第446話 ヴァースキ竜王との戦い

 俺たちは冒険者ギルドの職員に案内されて、アユタヤの北側に向かった。

「あんたは、生活魔法使いなんだろう?」

 ベトナムから来たクエットが英語で尋ねた。三十代の逞しい男で、剣を使う魔装魔法使いらしい。

「そうだけど、それが何か?」


「魔装魔法使いじゃないのに、ヴァースキ竜王を相手に、接近戦なんて大丈夫なのか?」

「ええ、大丈夫です」


 言葉は荒いが、心配してくれているようだ。

「でも、あのブレスを躱すには、素早さ強化系の魔装魔法が必要だぞ」

「素早さを上げる魔導装備が有ります」

「なるほど、そういう事か。だったら、心配無用だな」


 ヴァースキ竜王が使う竜王障壁は常時展開するような能力ではないようだ。かなり魔力を消費するものなので、九個ある頭の一つが管理しているという。


 その竜王障壁を展開している時は、鱗の色が白からオレンジ色に変わるらしい。なので、白色の時に攻撃する事になる。そして、竜王障壁の持続時間は二分ほどだそうだ。


 破壊された街を十五分ほど進むと、ヴァースキ竜王が見えた。全長は二十メートルほどで、巨大なワニの胴体から九本の長い首が伸びて頭が付いている、という感じである。


 ヴァースキ竜王が俺たちに気付いて、巨体の向きを変えた。その拍子に尻尾がビルに当たり壁がガラガラと音を立てて崩れる。


 俺たちは散開して、ヴァースキ竜王をサッカーコートがある場所に誘い出す事にした。魔装魔法使い三人と俺は、魔導武器を持ってヴァースキ竜王に駆け寄る。


 俺は『韋駄天の指輪』に魔力を注ぎ込みながら、神剣グラムを抜いた。ヴァースキ竜王の鱗の色は白い。まだ危険を感じていない証拠だ。


 四人が一斉にヴァースキ竜王の四本の足を攻撃した。神剣グラムが太い足を斬り裂くと、ヴァースキ竜王が一斉に叫び声を上げる。九個ある頭の全てが痛みを感じたようだ。


 鱗の色が白からオレンジ色に変化する。試しに足に斬り付けると、何か壁のようなもので弾かれた。頭の一つが俺を睨み、大きな口を開ける。


「ヤバい」

 俺は『韋駄天の指輪』の効果で上がったスピードを活かして、ヴァースキ竜王の足元から脱出する。それを追うように火炎ブレスが吐き出された。火炎ブレスは地面を焼きながら近くの家にまで伸びて爆発した。ガスボンベか何かがあったらしい。


 クエットはまだ攻撃を続けている。たぶん魔法無効の魔導武器を持っているのだろう。クエットはヴァースキ竜王の背中に飛び乗って、九本ある首を狙い始める。魔法無効の剣が二本の首を切り裂いた。足止めだけじゃ不満だったようだ。


 距離を取った俺は『クラッシュボール』を発動して、D粒子振動ボールをヴァースキ竜王へ放った。それに気付いたヴァースキ竜王は、コールドブレスで迎撃する。D粒子振動ボールが途中で消滅した。コールドブレスは魔法まで凍りつかせてしまったらしい。


 足止め役の俺たちが苦労している間、攻撃魔法使いたちも遊んでいた訳ではない。『ドラゴンキラー』の魔法を使って攻撃している。


 稲妻で作られた三メートルもある矢のようなものが、ヴァースキ竜王に向かって飛び竜王障壁と衝突する。矢は障壁に小さな穴を開け稲妻を流し込む。本来なら頑丈な鱗に穴を開け、稲妻で竜の肉体を焼くのだろう。しかし、今回はヴァースキ竜王の表面に稲妻をぶつけるだけなので、ダメージは少ないようだ。


