第432話 シャドウパペットの塗料

 遺跡を調査した翌日、俺は魔法庁へ行って『鋼心の技 基礎』とシャドウパペットの塗料について、魔導特許を取得する手続きをした。


 魔法庁の職員に手伝ってもらいながら手続きを済ませる。結局、その手続きで一日が潰れてしまった。


 帰宅してから、メティスと話し始めた。

「神殿文字を解読するには、どうしたらいいと思う?」

『地道に研究するか、もう一つ『知識の巻物』を手に入れるかです』

「そうだよな。だけど、『知識の巻物』は中々手に入るものじゃないからな」


『日本のダンジョンで『知識の巻物』をドロップする、と知られているのは、バジリスクゾンビとタイタンスライムだけです』


「バジリスクゾンビは、この前倒して『知識の巻物』を手に入れたからな。タイタンスライムは、どのダンジョンに居るか知ってる?」


『北海道の羊蹄ダンジョンになりますが、一度討伐されてから復活していないそうです』

「当分はダメという事か。それとも海外へ行くか」

『急ぐ必要はないと思いますよ。やるべき事は多数有るのですから』


「やるべき事と言うと?」

『登録したシャドウパペットの塗料の作り方で、本当に作れるのか。という事を早急に確認しなくてはいけません』


 そうだった。取り敢えず登録したが、シャドウパペットの塗料については仮の登録で、現物を魔法庁に持ち込んで、間違いなく有効だと証明しなければならない。


 塗料の材料は、ダンジョンに生えている『キラーフラワーの実』と『幻影樹の樹液』、それに『念仏茸』『ライダラ石』である。


 どれも初級ダンジョンや中級ダンジョンにあるもので、採取には苦労しないと思う。

 翌朝、執事シャドウパペットのトシゾウが用意した朝食を食べてから、草原ダンジョンへ向かう。草原ダンジョンに『キラーフラワーの実』と『幻影樹の樹液』が有るのだ。


 ダンジョンハウスに到着して着替えてから、ダンジョンに入る。

「そんな軽装で大丈夫なんですか?」

 後ろから声を掛けられた。俺の装備は衝撃吸収服の上に、普通の革ジャンを羽織っただけで、残りの装備は腰のベルトポーチと収納アームレットに入っている。


 声を掛けたのは、魔法学院に入ったばかりの一年生という感じの少年だった。

「心配ないよ。この服は特別製なんだ」

 小柄な少年で、青トカゲの革鎧と、剣を装備している。


「そうなんですか?」

「間違いなく、その革鎧よりは高いよ。ところで、君は一人でダンジョンに潜っているのかい?」

「ええ、早く魔法レベルを上げたいんです」


 この少年は、宇賀神うがじん尋斗ひろとというらしい。驚いた事に生活魔法使いだと言う。

「俺は榊だ。よろしく」

 本名を言っても反応がなかった。『グリム先生』と名乗らなければ気付いてくれないようだ。


「榊さんは、武器を持っていないんですか?」

「いや、持っているよ」

「あっ、そうか。そのベルトポーチはマジックポーチなんですね?」


 俺が頷くと、ヒロトがジッとマジックポーチを見詰める。

「いいな。僕も絶対に手に入れます」


 ヒロトは、俺も生活魔法使いだと知ると一緒に行動しても良いかと尋ねた。どうやら戦い方を見て参考にしたいらしい。


「構わないけど、参考になるか分からないよ」

「ありがとうございます」

 俺はヒロトを連れて、右手の方に有る林に向かう。広大な草原の中にあるちょっとした林なのだが、そこにキラーフラワーが生えているのだ。


 キラーフラワーというのは、イーグルキラービーと呼ばれる大型の蜂の魔物が巣を作る植物である。途中でアタックボアと遭遇した。


「どうする? 俺が倒そうか?」

「参考にしたいので、お願いします」

 ちょっと困った。参考にすると言われると、『クラッシュボール』や『コールドショット』を使うのはダメだろう。というのは、ヒロトが魔法レベル3くらいだと思われるからだ。


 使えない魔法を使って倒しても参考にはならない。考えているうちに、アタックボアが迫っていた。俺は久しぶりにトリプルプッシュを発動し、アタックボアの横からD粒子プレートを叩き付けた。


