第437話 週刊冒険者の特集

 俺は週刊冒険者の愛読者ではないが、根津は熱心な愛読者であり毎週購入している。読み終わったものは食堂の棚に置いてあるので、俺も偶に読む事がある。


 その日も近くの有料練習場で生活魔法の練習と戦闘訓練をしてから戻り、夕食までの時間をボーッと待っていた。それで棚に置いてある週刊冒険者を手に取って読み始めた。


 最新刊では冒険者に人気が有る武術の特集をやっていた。やはり夢断流格闘術と星威念流剣術が人気が有るらしい。この最新刊では夢断流格闘術の大槻おおつき師範という武術家から、話を聞いて記事にしていた。大槻師範というのは、世界大会にも出ている有名な武術家のようだ。


 ちなみに、ナンクル流空手の『ナ』の字も出て来ない。

「ナンクル流空手は、ちょっとだけ弟子が増えたんだけどな」

 俺の教え子たちの他にも、数人がナンクル流空手に入門したらしい。ただ長続きするかは疑問だった。


 週刊冒険者を読んでいると、勇者という文字が目に飛び込んできた。勇者というのは、ダンジョンで魔王と呼ばれる魔物を倒した冒険者へ贈られる称号である。


 その記事によれば、ドイツのカッセルダンジョンで『バロール』と呼ばれる魔王を倒し、勇者の称号を手に入れたらしい。その勇者は地元の冒険者でギルベルト・シュライバーという名前だという。


