第409話 封鎖ダンジョン探索終了
中ボス部屋から脱出した俺は、通路の床に座り込んだ。恐怖が残っているのか、指先が震えていた。
『大丈夫ですか?』
「……ああ。だけど、凄いドラゴンだったな」
『ネームドドラゴンは、五大ドラゴンの何倍も強いと言われています。特に西洋系のネームドドラゴンには、強いものが多いようです』
俺は立ち上がり引き返し始めた。
「はあっ、完全に負けていたな」
『準備が出来ていなかったのです。仕方ありません』
「でも、覇気を浴びただけで身体が動かなくなるなんて、ちょっと情けなかった」
『人間なら、普通の反応です』
メティスに慰められながら、俺は転送ルームへ移動した。ぐずぐずしていたら、霧が出て戻れなくなるところだ。
「今回の探索は、ここまでかな」
『そうですね。探索を進めるためには、あのジャバウォックを倒さなければならないようですから、無理をしない方が良さそうです』
俺は転送ゲートで一層へ移動し、一層の転送ルームから地上へ戻った。地上は暗くなっていた。近くのホテルに泊まり、影からシャドウパペットたちを出すとベッドに横たわる。
タア坊がベッドをよじ登って来て、俺の腹の横に座って熊語で『大丈夫?』と尋ねる。心配ないと答えると、添い寝するようにベッドに横になる。
俺はタア坊を撫でながら、樹海ダンジョンで手に入れたものを考えた。ドラゴニュート亜種を倒して、絶海槍と『記憶の書 概念編』、転送ゲートキーのコインを手に入れ、クィーンスパイダーからはマグニハンマーを入手。
バステト神像からは魔導コアの秘密を回収し、悪魔の王子アメイモンを倒し鑑定ゴーグルと『悪魔の眼』『限界突破の実』を手に入れた。シャドウオーガ狩りをして影魔石も確保、ブロンズマンモスからはハイメタルリキッドを回収した。
他に宝石や上級治癒魔法薬、甲殻剣タイタンなども手に入れたが、それらは換金するつもりだ。
「樹海ダンジョンは、大当たりだったな。さすが封鎖ダンジョンと言うしかない」
『いえ、封鎖ダンジョンは、ダンジョンの一部が危険で、ほとんどの期間は通過できないというだけで、普通の上級ダンジョンです。ただあまり人が来ないので、ドロップ品が豪華になる傾向にあります』
そのドロップ品が豪華になるというのが、封鎖ダンジョンの良いところなのだ。
その夜は夕食も食べずに寝てしまった。翌朝、空腹で目を覚ました。ホテルのレストランで朝食を食べて、新聞を読むと、賢者バグワンの事が書かれていた。
バグワンが糖尿病の根本治療として効果のある治療薬を発見したというのだ。タイミングからして、ツリードラゴンを倒して手に入れた魔導技術書から得た知識だろう。
インドの賢者は人類に対して大きな功績を上げた事になる。俺が樹海ダンジョンで積み重ねた実績を上回る実績として記録されるだろう。
「凄いな」
『羨む必要はないと思います。ドラゴニュート亜種を倒して手に入れた『記憶の書 概念編』は、治療薬に匹敵する貴重なものです』
メティスは、俺が寝ている間に『記憶の書 概念編』の翻訳をしていたらしい。前半の十数ページを翻訳しただけだが、貴重な知識だという。
『あの本を完全に理解すれば、由香里さんから相談されていた『ボディスキャン』で得られた情報を、何かに描き写す方法が創り出せるかもしれません』
なるほど、それが本当なら治療薬に匹敵する。渋紙市に戻ったら、本格的に『記憶の書 概念編』を研究しよう。
冒険者ギルドへ行って、支部長と会えるか予定を聞いた。明日の十五時からなら大丈夫らしい。たぶん樹海ダンジョンの探索に参加したA級冒険者たちの報告を受けるので忙しいのだろう。
