第445話 ヴァースキ竜王討伐チーム
俺が支部長室に入ると、支部長が詳しい状況の説明を始めた。
「今から六時間前に、タイのアユタヤにヴァースキ竜王が現れた」
「六時間も前ですか。遅いのはなぜです?」
「タイは自分の国だけで、ヴァースキ竜王を倒せると考えたようだ」
ヴァースキ竜王が発見された直後、タイの冒険者ギルドと軍は自分たちだけで倒そうと計画し、タイの冒険者ギルドは冒険者の中から精鋭を集め、軍は近代兵器部隊を用意したらしい。
「タイの冒険者の中で、A級は一人だけだと聞いた事があります」
「その通り、A級一人とB級八人でチームを組んで、ヴァースキ竜王を倒すつもりだったようだ」
その冒険者ギルドより先に、ヴァースキ竜王と戦ったのがタイの軍隊だった
ヴァースキ竜王が出現した時、ダンジョンの近隣に住む二百名ほどの人々が犠牲になったらしい。それからタイ軍が出動して住民を避難させた。
その後、戦車部隊と爆撃機を使ってヴァースキ竜王を倒す作戦を実行した。だが、ヴァースキ竜王は魔法を持っていた。
魔法障壁をもっと強力にしたような魔法である。その魔法を使って軍の攻撃を全て防いだ。タイ軍は『竜王障壁』と名付けたという。
そして、三種類のブレスを使う事が分かった。コールドブレス・火炎ブレス・超音波ブレスの三種類である。それらのブレスを使って、ヴァースキ竜王は戦車部隊を壊滅させ、爆撃機を落とした。
「軍の犠牲者数は、まだ発表されていないようだ」
「それで、タイの冒険者たちはどうなったんですか?」
「討伐に失敗した。それが一時間前の事だ」
その頃になってようやく、タイは他国に救援を求めたらしい。世界冒険者ギルドでは、アジア・オセアニアの各国からA級冒険者を集めて、ヴァースキ竜王を倒す事にした。
「日本からもA級冒険者を一名出す事になった」
「まさか、俺が選ばれたんですか?」
「高瀬君はダンジョンで怪我をして、入院している。ランキング順位で選ぶとグリム君という事になるんだ。嫌なら断ってもいい」
「何人ほどのA級冒険者が集まるんですか?」
「オーストラリア・インド・インドネシア・ベトナム・中国・モンゴル・日本から一名ずつが集まるので七名だ」
A級が七名も居れば、ヴァースキ竜王でも倒せるだろう。俺は参加する事にした。
「そうだ。パスポートやビザはどうするんです?」
「行ってくれるのであれば、日本政府とタイ政府が用意する」
しかも、専用機で行く事になるらしい。俺は渡航する準備のために一度帰宅してから冒険者ギルドに戻ると迎えの人たちが来ていた。
マイクロバスに乗せられて航空自衛隊基地に連れて行かれ、軍用機でタイへ向かった。
「専用機と聞いたから、政府専用機だと思ったのに」
それを聞いた同行者の磯辺大尉が笑う。ちなみに、自衛隊はD粒子の影響で世界が混乱した時に、階級の呼称を変更している。
「政府専用機も航空自衛隊が管理していますから、同じようなものですよ」
絶対違うだろうと思った。
「それにしても、俺一人を輸送するために、これだけの護衛が必要なのか?」
この専用機には、二十名ほどの護衛が乗っていた。
「グリム先生が、それだけ重要人物だと言う事です。危険になったら逃げてください」
「俺はヴァースキ竜王を倒しに行くんだぞ。逃げ出したら役目を果たせない」
俺がタイの空港に到着すると、何の入国検査も無しで通された。普通なら厳しいチェックが有るのだが、それほどの緊急事態だという事だ。
それからタイ政府が用意した車でアユタヤに向かった。アユタヤの冒険者ギルドへ行って、到着した事を報告する。支部長が英語を話せたので、英語での報告になる。
俺は集まるメンバーを確認した。オーストラリアから魔装魔法使いのギルベルト、インドから攻撃魔法使いのシェーカル、インドネシアから攻撃魔法使いのスカワティ、ベトナムから魔装魔法使いのクエット、中国から攻撃魔法使いの
この中でランキングが百位以内なのは、オーストラリアのギルベルトとインドのシェーカルだけのようだ。他の国は本気でタイを助ける気がないのだろうか? それとも本当に人材不足なのか?
ランキング順位だけで冒険者の実力を測れないという事は分かっている。だが、一つの尺度となるのも事実だ。
「現在、ヴァースキ竜王はアユタヤの北側で暴れています。我々としては一刻も早く退治して欲しいのですが、これ以上の犠牲者も出したくないのです」
タイの冒険者がヴァースキ竜王と戦った結果、五名の冒険者が死亡しているらしい。俺はホテルで待機する事になった。A級全員が集まるまで待てというのだ。
アユタヤの人々は避難したらしく街は閑散としていた。ホテルの最上階に上って街の様子を確かめると、北側が破壊されていた。まだ煙を上げている建物もある。
二時間ほど時間を潰すと冒険者ギルドの職員が呼びに来た。全員が揃ったらしい。ホテルのロビーで打ち合わせする事になった。
この戦いの指揮を執るのは、インドのシェーカルに決まる。彼が一番ランキング順位が高く、冒険者の経験が長かったからだ。
シェーカルが立てた作戦はシンプルだった。魔装魔法使いがヴァースキ竜王の足を攻撃して、動けないようにしてから、攻撃魔法使いと俺が強力な魔法で袋叩きにするというものである。
「支部長に質問なのですが、タイの攻撃魔法使いは、どんな魔法を使って攻撃しましたか?」
俺が質問すると支部長が渋い顔になり、説明を始めた。
「『デスショット』『ソードフォース』『メガボム』『フレアバースト』『スーパーノヴァ』『ドラゴンキラー』などを使いましたが、ダメージを与えたのは『ドラゴンキラー』だけでした」
周囲の街が破壊されても構わないという感じだ。それだけヴァースキ竜王の脅威が凄まじいのだろう。
それを聞いたシェーカルは、厳しい顔になる。
「なるほど、『ドラゴンキラー』以上の魔法で攻撃しなければならないのだな。ところで、生活魔法に『ドラゴンキラー』に匹敵する魔法が有るのかね?」
そう聞かれて困った。俺は『ドラゴンキラー』を見た事がないのだ。
「ヴァースキ竜王を仕留められる攻撃手段という意味なら、所有している」
そう答えるとシェーカルが迷うような表情を浮かべた。信用していいか迷っているようだ。
「これでも魔導武器で、邪神チィトカアを倒している」
「ほう、生活魔法使いは接近戦も得意としているのか。それなら、魔装魔法使いと一緒に足止めの攻撃を担当してくれないか」
「生活魔法使いが接近戦を得意としている訳ではないのですが、分かりました」
足止めというのなら、神剣グラムがある。それに攻撃魔法使いたちが、どんな魔法でヴァースキ竜王を仕留めるのか興味が湧いた。
ただ俺の心の中に不安が渦巻き始めた。シェーカルの作戦案は合理的で基本に忠実だと思えるのだが、何か忘れているような気がするのだ。
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