよ」

 何をするにも準備期間が必要だと思っていたのだ。だが、実際は三日も経たずに仕掛けてきた。もしかすると、こういう事に慣れているのかもしれない。


 支部長が俺の顔を覗き込んだ。

「何です?」

「ちなみに、グリム君はどういう風に仕掛けて来ると予想していたのだ?」


「そうですね。弟子たちの誰かを暗殺するのを止めたかったら、竜王の血を寄こせと要求するとか、日本の偉い人が来て、研究のために竜王の血を分けてくれ、と頼むかですね。その場合は時間を空けてから、仕掛けて来ると思っていました」


 時間を空けないと、パルミロの仕業だという事が、見え見えだから速攻で来るとは思わなかった。そして、そう言う場合は、警察に届けるか、政府に確認するつもりだった。


 マリアが俺の顔を見て、首を傾げた。

「グリム先生は、盗まれて大変だ。という感じじゃないですね」

「竜王の血より、薬になるかもしれない肉の方が重要だと考えていたからな」


「アムリタは、凄いと思うんですが」

 マリアはアムリタに興味があるようだ。まあ、大勢の人が興味を持つと思う。だが、不老不死になる代償が有るかもしれないし、人間以外のものになるかもしれない。危険だと思った。


 俺は慈光寺理事から聞いた神へ至る道という碑文について話した。

「パルミロが、神を目指しているというのか?」

「そういう話も出たというだけです。確証はありません」

 それを聞いた支部長が難しい顔になった。


「パルミロとグリム君は、何度も戦う事になるかもしれんな。今のところは一勝一敗だな」

 マリアが『何の事です?』という顔をする。


「グリム君が聖パルミロの正体を見破って、一勝。パルミロが竜王の血を奪って、一敗という事だ」

 それを聞いて、嫌な気分になった。

「あんなゲス野郎と関わるのは、もうごめんですよ。ああいう野郎の相手は勇者がして欲しいですね」


「勇者は魔王退治で忙しいのだ。邪神は経験から言えば、グリム君だろう」

 支部長が笑いながら言った。

「聖パルミロを邪神扱いですか?」

「邪神候補じゃないかな。このままだと本当に邪神になるかもしれないぞ」


 支部長は冗談のように言っていたが、その目が笑っていなかった。


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