 アタックボアは足をもつれさせて、草原に転がる。そこに三重起動の『コーンアロー』を発動して、首に命中させて仕留めた。


「うわっ、鮮やかですね」

 ヒロトが声を上げた。次にビッグラビットと遭遇したので、ヒロトに戦わせると三重起動の『プッシュ』と『コーンアロー』を使ってなんとか倒した。


 まだ発動が遅いしタイミングや狙いも甘いが、魔法学院に入ったばかりならば、こんなものだろう。林に到着し中に入ると、黄色い実を付けている植物を見付けた。


 キラーフラワーの傍に三匹のイーグルキラービーが居た。三十センチほどの大きさの蜂だ。その三匹を連続でトリプルプッシュを発動して弾き飛ばして始末する。


 ヒロトは目を丸くして驚いている。連続発動のスピードが尋常ではなかったからだ。

「練習すれば、できるようになる」

「そ、そうなんですか。頑張ります」

 キラーフラワーの実を回収し、次は幻影樹が生えている場所まで行き、その樹液を採取する。幻影樹は樹皮が光の当たる角度によって色を変えるので、幻影樹と呼ばれている。


 ヒロトと一緒にダンジョンを探索しながら、生活魔法のコツをいくつか教えた。半日ほどの短い出会いだったが、ヒロトにとって得るものは大きかったようだ。


 それからヒロトと別れて水月ダンジョンへ行き、『念仏茸』と『ライダラ石』を採取した。それらを持ち帰り、作業部屋に入り塗料の作製を始める。


 桜色と茶色の作り方の違いは、材料の配合割合が違うだけのようだ。『キラーフラワーの実』と『念仏茸』、『ライダラ石』は磨り潰して粉にして、温めた『幻影樹の樹液』の中に入れて撹拌する。


 ちょっとだけ魔力を注ぎ込んで、色が安定するまで撹拌を続ければ完成である。綺麗な桜色と茶色の塗料が完成した。それを密封容器に入れる。


 本当に完成したのか確かめるためには、新しいシャドウパペットを作らなければならないが、シャドウパペットの数を増やすのも管理が面倒になるので、猫型シャドウパペットのコムギを三毛猫に作り変える事にした。


 桜色・茶色・黒色の三色が入り混じった三毛猫である。コムギを解体して、ソーサリーアイや魔導コアなどを取り出す。三キロのシャドウクレイを取り出し、『クレイニード』を使ってD粒子を練り込む。


 そのシャドウクレイを使って、猫型シャドウパペットを作り始めた。猫型は何度も作っているので、ちゃんとした形になる。魔導コアやソーサリーアイ、ソーサリーイヤー、ソーサリーボイス、マジックポーチ、コア装着ホール一個を埋め込む。


 魔力バッテリーは無しなので、コア装着ホールを一個だけにした。魔力バッテリー無しでは、一日に一回だけしか魔法を使えないだろうが、『パペットウォッシュ』の魔法回路コアCをセットするつもりなので十分だろう。


 形が完成すると着色である。四本の足と腹、顔の下半分を桜色にする。背中は元々の黒に茶色と桜色の斑模様を加える。


 最後の仕上げとして、魔力を流し込むと骨格と筋肉が形成され、体表に色鮮やかな毛が生え始める。見事な三色猫が完成した。


 コムギはメティスが制御するのをやめて、個性を育てる事にした。他のシャドウパペットや執事の金剛寺、根津、アリサたちに紹介すると、コムギを気に入ったようだ。


 メティスの制御を離れたコムギは、近所を冒険するようになり多くの友人を得た。その証拠に帰ってくると、戦利品の食べ物を体内のマジックポーチから出すようになった。食べるふりをして、マジックポーチに仕舞っているのだ。


「ちゃんと日本語を教えるか」

『そうですね。食べ物をちゃんと断れるようにしないと……しかし、シャドウパペットだと分かると盗もうとする者が現われるかもしれません』


 コムギの首には首輪が付いているので、野良猫と間違われる事はない。ただシャドウパペットはまだ高価なものなので、捕まえて売り飛ばそうと考える者も居そうで心配になる。


「コムギを捕まえようとしても、影に飛び込んで逃げるだろうから、よっぽど素早い者が相手でなければ、捕まらないだろうと思う。この問題はちょっと考えよう」


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