さすがに時間ギリギリまで樹海ダンジョンに潜るという者は居ない。余裕を持って行動しないと、予想外の事が起きた時に戻れなくなる恐れがあるからだ。
その日は休養日としてホテルでゆっくりと休み、次の日に冒険者ギルドへ向かう。但し、支部長と会うのは午後からなので、ギルドの訓練場で身体を動かす事にした。
ナンクル流空手の型を練習する。最初はゆっくりとしたスピードで動きを正確にする。足捌き・重心移動・姿勢・呼吸などを身体に刻み込んだら、スピードや力強さを高めていく。
打撃において威力を高める方法は数多く有る。その中でナンクル流空手が重視しているのは姿勢だった。正しい姿勢で攻撃すれば、威力が上がるという術理である。ただ正しい姿勢の中には、骨の位置まで含んでいた。
俺が型の練習をしていると、三人の冒険者が近寄ってきた。
「何やってるんだ?」
「たぶん、空手の練習だ」
「馬鹿じゃないか。素手で魔物は倒せないだろ」
俺に聞こえているとは思っていないのだろう。仲間内だけの会話なので、正直な感想を言っている。
まだ冒険者になったばかりという若い連中だ。無視して練習を続けていると、『馬鹿じゃないか』と言っていた冒険者が尋ねた。
「何で空手の練習なんかしているんです?」
「強くなるためだ」
「でも、冒険者が戦うのは、魔物ですよ。空手じゃ倒せないと思うけど」
「格闘技や武術は、戦いの場でどういう風に動けばいいかを、教えてくれる。だから、練習している」
「本当に役に立つんですか? 練習するなら、剣術や槍術が良さそうだけど」
「魔装魔法や魔導武器が有れば、要らないんじゃないかと思う」
素手で戦う空手じゃダメだと言っている者と、魔法と魔導武器が有れば十分だと考えている者。二人は経験が浅いのだろう。
「冒険者を続けていれば、何らかの身体操作の技術が必要だと分かる」
若い冒険者たちは納得していないようだ。
「だったら、模擬戦をしてみるか」
俺が模擬戦を提案すると、三人がやる気になった。三人はG級の魔装魔法使いだという。
魔装魔法を習い始めたばかりで、その効果を実感しているところらしい。と言っても、使えるのは魔法レベル3で習得できる『パワーアーマー』までである。
筋力と防御力を二倍ほどに高める魔装魔法だが、使い熟せているとは思えない。
模擬剣を持った一人が進み出て、俺と向かい合う。模擬戦が始まると、ドタバタした感じの動きで力任せに模擬剣を振り回している。魔法学院で教師をしていた頃を思い出す。
真上から振り下ろした模擬剣を、足捌きと上半身の捻りで躱す。何回か攻撃を躱した後、躱すと同時に懐に飛び込んで軽く拳を胸に振り下ろす。ドンという鈍い音がして若い冒険者が倒れた。
「痛っ! もう一度お願いします」
痛そうに胸を擦りながら起き上がった若い冒険者がムキになっている。
「ああ、魔装魔法を使ってもいいぞ」
『パワーアーマー』を使って模擬戦を行ったが、結果は一緒だった。他の二人も同じで魔装魔法を使っても、無駄の多い動きは変わらず、軽い拳の一撃で倒れる。
三人はすぐに降参した。俺は型の練習を再開したが、見物していた冒険者が三人のG級冒険者に近付いて声を掛けた。
「お前ら凄いな。あの人と模擬戦をするなんて」
「何の事です?」
声を掛けた冒険者が呆れた顔になる。
「知らないで模擬戦していたのか。あの人はA級のグリム先生だぞ。週刊冒険者に載っていただろ」
「あっ!」
週刊冒険者を読んでいるので顔は知っていたが、実際の顔と記事の記憶が結びつかなかったようだ。
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