第429話 十四層の遺跡

 治療を終えた聖パルミロはホテルに帰ると、従者を呼んだ。

「膵臓癌を治した薬については、何か分かりましたか?」

「はい、手紙を出した御船千佳という冒険者が、持ち込んだ薬が使われたようです」


「その薬の名前は、分かったのですか?」

「いいえ、残念ながら医療関係者からは教えてもらえず、入院患者から状況だけを聞き出しました。手紙を書いた御船千佳さんが、ダンジョンから薬を持ち帰ったようです」


「ダンジョンですか、どこのダンジョンなのです?」

「彼女のチームは、鳴神ダンジョンで活動しているようです」

「新聞で読みました。新しい上級ダンジョンですね。上級ダンジョンからなら、強力な治療薬を手に入れても不思議ではありません。もしかすると……」


 ルベルティが首を傾げた。

「お探しになっている薬ではない、と思われます」

「薬の名前は、分からなかったのではないのか?」

「はい。ですが、部下に調べさせたところ、彼女のチームはランニングスラッグ狩りをしていたようです」


「そうなると、『ランニングスラッグの酒』……霊薬ソーマか」

「そうです。たぶん使われたのは、霊薬ソーマだと思われます」

 聖パルミロが何かを思い出したような顔をする。


「そう言えば、ニューヨークのオークションハウスで、霊薬ソーマが落札されたと聞いた」

「はい、たぶん彼女の師匠であるグリム先生が、出品したのだと思われます」


 聖パルミロが首を傾げた。

「そのグリム先生というのは?」

「彼女の師匠である榊緑夢というA級冒険者でございます。彼はシルバーオーガと戦い倒しております」


「なるほど。その時、『シルバーオーガの角』を手に入れたのか。それで霊薬ソーマの出来栄えはどうだったのです?」


「霊薬ソーマを落札した事業家に確認したところ、品質は一級品だったようです」

「ほう、高品質の霊薬ソーマを作るには、朱鋼以上に頑丈だと言われる『シルバーオーガの角』を細かく砕いて砂粒のようにしなければならないという問題と、一人で魔力を注ぎ込んで完成させなければならないという問題がありますが、その二つを解決したという事ですか」


「そうなります」

「『シルバーオーガの角』は、何か工夫したとして、完成するまで魔力を注ぎ込み続けるとは、魔力量は世界トップレベルという事ですね」


「魔力回復薬を使ったのかもしれません」

 聖パルミロが苦笑いする。

「魔力回復薬GGZを飲んで、平気で魔力を注ぎ込む作業を、続けられる者は居ません」


 鳴神ダンジョンには、不味くない万能回復薬というものが有るのだが、二人は知らなかった。聖人なら何でも知っているという訳ではないのだ。


「残念ながら、私が求めている不老不死となる『アムリタ』ではなかったらしいですが、グリム先生という冒険者には、興味が湧きました。一度会いたいので、手配してくれませんか」


「分かりました。ですが、明日の朝の便で中国へ行かねばなりませんので、中国での用が済んだ後になりますが、よろしいですか?」

「仕方ない」


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 俺は聖パルミロから会って話がしたいという申し出を受けた。俺も聖パルミロには興味が有ったので引き受けたが、聖パルミロの都合で二週間後という事になる。


『鳴神ダンジョンの攻略は、十四層で止まっているようですね?』

 作業部屋でメティスに尋ねられた。

「遺跡の調査が優先されていて進まないらしい。それにA級のサムウェルとモンタネールが帰国して戦力が減ったのも原因らしい」


 二人は蟠桃を回収するために鳴神ダンジョンへ来たのだが、やっと必要量が確保できたので帰ったらしい。その代わりと言ってはなんだが、京都の『麒麟児』チームが渋紙市へ来た。鳴神ダンジョンで活動するためだ。


『十五層へ下りる階段が見付からないのは、なぜでしょう?』

「冒険者たちは、遺跡に何か秘密が有るのだろうと思い、遺跡の調査に協力しているんだ」


『我々も遺跡を調査してみましょう』

 十四層で発見された遺跡は全部で四つある。どれも神殿だったらしい建物なのだが、朽ち果てている。ただ神殿の壁には絵や文字が残っており、それを調査していた。


「明日は、十四層の遺跡巡りをしよう」

『何か発見が有れば、いいんですが』


 翌日、鳴神ダンジョンへ行った俺は、一層の転送ルームから十層へ移動し、十一層へ下りた。十一層のランニングスラッグは夢に見るほど倒したので、エルモアと為五郎を乗せてホバービークルで最短ルートを進む。


 十二層の砂漠エリアを通過し、十三層のワーベアの街を久しぶりに見て、何か変だと感じた。ワーベアたちが何かを建設しているのだ。


「何を建設しているのだろう?」

『『ワーベアの指輪』を使って確かめてはどうですか?』

 それも面白いと思い、久しぶりにワーベアに変身して、街に向かった。エルモアは影に潜り、為五郎はそのまま連れて行く。


 ワーベアとなった為五郎は、町に入っても違和感がなかった。服装はちょっと違うが、ここのワーベアは服装をあまり気にしない。


 建設現場に近付いて、何かの記念碑みたいなものを建設しているのだと分かった。さらに近付くと、俺と千佳とアリサが邪神と戦っている姿が彫られた記念碑だと分かり、ちょっと驚いた。


 おいおい、こんなものを作るなよ。恥ずかしいじゃないか。『トーピードウ』の魔法で吹き飛ばしたくなったが、我慢する。


 ワーベアの街を通り過ぎて、影からエルモアを出す。

「ワーベアたちが、あんなものを作るなんて」

『邪神を倒した三人に感謝しているのですよ。それより十四層へ行きましょう』


 俺たちは急いで十四層へ下りた。十四層は基本的に森であり、所々に遺跡がある。その中の第一遺跡へ向かう。


 第一遺跡は円形の神殿で、何人かの冒険者が壁画や壁に刻まれた文章を調査していた。壁に刻まれた文章というのは、魔法文字や秘蹟文字で刻まれたものである。


 壁画は魔物を描いたものが多く、中には俺も知らないような魔物も居る。魔物の絵の横には秘蹟文字による文章があった。中身は魔物の説明らしい。


 それらの魔物の中にラミアという化け物があった。半人半蛇の怪物で上半身は女性の形をしている。そのラミアの能力は、誘惑となっている。何らかの精神操作ができるようだ。それを防ぐには『鋼心の技』を学ばなければならないと書いてある。


 俺は他の壁画や文章を調べたが、第一遺跡にはなかった。そこで第二遺跡を調べ、その神殿の壁に『鋼心の技 基礎』と書かれている文章を発見した。


『もしかすると、これを学ばせるために遺跡があるのかもしれません』

「どういう意味だ?」

『この先にラミアが居るかもしれない、という事です。ラミア以外で対策が書かれている文章はありませんでした』


 俺は壁に書かれた『鋼心の技 基礎』を読んで、練習を始めた。この『鋼心の技』というのは精神を鍛えるという曖昧なものではなく、一つの技術やスキルだった。心の中にスイッチを設定し、それを押せば精神のガードが構築されるというもので、『誘惑』『幻覚』などの精神攻撃に対する防御力となるものだ。


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