第410話 バタリオンの名前

 昼食を食べて少しした頃、支部長に会う時間になる。支部長室へ行くと高瀬が部屋から出て来る。


「報告か?」

「はい、高瀬さんも報告ですか?」

「ああ、七層へ下りる階段を発見したんだ」

 探索は六層から七層へ進んでいたらしい。高瀬が去ると、俺は支部長室へ入った。


「今度はグリム先生なのね」

 支部長の他に職員の男性が一人居た。記録係のようだ。

「高瀬さんが、七層への階段を見付けたそうですね?」

「ええ、雪に埋もれた階段を見付けるのは、大変だったみたい」


 真っ白な景色の中で、雪に埋もれた階段を見付けたのか。よく見付けたな。

「それで、グリム先生は、どこを探索していたのです?」

「俺は十層から下へ向かい、十五層まで行きました」

「それは凄い。他の冒険者たちは七層までしか行けなかったのに」


 他の冒険者たちは運が悪かったようだ。六層の階段が中々見付からず、高瀬が発見したのは期限まで残り八日という頃だったらしい。ただ六層にはいくつか宝箱があり、その中から貴重なものが出たという。


 七層は大きな湖があるエリアで、毒ガエルの魔物が多かったようだ。他の冒険者たちの活躍を少し聞いた後、俺は報告した。


「なるほど、十四層ではタイタンクラブと遭遇し、十五層の中ボス部屋では、ジャバウォックと遭遇したのですか」

「中ボス部屋で、エスケープボールを使う羽目になりましたよ」


 報告を終えた後、魔石と宝石、それに上級治癒魔法薬と甲殻剣タイタンの換金を頼んだ。一部はオークションに出す事になるので、全てを換金するには時間が掛かるという。


 冒険者ギルドを出た俺は、渋紙市に戻った。屋敷に戻ると鉄心とタイチが来ていた。二人は資料室で調べ物をしていた。


「お邪魔しています」

「二人揃って、どうしたんだ?」

「ファイアドレイクと戦った時の資料が有ると言うんで、調べに来たんです」


 俺とアリサたちが戦った時の様子を記録した資料を作成して、資料室に保管してあるのだ。それを調べに来たらしい。


 タイチと鉄心の魔法レベルを尋ねると『13』と『10』だという。鉄心は才能が『D』なので限界まで達した事になる。タイチの才能は『B』なので、まだまだ伸びるだろう。


 俺は収納アームレットから『サンダーバードプッシュ』の魔法陣を出して鉄心に渡した。受け取った鉄心が首を傾げる。

「これは?」

「このバタリオンのメンバーにだけ渡している魔法『サンダーバードプッシュ』です。メンバーが魔法レベル10になったら、渡す事にしています」


 ちなみに、俺が開発した生活魔法で魔法レベル10以下で習得できる魔法は、『クレイニード』と『ジェットブリット』、『サンダーバードプッシュ』を除いて全て魔法庁に登録済である。


「なるほど、バタリオン秘蔵の魔法という事か。感謝する」

 鉄心が大事そうに魔法陣を仕舞った。水月ダンジョンでの活動が順調か確認すると、二人とも順調らしい。タイチは二十四層のリッパーバードを相手に空中戦の修業をしているという。


