第452話 不老不死
竜王の血が盗まれてから四日後に、ドイツの勇者シュライバーの屋敷から壁に飾られていた『龍王ナマズの髭』が盗まれた。それを盗んだ三人組は、アメリカに向かった。
その三日後、深夜二時にアメリカの冒険者博物館に侵入する影があった。簡単に塀を跳び越えて侵入した三人組は、建物の壁に張り付くと、手足だけを使いボルダリングの要領で壁を登り始める。
屋上まで上った三人は、屋上のドアの鍵をこじ開け中に侵入した。ここに警報機などが設置されていない事は調べていたようだ。
屋上から階段を下りて二階へ向かった三人は、奥の展示場へ向かう。通路の角から光が見える。三人の中の一人がナイフを抜き構える。
警備員が角から出てきた瞬間、その首にナイフを突き刺す。プロの手際だった。警備員は何が起きたのか分からないうちに死んだ。
その死体をトイレに運び込んで隠し、静かにナイフを引き抜いた。血がトイレの床を流れ始めると、急いでトイレを出る。『大蛇アポピスの牙』が展示されている前まで来た三人は、警報装置を探して解除する。
ニヤリと笑った男が、『大蛇アポピスの牙』を取り外しマジックポーチの中に仕舞う。
他の警備員が仲間を探しに来た時には、『大蛇アポピスの牙』はなくなり侵入者の姿もなかった。トイレで殺されている警備員も発見されると大騒ぎとなったが、ほとんど手掛かりは残されていない状況だ。
鮮やかな仕事であり、グリーン館に侵入したシリア人たちとは全く違う。プロが計画した犯罪なのは明白で、聖パルミロの従者であるルベルティの部下たちの仕業だった。
「ルベルティ、素材は揃ったのですか?」
「はい、どうしても見付からなかった『竜王の血』を日本で手に入れる事ができました。パルミロ様は運がよろしいようでございます」
「運ではなく実力です。そんな事より、アムリタを作ります」
ここはイタリアにあるパルミロの別荘である。以前から集めていた素材と『竜王の血』『大蛇アポピスの牙』『龍王ナマズの髭』が揃って、アムリタの素材が全て用意できた。ちなみに、竜王の血は不変ボトルに入っている。後藤たちがオークションに出した不変ボトルを落札したものだ。
ここにはアムリタを作るために用意させた特注の機械も揃っていた。それらの機械も使って、アムリタの製造が始まる。
複雑な手順で慎重に作業が行われ、アムリタが完成したのは三日後の事だった。出来上がったアムリタは、赤ワインのような液体に見える。
「ルベルティ、特別に用意した容器を持って来なさい」
「畏まりました」
ルベルティは三本の細長い魔法薬瓶を持ってくると、ビーカーのような容器から慎重に魔法薬瓶にアムリタを移し替える。
「三人分か。一人分で十分なのですが、まあいいでしょう」
「パルミロ様、この二本はご自身で保管するべきです」
まずアムリタを二本だけ受け取ったパルミロは、それを収納リングに仕舞う。そして、残った一本を受け取って、じっくり眺めてから、深呼吸する。
「いよいよ、神への一歩を踏み出しますよ」
パルミロは、手に持っているアムリタを慎重に飲み干した。その瞬間、パルミロの目が真っ赤に染まる。そして、パルミロの全身から魔力が溢れ出た。
A級魔装魔法使いが行うウォーミングアップを超える量の魔力が、別荘の部屋に充満する。耐えきれなくなったルベルティは急いで部屋を出た。
ルベルティが部屋の外へ出た瞬間、部屋の中で爆発したような音が聞こえる。一時間ほど何かが壊れる音が聞こえていたが、静かになる。ルベルティは部屋に入った。
「パルミロ様」
笑い声が聞こえた。
「不老不死を、ついに手に入れたぞ。……私は神に近付いた」
壊れた部屋の中で笑っているパルミロを見たルベルティは、その姿が以前のものと変わらないのを見て、ホッとした。
だが、よく見ると瞳が赤く変わっている。ただ外見の違いは目だけだったが、その身体から漏れ出す魔力量は人間を超えていた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
アリサたちがグリーン館に来た。その日の俺は、作業部屋で新聞を読んでいた。ここに侵入したシリア人たちの情報が載っていたのである。
あのシリア人たちは、D級の上位に相当する冒険者だったらしい。ただ犯罪を犯して冒険者ギルドから五年間の活動禁止を言い渡されていたようだ。
アリサたちは楽しそうに喋りながら作業部屋に入り、ソファーに座った。
「先生、調べましたよ」
由香里に言われて、何の事だと思ったが、アムリタについて調べると言っていたのを思い出す。
「何か分かったのか?」
「はい、大学にある魔法薬に関する本を調べて、アムリタを作るために必要な材料が分かったんです」
由香里の話によると、アムリタを作るためには『竜王の血』『大蛇アポピスの牙』『龍王ナマズの髭』の貴重な材料と他にいくつかの材料が必要らしい。
『『大蛇アポピスの牙』と『龍王ナマズの髭』と言えば、盗まれたというニュースを聞きました。パルミロたちが盗んだ確率が高いようです』
盗まれたというニュースは知らなかった。アムリタを作るために、パルミロたちが活動しているのは間違いなさそうだ。
「このままだとパルミロが不老不死になってしまいます。大丈夫なんでしょうか?」
千佳は漠然とした不安を抱いているようだ。
「私も不安を感じます」
アリサも不安だという。
とは言え、パルミロは日本で活動している訳ではない。イタリアまで赴いて竜王の血を取り戻すというのは、無謀すぎる。
『もしかしたら、もうアムリタを作ったかもしれません』
メティスの言葉に、その可能性もあると頷いた。
「その場合、アムリタが与える不老不死というのは、どんなものなんだろう?」
アリサが首を傾げた。
「そうですね。不老はまだいいとして、不死というのは、どういう意味で不死なんでしょう」
「スライムみたいに、切ってもまた元に戻るとか」
ちょっと不気味な事を天音が言い出した。
「ダンジョンの魔物のように、復活するようになるんじゃないか」
俺が意見を言うと、アリサたちが嫌そうな顔をする。
アリサが俺に視線を向ける。
「そうなると、神剣グラムで封印するしかないかな」
それって、俺が封印する事になるのか、無茶苦茶危ない仕事になる。情報をアメリカやドイツに送って、世界全体でパルミロを追い詰めるようにするしかないな。
A級冒険者からの情報ならば、世界も無視する事はしないはずだ。
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