第394話 賢者と魔力回復薬

「お見事です」

 俺がバグワンを褒めると、鼻を鳴らして魔石を回収せずに行こうとする。

「魔石は回収しないのですか?」

「私には必要ない。それに火がくすぶっているような場所を歩きたくはない」


 消火しなくて良いのかと尋ねたら、ダンジョンの草原は何らかの力が働いて、大きな火事にはならないらしい。だが、可燃物に囲まれた場所で火の魔法を使う事は愚かだと言われた。


 俺は『マジックストーン』を発動して魔石を集めた。それを見たバグワンが、

「生活魔法か。最近になって新しい魔法が増えたようだが、今の魔法も便利そうだな」

 そう言ったバグワンに、魔石を渡す。不要だと言っていたが受け取ってくれた。


「礼を言っておこう。だが、こういう競争の時は、魔力の消費を気にするべきだ」

「俺には魔力を回復する手段があります。バグワン殿こそ、大きな魔法を使ったようですが、大丈夫なのですか?」


 バグワンはマジックポーチから瓶に入った薬を取り出した。

「魔力回復薬GGZだ」

 俺も噂だけは聞いた事がある。インドで開発された魔力回復薬だ。これは確かに効くらしいが、超絶不味いという噂だった。一度飲むと三日間は食欲が戻らないと聞いている。


「それを一度飲んだら、二度と飲もうとは思わないと聞きました。なのに、常備しているなんて、凄い精神力ですね。さすが賢者です」


 俺は本心から凄いと思ったのだが、バグワンは皮肉なのではないかと思ったようだ。鋭い視線で俺を見てから、階段を下りて行った。


 俺は振り返って広大な草原を見回してから階段を下りた。三層へ出ると、バグワンが居なくなっていた。前方の荒涼とした荒野を見渡すが、賢者の姿はない。


「賢者は速い移動手段を持っているらしいな。もう少し話したかったんだけど」

『競争ですから、仕方ありません』

 メティスの言葉に頷いた。


「さて、ここは戦闘ウィングを使うか、それともホバービークルで行くべきだろうか?」

『ヒッポグリフを心配されているのですか?』

 翼を持つグリフォンと馬の間に生まれたヒッポグリフは、空を飛んでいるものを攻撃してくるらしい。


「戦いを避けて行けるのなら、そうしたいと思っている。目的は才能の実だからな」

 という事で、俺はホバービークルで行く事にした。影からエルモアを出して操縦させる。俺は前方に注意を向けながら、バグワンが使っていた魔法について考えた。


 『ソードフォース』に似た魔法だったようだが、威力が全く違った。朱鋼ゴーレムを真っ二つにできるというのは、『デスクレセント』に匹敵する威力を持つという事だ。


『グリム先生、ヒッポグリフと戦っている者が居ます』

 エルモアが指差す方向を見ると、空中で知らない攻撃魔法使いがヒッポグリフと戦っている。

「あの攻撃魔法使いは、飛ぶ事を選んでヒッポグリフに捕まったのか」


 『フライ』の魔法で飛んでいる攻撃魔法使いは、一直線に階段へと行きたかったのだが、運悪くヒッポグリフと遭遇したのだろう。


 ランキング百位以内の冒険者なのだから負けるような事はないはずだ。俺たちは岩山の間を縫うようにして先に進む。突然、岩山の上から直径一メートルもある岩が降ってきた。


「危ない!」

 エルモアがブレーキを踏み左へ曲がって避ける。冒険者ギルドの資料によると、ここの岩山から落石があると注意書きがあったが、落石という感じではなかった。


 ホバービークルを停止させた俺は、魔物でも居るのかと思い岩山に目を向ける。だが、何も居ない。

「変だな。今のは何者かが投げたと感じたんだけど」


 普通の落石なら、岩山でガラガラと音がして転がり落ちそうなものだが、今の岩は何も音がせずにいきなり落ちてきた。


 俺は首を傾げながらも進もうと思った時、D粒子センサーが魔物の動きを感知した。また大きな岩が落下してくる。俺は五重起動の『ティターンプッシュ』を発動して、岩に向かってティターンプレートを放つ。


 ティターンプレートが岩に命中すると、岩の運動エネルギーを吸収したティターンプレートが自らの運動エネルギーを合わせて送り返す。結果として、岩が凄い勢いで撥ね飛ばされる事になった。


 岩は山頂付近にぶつかって騒々しい音を立てる。その時、獣の叫び声のようなものが上がり、何かが岩山を転がり落ちてくる。


「何だ?」

 それは黒いオーガだった。ブラックオーガという魔物も居るが、それは角が黒いオーガであって、全身が黒い訳ではない。但し、ブラックオーガは全体的に多少浅黒いという感じがある。


 身長は三メートルほどで顔や角を見ると、やはりオーガのようだ。

『これは珍しい。シャドウオーガです』

「シャドウ種のオーガ……仕留めなければならないな」


 俺はホバービークルから飛び降りて、神剣グラムを構えた。そして、『韋駄天の指輪』に魔力を流し込む。エルモアも降りて来て、トリシューラ<偽>を構える。


 エルモアが突進して槍の穂先をシャドウオーガの胸に突き立てようとする。シャドウオーガは身体を捻って躱し、ごつい拳をエルモアの肩に叩き込む。


 その一撃で弾き飛ばされたエルモアが地面を転がった。パワーはシャドウオーガが上のようだ。素早さを上げた俺は、シャドウオーガに急迫して、神剣グラムを横に薙ぎ払う。


 シャドウオーガは飛び退いたが、神剣グラムの切っ先が黒い巨体を掠め脇腹に傷を負わせる。シャドウオーガのスピードはブルーオーガほどだと感じた。


 追撃して二撃目が、シャドウオーガの胸を斬り裂いた。そこにエルモアが起き上がって、トリシューラ<偽>を突き刺す。今度は躱せず心臓を串刺しにされたシャドウオーガは倒れて消えた。


 消えた場所には影魔石とシャドウクレイ八十キロほどが残された。

「本当にシャドウ種だったんだな」

 シャドウクレイを見て、そう言った。


『疑っておられたのですか?』

 エルモアに怪我はないようだ。

「そうじゃないけど、シャドウオーガが居るなんて、一言も言っていなかったじゃないか?」

『日本にシャドウオーガが居るという情報がなかったからです』


 封鎖されていた樹海ダンジョンに関しては、情報が入らなかったので仕方ない。それに今までの冒険者たちは、シャドウオーガに気付いていなかったようだ。


「これで完全な人型シャドウパペットを作れる」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る