「そう言えば、シュンはどうしてる?」

「シュンは、生活魔法の魔法レベルを『10』まで上げた後、魔装魔法のレベル上げをしています。今魔法レベル8まで上げたようです」


 魔法レベルを『9』にまで上げて『トップスピード』を習得すれば、かなりの戦力になるだろう。ただ『トップスピード』を使い熟すには修業が必要なので大変だ。


 タイチが俺に顔を向ける。

「そう言えば、このバタリオンの名前が定着しそうです」

「へえー、何と呼ばれているんだ?」

「『グリーンアカデミカ』です。グリーンは名前の緑夢グリムからで、アカデミカはアカデミーと同じ学園という意味です」


「グリーンは仕方ないとして、アカデミカは意外だな。日本語にすると『緑学園』か」


 そして、バタリオン本部である屋敷は『グリーン館』と呼ばれているらしい。屋敷の外装には緑色は使われていないんだが、まあいいか。


 少し二人と話してから食堂へ行き、金剛寺が作った夕食を食べる。

『我々が遠征している間に、鳴神ダンジョンの探索は進んだのでしょうか?』

「そう言えば、ワーベアの街はどうなったんだろう? 明日にでも冒険者ギルドへ行って確かめるとしよう」


 翌日、冒険者ギルドへ行って資料室で鳴神ダンジョンを調べてみると、十三層にあるワーベアの街にワーベアたちが戻ったらしい。


 十四層への階段は発見された。発見したのは長瀬である。この調子だと来年は、長瀬も封鎖ダンジョンへ招待されるかもしれない。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 天音は忙しい日々を過ごしていた。手に入れた魔導書の中に『フォーストブレーキ』という付与魔法があり、その魔法を応用した魔導技術を魔導特許として登録した結果、いくつかの企業から使わせて欲しいという申し出があったのだ。


 共同研究者の一人である天竜教授に相談しながら企業と契約した。それが一段落したと思った頃、友人の中村沙奈江が東京の奥多摩ダンジョンで、付与魔法のレベルアップ合宿がある事を教えてくれた。


 効率的に付与魔法をレベルアップさせる方法を学ぶ合宿らしい。天音は付与魔法のレベルが中々上がらないのを悩んでいたので、参加する事にした。


 付与魔法の才能は『A』なのに、現在の魔法レベルは『8』である。レベルが伸びないので、やり方が悪いのではないかと思い始めていた。なので、合宿に参加する気になったのだ。


 沙奈江も参加するという。合宿の日、奥多摩ダンジョンへ行くと十数人の付与魔法使いが合宿に参加するために集まっていた。


 奥多摩ダンジョンは中級ダンジョンで、浅い層にはゴブリンやオーク、アタックボアなどの倒しやすい魔物しか居ないダンジョンだ。


 合宿では四人組のチームに分かれて、ダンジョンに入り修業するらしい。天音と沙奈江、斎藤、赤星という四人でチームを組む事になった。


 斎藤は東京の大学生でF級冒険者、赤星は埼玉の社会人でE級冒険者だという。ちなみに、二人とも男性である。そして、このチームを指導するのは、光台寺というD級冒険者だった。


「ダンジョンに入る前に、それぞれの武器を確認する。出してくれ」

 光台寺がそう言った。天音がマジックポーチから雪刃鎚を出すと、光台寺が顔をしかめた。


「その戦鎚は、魔導武器ではないのか?」

「そうです。武将級の魔導武器になります」

「どうやって手に入れたのかは知らないが、それではダメだ。もっと付与魔法を活かせる武器に替える必要がある」


 光台寺の話によると、強力な武器に付与魔法を掛けて魔物を倒しても、付与魔法のレベルアップに繋がらないらしい。ダンジョンが付与魔法の貢献度みたいなものを判定しているのだという説があるそうだ。


「そんな……はあっ」

 天音は溜息しか出なかった。仕方ないのでダンジョンハウスで棍棒を購入した。魔法学院時代に使った事があるが、狂乱ネズミを倒すのも一撃では無理な武器だ。


 沙奈江が天音の肩に手を置いて慰める。

「この事が分かっただけでも、合宿に来た甲斐があったじゃない」

「そうだけど……」


 他のメンバーである沙奈江は黒鉄製の剣、斎藤は蒼鋼製の槍、赤星は黒鉄製の斧だった。光台寺が問題ないと判断する。


 ダンジョンに入ると、一層は森だった。その森を進むとゴブリンと遭遇する。一匹だけだったので、光台寺が棍棒で倒せるか試してみろと天音に指示した。


 天音は棍棒に『ダブルアーム』の付与魔法を掛けて威力を増強する。威力を増強してもゴブリンの急所に命中しないと倒せないだろう。


 ゴブリンが棍棒を振り上げて襲ってきた。その棍棒を躱して、天音は手に持っている棍棒をゴブリンの頭に叩き込んだ。ゴブリンが倒れると、その背中を踏み付けた天音が棍棒を何度も振り下ろす。やっとゴブリンの身体が消えた時、天音はホッとした。


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