「『バロール』か……どういう魔物だったんだろう?」

 俺の独り言を聞いたメティスが、説明を始めた。それによると、バロールは魔眼を持つ巨人型魔物で、その魔眼で見られると死ぬらしい。


 シュライバーはA級の攻撃魔法使いで、ランキングは三十二位である。

「ふと思ったんだけど、魔王を倒すと『勇者』という称号をもらえるのに、邪神を倒しても、何の称号ももらえないのは、なぜだろう?」


 俺は称号が欲しいと思っている訳ではない。それに邪神チィトカアは、本物の邪神の眷属という存在なので、本来なら邪神とは呼べないかもしれない。


『魔王は多くの配下を従えているので、倒すのが難しいのではないですか?』

「えっ、そんな違いなのかな。まあいいや」

『勇者がどうかしたんですか?』


「勇者シュライバーが、日本で開かれる世界冒険者フォーラムに招待されて、来日するらしい」

 世界冒険者フォーラムは、数年に一度開催されるものだが、今年は日本で開かれる。そして、A級冒険者である俺にも、参加してくれという要請が来ており引き受けている。


『という事は、勇者に会えるかもしれないのですね?』

「そうだな」

 世界冒険者フォーラムが開催されるのは、三週間後の北海道なので楽しみにしている。アリサを誘って一緒に行こうと考えているのだ。


『その前に、三橋師範の誘いはどうしますか?』

 三橋師範から、東京で開かれる武術大会を見学しないかと誘われている。魔力が使用禁止で純粋な武術の技量だけを競う大会だが、勉強になるはずだと言うのだ。


 俺のためを考えて三橋師範が誘ってくれたのだから、見学に行く事にした。


 三日後、三橋師範と一緒に東京へ向かった。大会の会場は日本武道館の跡地に建てられた施設である。大和やまと武道館と呼ばれる施設だが、俺は初めて来た。


 俺が知っている冒険者も出場するのではないかと、探してみると本当に居た。最近渋紙市へ来た『麒麟児』チームの韮崎という魔装魔法使いが出場していたのだ。


「知り合いか?」

 俺が韮崎を見ているのに気付いた三橋師範が尋ねた。

「ええ、鳴神ダンジョンで活動している韮崎です」

「夢断流格闘術のようだな」


 三橋師範は韮崎の動きを見て、すぐに学んでいる武術の流派を言い当てた。さすがだと思いながら、韮崎を見ていると、韮崎が俺の視線に気付いた。


「グリム先生じゃないですか。出場されるのですか?」

 俺がA級なので、韮崎の言葉遣いは丁寧だ。ただ自分だってすぐにA級になってやるという意気込みが感じられる。


「いえ、見学に来ただけですよ。調子はどうなんです?」

 韮崎は鉄心と同じ世代なので、俺も丁寧な言葉で返事をした。

「絶好調です」

 そこに韮崎の師匠らしき人物が現れた。夢断流格闘術の大槻師範である。がっしりした体格で、鍛え上げられているのが分かる。


「韮崎君、準備は出来ているのかね?」

「はい、大丈夫です」

 大槻師範が俺たちに気付いて、鋭い視線を向けてきた。

「この方たちは?」


「こちらは、A級冒険者の榊さんです」

 珍しく俺の本名を知っていたらしい。ただ三橋師範の事は知らなかったようだ。俺が紹介する事にする。


「こちらは武術の師匠で、ナンクル流空手の三橋師範です」

 大槻師範が『そんな流派は知らんな』という顔をする。有名でないのは事実なので、知らないのは仕方ないだろう。


「始まるようだから、選手は集まってくれ」

 韮崎は集合場所へ向かった。俺たちは試合会場へ行き、席に座る。

「あの大槻師範という人物を知っていますか?」

 俺は三橋師範に尋ねた。


「噂くらいしか知らんが、ダンジョンに潜った事がない純粋な武術家らしい」

「強いんですか?」

「確か世界大会で優勝しているはずだ。全盛期だった頃は、『重戦車』と言われていた」


 三橋師範とはタイプの違う武術家のようだ。ナンクル流空手は、魔物と戦うという事を意識するようになって、攻撃をブロックするという事をほとんどしなくなった。


 魔物の攻撃を受け流すのではなく受け止めれば、力負けするのは人間だからである。魔装魔法を使えば逆転する事も有るが、それは例外である。


「この大会では、魔力を使うのが禁止なんですよね。どうやってチェックするんです?」

「ああ、それは攻撃魔法使いに頼んでいる。彼らは魔力が見えるからな」


 生活魔法使いが僅かなD粒子を感じるように、攻撃魔法使いは小さな魔力を感じ取れる。それをチェックに利用しているらしい。


 俺は三橋師範の解説付きで試合を見学した。攻防の駆け引きというものを三橋師範が解説してくれるので、かなり面白かった。


 やはり人間同士の戦いは、高度な駆け引きが必要なのだと痛感した。もしかすると、それが必要になる魔物と遭遇する事も有るかもしれないので、練習する必要が有るだろう。


 試合は打撃・蹴り・投げ・関節技・寝技ありというもので、禁止されているのは「目突き」「金的」「頭突き」「指での首絞め」「パイルドライバーのような危険な投げ技」などである。総合格闘技ルールとほぼ同じだという。


 重量級の試合が始まり、韮崎も戦い始めた。確かに強いのだが、パワー重視で技が荒いように見える。

「韮崎は勝ち上がれるでしょうか?」

「いや、あれは三回戦くらいまでだな。技を見切られたら終わりだろう」


 三橋師範の予想通り、韮崎は三回戦で敗退した。攻撃が単調になり、カウンターを食らったのだ。

 その次の試合で初めて反則負けになった選手が出た。禁止されている魔力を使ったらしい。


 昼の時間になったので、見学を中断して外に出ようとした。すると、先ほど魔力を使って反則負けになった選手がスタッフと入り口のところで揉めている。


 その選手は魔法を使おうとしたのではなく、魔力が体外に漏れ出ただけだと文句を言っているのだ。この大会では魔法を使うのが禁止なのではなく、魔力を使う事が禁止なので結局ダメだろう。


「話の分からない連中だな。もっと偉いのを呼んで来い」

 それを見ていた三橋師範が不快そうに顔を歪める。それを反則選手が見ていた。

「ジジイ、何か文句があるのか?」

 ここに勇者が居た。三橋師範をジジイ呼ばわりするなんて、凄い度胸だ。


「ルールも読んでおらんのか。ちゃんと魔力を使ったら、ダメだと書いてあるだろう。反則負けを認めて、おとなしく帰りなさい」


「五月蝿えんだよ」

 身長百九十センチ以上有りそうな巨漢の選手が、三橋師範の胸ぐらを掴もうとした。その手をギリギリで躱しながら一歩踏み込んだ三橋師範が、右の掌で選手の顎を撫でるように打った。


 その瞬間、巨漢選手が白目を剥いて床に倒れる。俺は心の中で『おおーっ』と驚いた。それはタイミング・力加減・角度が完璧だったからだ。この技が脳を揺さぶり脳震盪を起こさせる技だと知っているが、ここまで完璧だと魔法のように見える。


 この争いは注目されていたようで、見ていた人々の間から、俺の代わりに驚きの声が上がる。


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