第438話 韮崎とグリム

「これは……何が起きたのだ?」

 大槻師範が試合会場から出て来て、気を失っている巨漢選手の姿を見た。その後ろから『麒麟児』の韮崎も現れ、倒れている男を見る。


「まさか、グリム先生がやったのか?」

 俺は韮崎に厳しい目を向ける。

「こいつは反則負けした選手です。三橋師範に襲い掛かろうとしたけど、反撃されて気絶しているだけですよ」


「しかし、こんな大きな選手を……そうか、魔法を使ったんだな」

 俺は首を振って否定した。

「違います。三橋師範にはナンクル流の技だけで十分でした」

 それを聞いた大槻師範が、面白い事を聞いたというように笑う。


「何を笑っておるんだ?」

 三橋師範が尋ねた。

「この喜林きばやしという選手は、そこそこの実力者だと思っていたのですが、勘違いだったようですな」


 どうも大槻という男は好感を持てない。何となく弱小流派を馬鹿にしているような感じがする。それは三橋師範も感じたようだ。


「この男、夢断流格闘術の選手であろう。もう少し厳しく指導するのだな」

 三橋師範にそう言われた大槻師範が、不機嫌そうに顔を歪める。それを見た俺は、夢断流格闘術の師範と言っても大した事がないと思った。


 武術の技量は凄いのかもしれないが、人間としての度量が狭い。そんな事を考えていると、韮崎が真面目な顔をして気絶している喜林を見ていた。


「師範、表彰式の前に行われる模範試合はどうしますか?」

「おっ、そうか。韮崎と喜林が模範試合をするんだったな」

 三回戦敗退者と反則負けの選手が模範試合なんかするのか? と疑問に思った。詳しく聞いてみると、魔力を使った模範試合らしい。


 魔装魔法の『トリプルスピード』を発動して、素早さを三倍にした状態で模範試合を行う予定だったらしい。大槻師範が非難するような目で、三橋師範を見た。


「ちょっと撫でただけだ。すぐに気が付くだろう。そうしたら、模範試合をやらせればいい」

 それは大槻によって、ダメ出しされた。完全に気を失っているのだから、病院に行って検査してもらうというのだ。


 大槻師範の言う事も納得できる。

「仕方ない。私が代わりに出てやろう」

 韮崎が何か思い付いたような顔をする。

「いや、三橋師範ではなく、A級のグリム先生がいい。シルバーオーガを倒した冒険者なら、素早さが三倍になっているおれとも、試合ができるだろう」


 A級である俺の方が模範試合に出れば、評判になると思ったのだろう。もしかすると、A級の俺に模範試合で勝てば、自分の評価が上がると考えたかもしれない。


 俺が三橋師範の方を見ると、

「良ければ、相手をしてやってくれないか。私もC級の魔装魔法使いとどういう風に戦うのか、見てみたい」


 師匠にそう言われると断れない。素早さを上げるが、内容的にはスパーリングのようなものらしいので、あまり危険なものではないようだ。


「いいでしょう」

 俺は承諾した。武術大会の模範試合だ、負けても恥じるほどのものではない。俺がナンクル流空手を始めたのは、三、四年前からなので、修業年数で考えれば短い方だと思う。韮崎などは二十年ほどの経験が有るらしい。


 模範試合の話が決まり、俺と三橋師範は外のラーメン屋に入って食事を始めた。

「三橋師範、俺は模範試合などした事がないんですけど」

「それは、私も同じだ」

「師範と組手をするような感じでいいんですか?」


 三橋師範は考えてから、ダメだという。

「それだと、すぐに終わってしまいそうだな。見ている者は、つまらないだろう。相手の技やこちらの技を披露する必要がある」


 三橋師範は、俺と韮崎が本気で試合をしたら、俺がすぐに勝ってしまうと考えているようだ。そこは違うと思っているのだが、相手の技も披露させるという言葉で、普通の試合とは違うと分かった。何か面倒な感じだ。


 食事を終えて、大和武道館に戻った。試合は見応えのある試合が続いて、面白かった。特に重量級の決勝は、二人の猛者がぶつかり合いバックハンドブローで決まるという面白い試合だった。


 模範試合の時間になって、俺と三橋師範は控室へ行った。ちょっとドキドキしている。大勢の前で試合など、初めての経験だ。


 ナンクル流空手の練習着を収納アームレットに入れていたので、それに着替えて待っていると、スタッフが呼びに来て試合会場へ向かう。


 ちなみに、俺は黒帯である。ナンクル流空手を始めて二年目に黒帯をもらい、今は二段になっている。

「気軽にやればいい。ただ攻撃は手加減しろ。一撃で決めたら模範試合にならない」

 三橋師範は気軽にやれ、と言うが大丈夫なんだろうか?


