第427話 霊薬ソーマの効果

 俺たちは地下練習場へ向かった。危険な作業をするので、この場所を選んだのである。

「まず『シルバーオーガの角』を砕いて粉にする」

 この作業が一番苦労するらしい。この角は非常に硬く普通の方法では砕けないという。


 そこで『クラッシュボールⅡ』を使う事にした。時間指定で高速振動ボールを放ち、形成された破壊空間に『シルバーオーガの角』を放り込んで、粉々にするという方法である。


 床にビニールシートを敷き、ちょうどシートの上で破壊空間を形成するように計算して、アリサが高速振動ボールを放つ。ビニールシートの上で高速振動ボールが止まり空間振動波を周囲に放射する。直径三メートルの破壊空間が形成され、そこに『シルバーオーガの角』を投げ込んだ。


 空間振動波で角が粉々に砕けビニールシートの上に粉になって落ちる。破壊空間が消えた後にビニールシートへ近付くと、銀色に輝く粉が落ちていた。


 皆で粉を集めてガラス瓶に入れる。重量にして七百グラムほどになるだろう。今回の霊薬ソーマに使う容量は三百グラムほどなので、半分以上が余る事になる。


「次はどうするのですか?」

 天音が尋ねた。

「今度は、『アリゲーターフライの涙』に針を刺して、中の液体を『ランニングスラッグの酒』に注ぎ込む」


 『アリゲーターフライの涙』は液体を入れたカプセルのようなもので、必要なのは中の液体だけなのだ。『ランニングスラッグの酒』を大きなビーカーのようなガラス容器に入れ、『アリゲーターフライの涙』の中身を酒に注いだ。


 『ランニングスラッグの酒』は元々琥珀色だったのだが、『アリゲーターフライの涙』を入れると、朱色に変わった。


「最後は角の粉を三百グラム入れて、魔力を注ぎ込みながら、掻き回せば完成だ」

「簡単ですね」

 俺は溜息を吐いて首を振った。

「霊薬の色が、黄金色になるまで魔力を注ぎ込み、絶対に魔力を切らしてはいけないそうだ」


 俺が魔力を注ぎ込む役を務め、アリサが角の粉を入れる役、他の三人が掻き回す役に決まった。

「始めようか」

 俺はガラス容器に魔力を注ぎ込む準備をする。由香里がガラスの棒で『ランニングスラッグの酒』を掻き回し始めた。そこにアリサが角の粉を少しずつ投入した。


 俺は魔力を注ぎ込み始める。霊薬の色は少し薄くなったように感じる。二十分ほど魔力を注ぎ込み続けると、色が朱色からオレンジ色になった。


 由香里たちは交代で掻き回し続け、三十分が経過する。

「魔力が尽きそうだ」

 俺が声を上げると、アリサが万能回復薬を飲ませてくれた。この霊薬作りは魔力を注ぎ込む事が重要で、複数の人間の魔力が混じると品質が落ちるらしい。


 万能回復薬を飲んでから五分後、霊薬がパーッと光った。そして、色が黄金色に変わっている。

「完成した」

 俺はホッとして、ガラス容器から手を放す。


「うわーっ!」「やった!」

 天音と由香里が嬉しそうに声を上げる。千佳は涙ぐんでいた。

「待って、霊薬ソーマをちゃんと保管しなきゃ」

 アリサが声を上げて、俺から預かっていた不変ボトルに霊薬ソーマを移し替える。七百ミリリットルが入り、ガラス容器の中に二百ミリリットルほどが残る。


 その残りを二つの小さなガラス瓶に移し替える。そのガラス瓶は百ミリリットルが入る容量があった。

「あれっ、何で?」

 由香里が不思議そうに声を上げる。『ランニングスラッグの酒』は一リットルあったのだ。それに他の材料を入れたから増えていないとおかしいのに、合計が百ミリリットル以上減っている。


