第408話 十五層の中ボス部屋

 やっぱりダンジョンエラーは起きなかったかと残念に思いながら、巨大ガニが消えた場所に目を向ける。


 そこには赤魔石<大>が落ちていた。それを拾い上げてから周りを見回す。上級治癒魔法薬が一本と甲殻で出来ていると思われる剣がドロップしていた。


 剣を拾い上げて鑑定モノクルで確認してみると、『甲殻剣:タイタン』と表示された。この剣は甲殻類の魔物に対して大きなダメージを与える剣らしい。ちょっと使い道が狭すぎる。


『甲殻剣ですか。魔装魔法使い用ですね』

 というのがメティスの意見だった。オークションで売る事にした。全てを仕舞ってから、扉に目を向ける。


 タイタンクラブが出て来た扉から中に入ると、階段があり下へ向かう。階段から外に出ると周りは真っ白だった。エリア全体が霧で覆われているのだ。


 D粒子センサーを働かせながら進むしかない。D粒子センサーの反応で周りが広大な草原である事が分かった。


「これは厄介だな。全く前が見えない」

『エルモアの目では、霧を見通せないようです』

 仕方ないのでエルモアは影の中に入れる。慎重に進み始めると、前方に魔物が現れた。正体は分からないが、それほど素早い魔物ではない。


 何かが動いて空気を切る音がした。近付いて来るのを感じて、目を凝らす。白い霧越しに高さ七メートルほどの巨人のような存在が影のように見えた。


「これはポーントレントに似ているが、あれより大きい」

『ウィップトレントです。八メートル以内に近付かないでください』

 メティスの言葉がアタマに響いた時には、距離が八メートルほどになっていた。頭上でヒュンという音が聞こえる。反射的に神剣グラムを斬り上げていた。


 ワイヤーロープのように頑丈そうな蔓が切れて、モーニングスターの棘の付いた鉄球のようなものが背後に落下して音を響かせる。


 俺は背後に跳躍した。その目の前を別の棘付き鉄球が地面に落下して穴を開ける。ゾッとするようなタイミングだった。


 迫って来る気配を感じて、セブンスハイブレードを横に薙ぎ払うように発動する。D粒子の巨大な刃が形成され、白い霧の渦を作り出しながらウィップトレントの幹を切り裂いた。


 音速を超えたので衝撃波が発生。咄嗟に五重起動の『プロテクシールド』を発動して防いだ。ズンという何かが倒れる音が響いて、仕留めた事を悟った。


 用心しながら近付くと、黄魔石<大>が落ちていたので回収し周りを探す。椰子やしの実のようなものが落ちていた。初めて見るものだ。


「これは何だろう?」

『トレントシロップの実だと思われます。この実の中に甘い樹液が入っています』

 外見は椰子の実に似ているが、中に入っているのは樹液のようだ。それを仕舞って前に進む。


「ダメだ。これ以上進むと戻れなくなりそうだ」

 俺は階段まで引き返す。

『困りましたね。何か工夫が必要なようです』

「ここまで広範囲に霧が発生すると、目印が何もなくなる」

 俺は一日だけ階段のところで野営する事にした。エルモアと為五郎、タア坊も影から出して周りを見晴らせる。


 俺は野営の準備をして、巨大亀の甲羅も出す。動き回っている時は感じなかったが、ジッとしていると少し寒いので焚き火を用意する。


 焚き火の傍に座って、霧の様子を見ていると、夕方の四時頃から霧が薄くなり消えた。それから一時間ほど霧が消えた状態が続いたが、その後はまた霧が発生して夜になった。


「霧が晴れる時間は、夕方の一時間くらいしかないのか」

『短すぎますね。それでは探索ができません』

 樹海ダンジョンの閉鎖まで三日である。但し、危険なのでギリギリまで粘るような事はしたくない。


 次の日の夕方に霧が晴れると、戦闘ウィングに乗って探索に出た。広大な草原に森が少しだけあるという地形だった。その森には多数のウィップトレントが居り、少数だけが草原に出てうろついているようだ。


 草原を一周して何もなさそうだったので、森を探索する。低空飛行でゆっくりと飛んでいると、森の中からパンという音が響く。ウィップトレントが鞭を振るっているらしい。


 残り時間が少なくなった頃、小さなドーム状の構造物を発見した。着地して中に入ろうとすると、ウィップトレントが三体ほど近付いて来る。


 時間がないので、連続で『デスクレセント』を発動して、三個のD粒子ブーメランをそれぞれのウィップトレントへ飛ばす。


 ウィップトレント三体がほとんど同時に真っ二つになった。ドロップ品は魔石とトレントシロップだ。回収してドーム状の構造物に戻り調べ始める。


「これは転送ルームか?」

『転送ゲートキーのコインにあった狐顔を持つ人の姿が扉に描かれています。間違いないでしょう』

「ふうっ、これで帰りの心配をする必要がなくなった」


 俺は十五層の転送ルームで一泊する事にした。翌日、霧が晴れる時間まで待って、残りの森を戦闘ウィングに乗って調べ始める。この森に中ボス部屋があると推測しているのだ。


 三十分ほど経過した時、転送ルームと同じドーム状の構造物を発見。構造物の近くに着地して扉から中に入ると下り坂の長い地下通路があり、その先が大きな空間に繋がっていた。中を覗いてみたが、入り口からだとよく見えない。


「どうしたらいいと思う?」

『中ボス部屋の可能性が高いと思います。エスケープボールを持って、中に入る事をお勧めします』


 俺は助言に従い、エスケープボールを左手に握り締めながら中に入った。入口付近が少し上り坂になっており、そこを越えると広い空間の全体が見えた。


 中央に巨大な何かが寝ていた。全長三十メートル、コウモリのような巨大な翼と長い首を持ったドラゴンである。そのドラゴンが俺の気配に気付いて目を覚ます。


 その瞬間、強烈な覇気が周りに放射された。その覇気を受けた俺は、恐怖と息苦しさを覚えよろけた。気力で堪えてウォーミングアップを始める。体内を魔力が循環し始めると、その息苦しさが消える。


 だが、恐怖は消える事はなかった。上から見下ろすドラゴンの目がギラギラ輝いているように見える。アクアドラゴンやアースドラゴンと戦い勝利した俺だが、このドラゴンは別格だった。


『まずい、逃げましょう』

「こいつは何なんだ?」

『ネームドドラゴンの『ジャバウォック』です』

 俺は『デスクレセント』を発動しD粒子ブーメランをジャバウォック目掛けて放つ。その結果を待たずに『トーピードウ』と『ジェットフレア』も発動する。


 D粒子ブーメランは巨大な手で払われた。『トーピードウ』のD粒子魚雷は巨体に命中して爆発したが、小さな傷しか与えられない。


 『ジェットフレア』のD粒子ジェットシェルは、稲妻のようなブレスで迎撃されて消えた。こいつは巨大なのに反射神経が凄すぎる。大きい魔物はもっと鈍いはずだろう、と変な怒りが湧き起こる。


『あのブレスは危険です。逃げましょう』

 ジャバウォックがもう一度ブレスを吐こうとしているのに気付いた俺は、エスケープボールを起動させる。その効力により中ボス部屋から脱出に成功した。


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