 役員みたいな人が模範試合の選手が変わった事を説明をしている。A級冒険者の俺が出ると説明されると、会場が盛り上がった。


「始め」

 という合図で模範試合が始まった。俺は素早さが三倍になるように『韋駄天の指輪』に魔力を流し込む。素早さを調整する方法は、二通り有る。


 『韋駄天の指輪』に流し込む魔力量を調整する方法と、素早さが八倍になるだけの魔力を注ぎ込んで筋力の出力で調整する方法だ。


 普段は筋力で調整する方法を選んでいる。魔力量を調整する方法だと『韋駄天の指輪』の効果である筋力増強・神経伝達速度の増速・思考速度アップ・身体機能強化・体細胞や骨の強化が限定されてしまうからだ。


 だが、今回は相手も素早さを三倍にする魔装魔法しか使わないので、俺も魔力量を制限する方法を選んだ。


 『韋駄天の指輪』に魔力を注ぎ込んだ瞬間、時間が緩やかに動き始める。観客の歓声が間延びして聞こえ始め、周りが少し暗く感じる。


 少し重く感じるようになった空気を掻き分け、韮崎に近付いた。韮崎がローキックを放つ。狙われた足を引いて、ローキックを躱し左に回り込もうとする。


 韮崎が派手に動き始めた。ハイキックや後ろ回し蹴りで攻撃を始めたのだ。

 なるほど、こういう攻撃で模範試合を盛上げるのだな、と思いながら俺も応戦する。ナンクル流空手の動きはシンプルなので模範試合には向かないようだ。


 韮崎が間合いを詰めて、打撃戦を挑んでくる。この大会ではオープンフィンガーグローブを使用しているので、俺も使用している。慣れていないので違和感が有るが、仕方ない。


 韮崎の左ジャブを頭を左に振って避けながら、軽くカウンターで右のフックを出す。韮崎が避けて後ろに下がった。


 これらの戦いを見ていた観客や選手は、息を殺して見ていた。普通ではあり得ない速さで攻撃と防御が繰り出されているのを見て、魔法とは凄いものだと思うと同時に、理不尽なものだと感じる者が多いのではないか。


 魔法を使う者と戦ったら勝てないと感じるはずだ。普通の人々がどんなに努力しても到達できない速さで、戦う二人の魔法使いを理不尽な存在だと思うだろう。


 二人の試合は激しさを増した。韮崎は経験が長い事を活かして、様々なフェイントや技を駆使して攻める。それを躱しながら、俺はカウンターで攻撃する。


 途中から試合が楽しくなっていた。韮崎が新鮮な攻撃を仕掛けてくるので、それに対応するために頭がフル回転している。


 『韋駄天の指輪』の効果は、魔装魔法より神経伝達速度の増速と思考速度アップの効果が強く働くらしく、それにより考える余裕を与えてくれる。


 時間がなくなり、韮崎がラストスパートを掛け始め、目まぐるしい勢いで攻撃が飛んで来る。韮崎の右フックを躱しながら前蹴りを出す。


 その前蹴りで韮崎の動きが止まると、俺は踏み込んで韮崎の肩に右フックを叩き込んだ。韮崎がバランスを崩してよろけたところに、飛び込んで胸に掌打を打ち込む。韮崎が顔を歪めながら耐えた。


「そこまで!」

 終了の合図で俺と韮崎は後ろに下がった。韮崎の顔が悔しそうだ。見ていた人々が拍手を始めた。その拍手を聞いて、俺はホッとした。どうやら役目は果たせたようだ。


「A級は凄いな」

「生活魔法使いのはずだろ。格闘技があんなに強いのは、何でだ?」

 そんな声が聞こえてきた。


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