 『クラッシュソード』を試そうと近付いた時、頭の一つが俺を睨んで口を大きく上げた。ブレスだろうと思い逃げる。その途中、急に頭が痛くなり足がよろける。


『超音波ブレスです。『フラッシュムーブ』を使ってください』

 メティスの声が聞こえた俺は、『フラッシュムーブ』を使って逃げた。百メートルほど移動すると頭痛が無くなる。ヴァースキ竜王からの距離が遠かったので頭痛程度で済んだが、近距離で超音波ブレスを浴びたら気を失ったかもしれない。


 俺はクエットが気になって確認した。クエットが地面に倒れている。俺と同じく超音波ブレスを浴びたらしい。俺は影から為五郎を出して、クエットを救出するように指示した。


 為五郎は全力で走りクエットのところへ辿り着くと、クエットと魔法無効の剣を抱えて戻ってきた。火炎ブレスの追撃を受けたが、逃げ切った。さすがシャドウクレイ百八十キロを使って作り上げたボディだ。パワーが半端じゃない。


 超音波ブレスについては、タイの冒険者ギルドから説明を受けていたのだが、正確ではなかったようだ。これほど有効射程が長いとは聞いていない。クエットは死んではいないが、戦える状態ではなかった。


 魔物へ目を向けると、二本の首にダメージを負ったヴァースキ竜王は地面に穴を掘って隠れてしまった。穴の中で傷を癒やすつもりなのだろう。


 魔装魔法使いのギルベルトとバトムンフが、俺のところへ集まってきた。為五郎をチラッと見てから、ギルベルトが質問する。


「クエットは大丈夫なのか?」

「超音波ブレスでダメージを受けて、気を失ったようだ」


 ギルベルトがもう一度為五郎を見た。

「それは?」

「ワーベア型のシャドウパペットだ。よくやった、為五郎」

 俺は為五郎を影に戻した。


 一度撤退する事も考慮して、シェーカルのところに戻る事にした。話し合いが必要なのだ。こんな風にゆっくり喋れるのも、ヴァースキ竜王に大きな弱点が有るからだ。


 それはヴァースキ竜王の移動速度が遅いという事だ。足止めなんて必要あるのだろうか? と思えるほど足が遅いのである。穴から飛び出して来ても、襲われる前に余裕で逃げ出せる。


 俺がちょっと愚痴ると、ギルベルトが苦笑いする。

「初めて戦う相手なんだ。こういう事はよく有る」

 俺たちはシェーカルのところに戻り、相談した。シェーカルも足止めは必要ないと思ったようだ。

 そうだ、神剣グラムの効果も発揮されているのかもしれない。


「それよりも竜王障壁を発生させる頭を何とかできないか?」

 ギルベルトが厳しい顔をする。

「それは難しいと思う。他の頭が守っている。それに超音波ブレスが思っていた以上に厄介なんだ」


 クエットは冒険者ギルドの職員が病院へ運ぶ手配をしている。ただ魔法無効の剣は、借りる事になった。


「そうだ、ヴァースキ竜王が穴から出てきた瞬間なら、竜王障壁を発生させる頭を潰せるかもしれない」


 俺の言葉を聞いて、シェーカルが首を傾げた。

「しかし、穴から出て来るとしたら、竜王障壁を発生させてからだと思うぞ」

「魔導武器を準備する時間が取れるなら、竜王障壁は問題ない」


 光剣クラウ・ソラスのプロミネンスブレードを使って、ヴァースキ竜王を仕留めようと思っていたのだが、次々にブレスを使うのを見て、プロミネンスブレードを発生させる時間がないと気付いたのだ。


 魔力を注ぎ込んでいる間に、火炎ブレスで焼き払われてしまいそうだった。ただ穴の近くでプロミネンスブレードを発生させてから、誰かに穴を攻撃させてヴァースキ竜王を地上に引きずり出し、プロミネンスブレードで攻撃するなら問題ない。


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