第433話 聖パルミロとグリム

 聖パルミロと約束してから二週間後、俺は東京のホテルへ向かった。聖パルミロがホテルで会おうと連絡してきたのだ。


 一流ホテルのスイートルームに泊まっているというので、ホテルに入ってフロントで名前を言うと、スイートルームまで案内してくれた。


 ドアをノックすると、五十歳ほどの執事のような男性がドアを開け、俺を招き入れる。

「お待ちしておりました。あるじはリビングに居られます」

 初めて聖人に会った。鍛えられた体格の持ち主で、顔は学校の音楽室で見たシューベルトに似ている。


「A級冒険者の榊緑夢と申します。お会いできて光栄です」

「こちらこそ、光栄です。ヴァチカンのパルミロ・パヴァリーニです」

 挨拶してから、勧められてソファーに座る。執事だと思っていた男は、従者だと分かった。そのルベルティが紅茶を淹れてくれる。


「榊さんは、生活魔法使いだと聞いていますが、間違いありませんか?」

「間違いありません」


 聖パルミロが考えるような表情を浮かべる。

「私の知っている生活魔法は、上級ダンジョンで活躍できるようなものではなかったのですが、最近変化したのですか?」


「ええ、新しい生活魔法が発見され、魔物と戦える魔法が増えたのです」

「しかし、生活魔法なのに、魔物と戦う魔法というのは変ではありませんか?」

 俺は苦笑いしてから頷いた。

「そういう疑問を持つ人も居ます。ですが、ダンジョンが発生した初期の頃に、『ライト』や『クリーン』、『リペア』などの魔法を発見した人々が、この系統の魔法を『生活魔法』と名付けたのも無理ないかもしれません」


 聖パルミロが興味ありそうな表情を浮かべる。

「だが、それは正しくなかったと思っているのですね?」

「ええ、私自身は『D粒子操作魔法』が正しかったのではないかと、思っています。但し、本当に『生活魔法』と呼べるような魔法も、中にはあります」


「興味深いですね。ところで、ニューヨークのオークションハウスで、出品された霊薬ソーマは、榊さんが出されたのではないですか?」


 俺は鋭い視線を聖パルミロに向ける。

「どうして、そう思われるのですか?」

「簡単な事です。榊さんはシルバーオーガを倒し、何らかのドロップ品を手に入れている。そして、鳴神ダンジョンでは、お弟子さんたちと一緒に、ランニングスラッグ狩りをしていたらしい、という噂を聞いたのです」


 派手にランニングスラッグ狩りをしていたのが、まずかったか。だが、決定的な証拠にはならない。シルバーオーガは必ず『シルバーオーガの角』をドロップするとは限らないからだ。


 あの時は初めて中ボスのシルバーオーガを倒したので、初回ボーナスみたいな感じだったと思う。

「我々がランニングスラッグ狩りをしていたのは事実ですが、それだけでは霊薬ソーマを、作ったと考えるのは早計ですよ」


 聖パルミロがお見通しですよ、と言わんばかりに笑う。

「まあ、いいでしょう? ところで、アムリタという薬をご存知ですか?」

「インド神話に出て来る薬ですね。確か飲んだ者を不老不死にするとか、言われているはずです」


「その通りです。榊さんはアムリタについて、何か知っている事はありませんか?」

「いえ、アムリタについては、本で読んだ事が有るだけです」

「そうですか。残念です」


 聖パルミロが目を見開いて、俺を見た。その時、『チリン、チリン』という音が頭に響き渡る。俺はまさかと思いながら、『鋼心の技』のスイッチを押す。


 その瞬間、精神の核に障壁が構築される。すると、『チリン、チリン』という音が聞こえなくなった。

「先ほど霊薬ソーマを作った、と考えるのは早計だと言われましたが、本当に霊薬ソーマを作っていないのですか?」


 あれは精神攻撃だった。そうすると、この聖人が本当に聞きたかったのは、やっぱり霊薬ソーマの事か。とんだ食わせ者だな。


「はい。作っていません」

 従者のルベルティが残念という顔をする。聖パルミロは納得できないという顔をしていた。

「アムリタについても、本で読んだ以上の事は知らないのですね?」

「はい。知りません」


「ところで、最近のダンジョン探索で発見した事の中で、最も重大な事は何ですか?」

「そうですね。シャドウパペットの塗料についての発見です」


「では、一番衝撃的だった事は何です?」

「鳴神ダンジョンの十三層、あそこのワーベアの街で作られている記念碑です。あれは衝撃的でした」

 聖パルミロが首を傾げた。意味が分からなかったようだが、芸術的な事で感動したのだろうと思ったようだ。


 嘘は言っていないので、聖パルミロが表情を読み取る能力を持っていたとしても、おかしいとは思わなかっただろう。


 見開いていた目を閉じた聖パルミロは、大きく息を吐き出すと、ソファーに深く座る。それから雑談して、最後に聖パルミロが言った。


「何か聞きたい事はありませんか?」

「そうですね。医療や魔法薬では治せない病気を治す力が有ると聞きました。それはどうやって手に入れられたのですか?」


 聖パルミロが笑った。

「よく質問されるのですが、私にも分かりません。これこそ神の恩寵なのだと思います」

 それを聞いて、俺は帰ろうと思った。情報を聞き出す事は無理だと感じたのである。


 聖パルミロと別れた俺は、スイートルームの外に出た。そして、影からエルモアを出す。

「中の音を聞けないか試してくれ」

『分かりました』


 エルモアに使われているソーサリーイヤーは普通のものより高性能なのだ。エルモアはドアに近付き耳を澄ました。


 五分ほどジッとしていたエルモアが、ドアから離れて俺の影に潜った。その瞬間、エレベータが到着しドアが開く。背広姿の男がスイートルームへ入って行った。


 俺はホテルから出て、近所の喫茶店に入った。あまり流行っていない店で、客は俺一人だ。窓際の席に座ってコーヒーを注文する。


 コーヒーが運ばれて来てから、メティスと話を始めた。

「何か聞けたか?」

『聖パルミロの目的は、アムリタで間違いないようです』

「それにしては、霊薬ソーマにも関心が有ったようだけど」


『それは単に寿命を延ばしたいようです。目的を達成するために、時間が足りないと言っていました』

「その目的というのは?」

『目的については、具体的な事は言っていません。ところで、なぜ聖パルミロを探るような事を命じられたのです?』


「聖パルミロが精神攻撃を仕掛けてきたからだ」

『という事は、聖人というのも疑わしくなりますね』

 俺は首を傾げた。聖人とは何だろうと考えた時、よく分からなかったからだ。


 辞書には一般的に高潔な人格を持ち、生き方が模範的な人物を指すようだが、聖パルミロの場合、難病を治すという聖なる力を持つ人という意味で、聖人と呼ばれているような気がしたからだ。


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