第431話 地上の魔物

 石橋たちの方を見ると、呆けたような表情のままラミアを見詰めている。先ほどまでは、俺もこんな風だったのかと思うと恥ずかしい。あのままだったら、簡単に殺されていただろう。


 もしかして、ラミアの精神攻撃で完全に操られる状態になったら、同士討ちが始まるかもしれない。そうなる前に倒さなければならない。


 俺は油断なく構えてラミアを睨む。全長七メートルほど、蛇にしては胴体が太い。ズリッズリッと進む音が耳に聞こえた。


 試しに『クラッシュボール』を連続で発動して、D粒子振動ボールをばらばらと放つ。ラミアはD粒子を感じ取れるらしく素早く避けた。外れたD粒子振動ボールは壁に当たって、深い穴を開ける。


 ラミアが尻尾で薙ぎ払うような攻撃を放つ。凄い勢いで迫って来る尻尾に対して、『ティターンプッシュ』を発動しティターンプレートで迎撃。


 尻尾はティターンプレートによって跳ね返された。その反動でラミアの上半身も引き摺られる。尻尾攻撃を撥ね退けた俺は、ラミアの上半身を観察する。


 あの上半身が弱点なのではないかと思ったのだ。十メートルの間合いに踏み込んで、七重起動の『ハイブレード』を発動し、D粒子で形成された巨大な刃を不気味な上半身に向かって振る。


 ラミアは必死で避けようとした。だが、D粒子の刃は音速を超えており、ラミアは完全には避け切れずに胴体に深い傷を負う。


 痛みに苦しみながら全身をくねらせるラミアに、『クラッシュボールⅡ』を発動し高速振動ボールを叩き付ける。命中した瞬間、直径三メートルの破壊空間が形成されラミアの上半身を呑み込んだ。


 それがトドメとなってラミアが消えると、黒魔石<小>と冊子が残った。回収して確認すると、冊子は新しい文字で書かれており、どういうものなのか分からない。


 石橋たちを見ると、ふらふらしているが正気に戻ったようだ。

「何が起きたんだ?」

「ラミアと遭遇したんです。覚えていないんですか?」

「そう言えば、……頭が痛い」

「階段に戻って休みましょう」


 俺たちは階段まで戻って、休憩した。その頃になると石橋たちも回復しており、何が起きたか思い出したようだ。


「はあっ……精神攻撃で、我々はやられたようだな。グリム先生は命の恩人だ」

「あそこで、ラミアに遭遇するとは思ってもみませんでした。てっきり、ラミアは中ボスだと思っていましたから」


 そうなのだ。俺はラミアと遭遇するのなら、中ボス部屋だと思っていたのである。まさか、普通の魔物として遭遇するとは思っていなかった。


 ラミアはあっさり仕留められたので、宿無しのような存在でもないようだ。

「あれが十五層に、うようよ居るのなら、何らかの精神防衛術が必要だ」

「石橋さんたちは、第二遺跡の壁に刻まれていた『鋼心の技』を習得していないんですか?」


「それが精神防衛術なのか? 私たちの中には秘蹟文字を読める者は居ないから、調査しているかもしれないが、内容は学者の解読待ちになっている。グリム先生は読めるのか?」


「ええ、『知識の巻物』を使いました」

「ほう、それは公表して良かったのかな?」

「以前は、秘蹟文字の文章を解読してくれ、と頼まれそうなので、支部長に頼んで秘密にしてもらいましたけど、もうA級ですからね。簡単に頼んでくる事もないでしょう」


「そうかもしれないな。しかし、『鋼心の技』か。聞いた事がない技術だな。魔法庁に登録した方がいいぞ。遅れると学者の誰かが解読して、他の者が登録する事になる」


「そうですね。そうします」

 俺は探索を打ち切り地上に戻る事にした。石橋たちと別れ地上へ向かう。


 地上へ戻ると夕方になっていた。冒険者ギルドへ寄ってから報告を済ませ、十五層にはラミアが棲み着いており、何らかの精神防衛術を持っていないと危険だと伝えた。


 それを聞いた近藤支部長が真剣な顔で頷いた。

「よく知らせてくれた。ラミアか、確かに危険な魔物だ」

「ところで、遺跡には見た事がない文字で刻まれた文章があったんですが、あれは調査が進んでいるんですか?」


「『神殿文字』と呼ばれているが、まだ研究を始めたばかりで、あまり進んでいない」

「遺跡で発見された文章から、魔法庁に登録するような発見は上がっていますか?」

「いや、魔法庁からも報告がないから、まだないはずだ。もしかして、発見したのかね?」


「シャドウパペットに使う塗料の作り方と、先ほど言った精神防衛術の一つを登録しようと思っています」

「そうか、グリム君は仕事が早いな。遺跡の調査は始めたばかりだったのだろ?」

「支部長も知っている通り、俺は魔法文字と秘蹟文字を読めますからね」


 支部長は思い出したように頷いた。

「そうだったな。本当は秘蹟文字で書かれた文章を解読して欲しいんだが、A級冒険者に頼むような仕事ではないからな」


 支部長がA級冒険者に頼んだら、時給がいくらになるか想像もできないと言った。それを聞いてニヤッと笑う。


 報告を終えた俺は、魔法庁へ行こうと思ったが、もう役所は閉まっている時間だった。仕方なく帰宅すると、根津が食堂で週刊冒険者を読んでいた。


「それは今週号か?」

「そうです。カナダの上級ダンジョンで、宿無しがダンジョンの外に出たという記事が載っていました」


 魔物がダンジョンの外に出るという事は、珍しい事である。いくつかの条件が揃わなければ、魔物が地上に出る事はできない。まず第一に魔物が宿無しであるという事だ。


 今までの歴史の中で、ダンジョンから魔物が出てきたという事件はいくつかあるが、全て宿無しだった。


「それで、出てきた魔物は?」

「ホワイトオーガです。シルバーオーガの亜種らしいです」

「うわっ、厄介な魔物が出て来たんだな。誰が倒したんだ?」

「A級のアイザック・シンクレアです。『閃光のシンクレア』と呼ばれている魔装魔法使いですね」


 シンクレアはA級ランキングが三十九位の冒険者である。戦闘能力は俺よりも上で、武器はアロンダイトという神話級の剣だ。


 ホワイトオーガ討伐は、一対一ではなく大勢で協力して倒したのだと思うが、記録に残るのは最後にトドメを刺した者だけである。


「犠牲者が出たのか?」

「民間人が五十六人、冒険者が十四人も死んだそうです」

 それを聞いて暗い表情になる。俺はシルバーオーガと戦った時を思い出した。あのスピードでホワイトオーガが暴れ出したのだとすると、犠牲者の数も頷ける。


 バジリスクゾンビの時もそうだったが、冒険者ギルドは宿無しが現われると早めに倒そうとする。放置すると地上に出てくるかもしれないからだ。


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