 アリサが肩を竦めて答える。

「減っている分は、女神へ捧げたのだと、言われているようね」

 霊薬というのは不思議なものだ。アリサは霊薬ソーマが入った小さなガラス瓶の一本を千佳に渡した。

「それだけ飲ませれば、大丈夫だと思う」


 千佳は霊薬ソーマを収納ペンダントに仕舞うと急いで帰った。たぶん東京の病院へ行ったのだろう。俺たちは解散する事にした。俺は小さなガラス瓶と不変ボトルに入った霊薬ソーマをマジックポーチに仕舞う。


 アリサたちが帰り、食堂でボーッとしていると、根津が入ってきた。

「先生、何かやっていたようですが、終わったんですか?」

「ああ、終わった。根津は何をしているんだ?」

「今は水月ダンジョンの十三層の砂漠で、プチサラマンダー狩りをしています」


 将来は名古屋に帰るつもりの根津は、渋紙市ではソロで活動するらしい。ただ偶にタイチたちと組んで探索する事も有るようだ。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 千佳は家に帰ると霊薬ソーマの事を家族に話し、両親と一緒に東京へ行く事になった。レンタカーで東京の病院まで行った千佳たちは、面会時間ぎりぎりで病室へ行った。


 ベッドには薬で意識が朦朧とした祖母が横たわっている。両親に頼んで祖母の上半身だけ起こしてもらい霊薬ソーマを飲ませる。医者に相談などしなかった。今にも死にそうに見えたからだ。


 何とか霊薬を飲ませた千佳は、また祖母を寝かせる。

「大丈夫なんだろうか?」

 父親の剣蔵が心配そうに声を上げる。その時、祖母が呻き声を上げ始めた。母親がすぐに看護師と医者を呼んだ。


 駆けつけた医者が診察して首を傾げる。その時は呻き声もしなくなり、呼吸も正常に戻っていたのだ。

「何かおかしい」

「先生、義母には霊薬ソーマを飲ませたんです」


 千佳の父親が言った言葉を聞いて、医者が驚き目を丸くする。

「霊薬ソーマ……冗談じゃないんですか?」

「こんな時に冗談を言うわけないだろう」

 その間に祖母の顔色が変化した。真っ白だった顔に血色が戻ったのだ。それどころか病気のせいで老衰死寸前の老婆のようだったのに、六十歳ほどに若返ったように見える。


「検査……検査だ」

 医者は慌てたように、検査すると言い出した。祖母が検査室へ運ばれて行き、千佳たちの家族だけが病室に残った。


「大丈夫かしら?」

 母親の心配そうな声を聞いた千佳が、

「大丈夫じゃないかな。お祖母さんは顔色が良くなって、若返ったように見えた」

「そうね。でも、本物の霊薬だったのね」

 母親は疑っていたらしい。千佳が非難するような目で母親を見る。すると、弁解を始める。


「だって、霊薬ソーマなんて、十年に一度くらいしか世に出て来ないような代物なのよ。オークションで買ったら、絶対に一億円以上はするんじゃないの」


 絶対に一億円程度じゃ買えないと思うけど、母親の言う事も理解できると思う千佳だった。それから母親が兄弟たちに電話して呼び集めたようだ。


 検査の結果、祖母は健康を取り戻したという。医者がどこで霊薬を手に入れたのかと聞いたので、ダンジョンだと答えた。


 元気になった祖母は、千佳に私のような年寄りが貴重な霊薬を使って良かったのかいと尋ねた。

「霊薬ソーマは、年寄りが使う方が効果を実感できるそうなの。若い人に使っても霊薬ソーマの一番の効果である老化防止は、効果を実感できないらしいの」


 霊薬ソーマは身体を健康体に戻し、効果が続いている間は老化を止める。ただ老化防止の期間は、個人の体質によって変わるようだ。五年である時も有れば、十年間も年を取らなかったという記録も有る。


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