第428話 聖パルミロ

 祖母が元気になったのを確認した千佳は、ヴァチカンの聖パルミロ宛に手紙を出した。前回出した手紙で祖母を助けてくれという依頼をしたが、必要なくなったというものだ。


 聖パルミロが引き受けてくれたとは思えなかったが、一応依頼したので必要なくなったと書いたのだ。


 その数日後、アリサたちと俺は、屋敷の作業部屋に集まった。

「集まってもらったのは、不変ボトルに入れていない霊薬ソーマをどうするか、検討しようと思ったんだ」


 アリサが頷いた。天音は意味が分からなかったようだ。

「必要になるまで保管しておく、というのはダメなんですか?」

「それも可能だけど、その場合、不変ボトルをもう一本使う事になる」


「そうか、不変ボトルに入っていないと、劣化や変質するかもしれないんですね?」

「そう言う事だ。ただ将来のために保管するのは、不変ボトル一本分で十分だと思うんだ」


「小さなガラス瓶の霊薬ソーマを、オークションへ出そうというのですか?」

 アリサが質問した。

「金が欲しいという訳ではないが、霊薬ソーマの価値を知りたいんだ」


 アリサたちも興味は有るようだ。

「でも、グリム先生がソーマを所有しているという噂が広まったら、大変な事になりませんか?」

 由香里が確認する。


 千佳の祖母の場合、ソーマの存在を知らせたのは、千佳の両親と医療関係者だけだった。医療関係者には、守秘義務という事で秘密にしてもらい、千佳の親戚には凄い魔法薬をダンジョンで手に入れたと伝えただけで、霊薬ソーマの名前は出さなかった。


「そんな噂が広まったところで、俺から奪おうと思う者は、居ないと思う。A級冒険者に喧嘩を売るくらいなら、大企業のトップを狙った方がリスクが少ないからな」


 以前に南米のギャングが、A級冒険者の財産を狙って襲い、返り討ちに遭ってギャングが皆殺しにされたという事件があった。その時、相手が銃を持っていたので、A級冒険者は正当防衛という事で無罪になっている。


 法律の制限を外して何でもありの戦いになったら、実力のある冒険者が有利だと世間に知らせる結果になったのである。


 俺もA級らしい実力が身に付いたと思うので、名前が表に出ても構わないと思っている。A級の高瀬がロジウム鉱床を発見した時に、大々的に公表したように、用心を忘れずに堂々としていれば良いのだ。


 ただ冒険者だけでなく一般にも顔が知れ渡った場合、大勢の人々に注目されるようになり、それが嫌だと思ってしまう。


「それで、オークションに出すとしたら、弁護士に依頼してアメリカのオークションで出品しようと思っている」


 それならば、俺の名前が表に出ないと思ったのだ。アリサたちも賛成したので、国際的な仕事をしている腕利きの弁護士を雇って、アメリカの有名なオークションハウスに出品する手続きをした。


 久しぶりに霊薬ソーマが出品されたので、少し騒がれたようだが、それは一部の金持ちだけの話である。オークションが行われ、百五十七億円で落札された時には驚いた。落札した人物は、数兆円の資産を持つ大富豪だという。それを聞いて納得した。


 霊薬ソーマは作り手により品質が違うので、必ず万病が治るという訳ではないらしい。それでも高額になるようで、俺たちとしては満足した。ただあまりにも高額であり、霊薬ソーマの残量を考えると怖くなる。


 配分はアリサたちと話し合って、俺が六割でアリサたちが一割ずつという事になっている。一割と言っても億単位の金額なので、学生のアリサたちには管理が大変な金額になる。


「弁護士料金とか、税金とかの分を差し引かれて半分以下になるでしょうけど、どうするんですか?」

 アリサが尋ねた。

「取り敢えず、使う予定がないから米国債でも買おうかと思っている。メティスのお勧めなんだ」


 日本の債券は利率が低すぎるので、アメリカの国債を勧めたらしい。半年に一度利息を受け取るタイプの債券である。


 アリサたちも同じようにすると言い出したので、その辺の事は詳しい人に教えてもらおうという事になった。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


「日本行きの準備は、終わったのですか?」

 聖パルミロが従者のルベルティに確認した。聖パルミロは四十代で、背が高くがっしりした体格の紳士だった。


「はい、全て終わっております」

「日本で治療するのは、与党のナンバー2でしたね?」

「そうでございます。日本政府から頼まれて、教皇様も断れなかったようでございます」


「そうですか、仕方ないですね」

「日本と言えば、興味深い手紙が来ておりました」

「どのような手紙ですか?」

「以前に治療の依頼をしていた者が、必要なくなったと書いてきたのです」

「悲しい事ですが、珍しい事ではないはずですが?」

 聖パルミロは治療が必要な人物が死んだのだと思ったらしい。


「その手紙によると、ダンジョンで病気を治す薬を手に入れたので、必要なくなった、との事でございます」

 それを聞いた聖パルミロは眉をひそめた。

「薬……どのような薬です?」

「詳しい事は書かれていませんでしたが、末期の膵臓癌が治ったようです」


 聖パルミロは鋭い視線を従者へ向けた。

「日本に行ったら、会いたいですね。手紙の差出人を確認しておいてください」

「承知いたしました」


 聖パルミロと従者は、日本に向かった。空港で日本政府の役人と護衛警官が出迎える。その日はホテルへ直行し、最高級の部屋で休む事になった。


 次の日、儀式のように何人かの政治家と面談する。こういう政治家たちは用が有る訳ではなく、聖パルミロに会って話したという自慢話をするためだけに面談を求めたのである。


 治療に取り掛かったのは三日目の事になる。聖パルミロは与党の幹事長である梶山が入院している病院へ行った。梶山の病気は、千佳の祖母と同じ膵臓癌である。


 病院の前で院長や副院長が揃って出迎える。

「ようこそ、お待ちしておりました」

 院長がにこやかに声を上げた。そして、聖パルミロを梶山の病室へ案内する。梶山は薬で眠っているらしく、目を開ける事はなかった。


 聖パルミロは梶山の腹に手を当てて祈るような姿勢を取った。すると、聖パルミロの身体から何かが放射され、院長たちは息苦しくなる。


 梶山の腹に載せている手が太陽光のような色の淡い光を放ち始めた。院長たちが驚きの声を上げ、従者のルベルティに声を上げないように、と指を唇に当てる合図で注意された。


 看護師の中にキリスト教徒が居たらしく、十字を切って祈りを捧げている。そんな人々が見守る中で、梶山の顔色が良くなり、目を開ける。聖パルミロの奇蹟が起きたのである。


 検査の結果、梶山の癌が消えていた。医療関係者も奇蹟が起きたとしか思えなかった。


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